第三十一話 あなたが知りたかったもの、私にも教えて
「……お父さま。私を北部に行かせてください。未来の皇后として、正道というものをみせつけてやりますわ」
そう言った私に父の目はすっと細くなった。
ひりつくような緊張感に冷や汗が出る。
答えを一歩でも間違えれば、私は妃の席から外されるだろう。
「行って……何をするつもりだい?」
その時だ。
ドアがバンと開いた。
血相を変えた兄が叫ぶ。
「父上!! 威圧しないで下さい!!」
「レイモンド?! 遠征に行ったんじゃなかったの?」
「行ってましたよ!! 側近からエリーザがお二人に呼び出されたと聞いて慌ててきたんです!! 最初は様子を見ようと扉の前で待ってましたけど、化け物二人に威圧されたエリーザを一人にできなくて」
兄は叔母にひるまず睨み返した。
「相変わらず口が悪いわね! ほんっと、顔はいいのに!!」
叔母が不平を言う。
「エリーザをいじめるつもりはないんだよ。危険な目にあって欲しくないだけなんだ。でも、メリアとの約束があるから……君を縛れない。ちょっと、本音が出るくらい許しておくれ」
父は苦笑しつつ言った。
「まあ……父上の気持ちもわかりますよ。僕も行かせたくありませんから」
兄はそう言いながら、私の横にとすんと腰を下ろすと、そっと私の頬に手を伸ばす。がさついた指がそっと頬を撫でた。
「……エリーザ。君が彼らを助けたい気持ちはわかる。でも、それは僕らの仕事じゃない。南部の民に責任を持つこと、これが第一なんだ。あと、君を守ることが最優先」
兄の目がかっぴらいた。
昔から、兄は私のことになると過保護になりすぎる。
嬉しいが、それでは守られるだけの存在になってしまう。
「……存じています。でも、北部は……始まりに過ぎない。このまま放置するとロラン陣営は力をつけます」
「だろうな。だから、南部の防衛を固める」
冷たい声だった。
でも、父は公爵としての責任を選んだだけ。
「……お父様は正しい。南部の代表家門ですもの。でも、私は次に何が起こるのか知っています。だから、止めなければいけない」
叫びたい気持ちを押し殺した。
そうでなければ、ただの子供の癇癪と同じだ。
「つまり、セドリック支持派となったヴァルグレイスに不利益があると言いたいんだな?」
父は葉巻の灰を灰皿に落とす。
刺すような青い目が私を見た。
「ええ。……お父さまも外部勢力を危惧なさっていたでしょう。北部のすぐ上にはノルドヴァン……奴隷制の国があります。人身売買で資金を得るには最適ですもの」
「たしかにあの国が介入するとなると厄介だな。ロラン陣営はクーデターでも起こす気か?」
言ってから、父はフーと煙を吐く。
「いえ、狩猟パーティで騒動を起こすだけです。セドリックを失脚させる規模の」
「そんなにうまくいくかしら? セドリック皇子は聡明と聞いているけど事前に防げたんじゃない? 侍女頭と騎士団長が裏切っているとはいえ。あ、お茶を入れるけど、あなたもいる?」
ゆっくりと立ち上がると、ティーコージーをつまみあげ、ポットから二杯目をカップに注ぐ。コポポと高い音と、桃の香りが広がる。
「頂きます。……僕が敵なら、証人を全員消しますよ。むしろ、あのパーティはセドリック皇子支持の貴族が多く集まりますから、魔獣の暴走でも起こせば一網打尽にできますね。ノルドヴァンは魔獣を兵器にしているという話も聞きますし、ありえなくはないです。」
兄の目が冷たい。
まるで父みたいだ。
「なるほどねえ。なら、レイモンドが北部に行けばいいんじゃない? あなたならうまくやるでしょ」
カップを兄に手渡した。
「まあそれなりには。でも、南部を放り出していけませんね」
兄が苦笑した。
行けるものなら、行きたい。
そんな目をしていた。
叔母は少し考えてから、私を見た。
探るような眼だ。
「なら……」
蠱惑的な唇が、にいっと笑みを浮かべる。
「エリーザが行けばいいわ」
「おい」
父が低い声で叔母を責める。
「叔母上!?」
兄は驚いて目を見開いた。
けれど叔母は面白そうにのどを鳴らす。
「気づいていないの? 今のこの子……あなたたちと同じ目になってきているのよ。できると思うわ」
そう言い切る叔母に、私は目を見開く。
「私、ですか?」
「ええ」
うふふと叔母が笑う。
「いやいや、叔母上。耄碌するには早いですよ」
「だまらっしゃい若造が!! あなたたちもこの子の目を見てごらんなさい。どっからどうみてもヴァルグレイスでしょう?」
「…まあ、メリアにもいているけれど、私に似てきたかな? 親子だからねえ」
「僕にも似てますね。兄妹だから当然ですけど」
兄が私の顔をまじまじと見て、嬉しそうに微笑む。
「ちょっと!! そこの過保護親子。話がそれているわ。わたしが言いたいのは、この子も立派なヴァルグレイスってこと。北部の膿を駆逐するのも問題なくできるはずよ」
叔母の言葉に私は体中に力がみなぎる。
「そこまで信頼して頂いて嬉しいですわ。……お任せいただけるのなら、全力でやりきります」
「……」
「……」
しかし、父と兄は黙ったままだ。
父は葉巻に歯を立ててかみつぶす勢いで、兄は下唇を噛んでいる。
「……お父さまとお兄さまは、反対ですか?」
「うん」
「ああ」
即答だった。
「理由を言いなさい理由を。さっきみたいな理路整然した言い方で!!」
呆れた目で叔母は二人を見下ろす。父の肩に手を置き、ぐぐっと体重をかけた。
「……」
「そこで黙るなと言ってるでしょ!! そっちもよ。レイモンド」
叔母に物理的な圧力をかけられ、ようやく父が口を開いた。
「エリーザ。ヴァルグレイス公爵としてなら、お前を行かせるのに躊躇しない。お前なら、こなせるだろう。……けれど、父としては、行かないで欲しいんだ」
「僕も同じだよエリーザ。北部を助けたい気持ちはあるけれど、君を危険にさらせたくはないから。というか、やっぱり僕が行った方がよくない?」
兄の目がかっぴらいた。
「よくないわよ!! 後継者が南部放り出すなんて許されるわけないでしょ!!」
「だったら叔母上が……あ、体が弱いんでしたっけ。忘れてました」
「ほんっとに失礼よね!! あなた!!」
兄の頭をひっぱたき、叔母は私に笑顔を見せた。
「ね? あなたの実力は問題ないの。この二人は気にしないでいいわ。あなたならできる。私が保証する。……譲れないものがあるんでしょう。北部で……やりきっておいで!!」
■
── 皇后宮。
可憐な花がいたるところに飾られる華やかな部屋で、くるりと一人の女性が躍る。皇后宮というのに、それらしい重厚さはなく、むしろ幼い皇女の部屋のよう。
「ねえ、ロラン!! 楽しみね。秋の狩猟パーティ。今年はどんな毛皮が手に入るかしら。ボレロにしたてるのもいいし、マフラーも素敵ね」
少女のように皇后フィオナは可憐な笑顔を見せる。
「そうですね。フィオナ」
ロランは柔らかな声で答える。
だが、その目はひどく冷めていた。
「そうそう、ヴェルシェーヌ王国の宝石を取り寄せたの。ドレスにちりばめたら素敵じゃない?」
「ええ……ですが、かなり高価なものですよね。先日もドレスを仕立てましたし、装飾品も購入されました。予算が足りないのでは。……私の予算も今年はほとんど使い切りました」
「大丈夫よ。バストンが問題ないって。北から届いた商品も高値で売れたんですって」
「……施設はつぶされたと聞いていますが」
「そうなの? でも、バストンが大丈夫って言っているんだから心配しなくてもいいんじゃない? それよりもこっちきて、カタログをみましょうよ! これはあなたに似合うと思うの」
フィオナはロランの腕に自身の腕をからませるとぐいぐいと引っ張った。
ロランは何も言わずに笑む。
何も知らない母に合わせるように。
次回から北部編が始まります。
設計にかなり時間がかかり、中途半端に出すよりは、一度連載をとめてからお届けしようと思います。
ここまでついてきてくださった読者様、本当にありがとうございます。皆様が読んで下さるから、頑張れます。
10/1連載開始予定です




