第三話 夏が過ぎて、秋が来て、あなたを想う
花を貰って、花を飾って、
私の中で何かが変わった。
彼にカップを渡す時、彼がキッチンを覗き込む時、落ち着かない。胸の奥がむず痒い。
前まではどうやって追い出そうと考えていたのに、いつしか彼が来ないと物足りな気持ちになっていた。
「試作品なんですけど、食べます?」
「マンゴーのゼリーか。去年はマスカットのゼリーが夏メニューだったが、俺はあっちの方が好みだな」
「マスカットはさっぱりしますもんね~。でも、去年ほど品質は良くなくて、断念したんです」
「なら、リーディング地方のマスカットはどうだ? 視察で食べたが美味かった」
「へー。あなたがそういうなら試してみますよ」
こんな具合に軽口をたたき、時に笑って他愛ない話をした。
もはや、”友達”といってもいいくらいに、彼との距離は近い。
夏の終わりには彼がメニューに口出しするようになっていた。
舌の肥えた彼を驚かせたくなって、私もいつも以上に力が入る。
彼と過ごす時間は楽しい。
だからこそ気になった。
秋が来る頃には、噂がよりひどいものに変わっていったから。
余計なことだと知っているけれど、あなたが誤解されたままなのは嫌だった。
「ねえ、殿下。噂止めないんですか?」
直球に私が言うと彼は目を瞬かせた。
きょとんと、まるで信じられないものを見たように。
「私は嘘だってわかってますけど、ほかの人はそのまま信じますからね」
私が言うと、
「驚いた」
赤い目が少年のように丸くなる。
「俺の心配をしてくれるのか」
心底不思議そうに彼は言った。
あまりの発言に、さすがの私もいら立ってくる。
「しますよそりゃあ。私はあなたのこと、友達みたいに思ってるんですから」
こっぱずかしくて、だんだん声が小さくなる。
セドリックはじっと私を見つめる。からかうでもなく、まっすぐな赤い目。
「……そうか」
少し笑う彼に、どきっと心臓が跳ねる。
そして彼の赤い目が真っすぐ私を見て、目が細められる。
「恋人になりたい気持ちは変わらないがな」
冗談のような言い方で、目はいつも本気だ。
優しくて、まっすぐで……あなたが国のために一生懸命なことを知っている。
だから、あなたの隣には、覚悟を持つ女性が相応しい。
「まあそこは諦めて下さいね~。友達でいいじゃないですか。この距離感私好きですよ」
茶化して何でもないように答える。
これがいつもの私だから。
「やっぱり君は一筋縄でいかない。……この付き合い方も楽しいがな」
「それはともかく、噂を何とかしてくださいね~。知り合い……が好き放題言われるの、嫌なので」
「君が俺を信じてくれているなら、それでいいさ」
彼は笑った。
「それに無理に消そうとすれば逆に燃え盛るものだ。大本を断つまでの我慢比べだな」
「大本?」
「そのうち話す」
「第二皇子派ってことですよね」
彼はあいまいに笑ってはぐらかした。
私はそれ以上聞けなかった。
だって、私たちは友達のままでいるべきだから。
秋が過ぎて、狩猟の季節がやってきた。
皇室が取り仕切る狩猟際は規模が大きく、帝都も活気づく。
優勝者は毎年決まってセドリックで、去年は珍しいシルバーベアの毛皮を獲り、私に送ってきた。ちなみに、クッションカバーにしてお客様に喜んでもらっている。
今年も彼が優勝するんだろう、そう期待していた私にもたらされたのは彼が乱闘騒ぎを起こし、何人かの重傷者を出したということだった。
狩猟祭が終わるころには、帝都中がその話題でもちきりだった。
ぱったりと来なくなった彼を心配する私をよそに、セドリックは秋が深まったころ、何事もなくやってきた。
「栗のタルトとサツマイモのラテを。俺の好きなメニューだ。今年もあって嬉しいよ」
屈託なく笑う彼は私の知る彼と同じで、噂とは全く違う。
彼は相変わらずの綺麗な顔で定位置になったカウンター席に座る。
なんで、何もしないのと彼に聞きたかった。
あなたは、優しい人でしょう?あんな噂でたらめなんだからと声を大にして叫びたかった。
だけど、私にはその権利がない。
だから、何も言えない。
私は注文通りラテを作って、タルトを出し。
そして……パフェを出した。
「注文してないぞ?」
「新作です。お味見をどうぞ」
フルートグラスにキャラメリゼしたリンゴを敷き、ビターチョコのガナッシュと生クリームを重ねる。仕上げにキャラメルソースを細く回しかけた。
「倒れやすいので気をつけて」
彼は不思議そうな顔をしながらも、細長いグラスが倒れないよう片手で支え、マドラースプーンでゆっくり中身を崩していく。
思った通り、マドラーを回す手が少しだけ……引きつる。
「殿下。怪我してます?」
「……なぜわかった」
「マドラーを回す時、ちょっとひきつりますよね?腕……いや、右側。肋骨ですかね?」
カップを持つときやタルトなら、きっと彼は騙せた。
そんな顔をしている。
「……すごいな。一本取られたよ」
「お客様を観察して最高のおもてなしをするのが務めなので。怪我しているなら、こんなとこに来ないで宮殿に帰って休んでください」
呆れたように私が言うと、彼は苦笑した。
「……ひどいな。ここが一番落ち着くのに」
その言葉に、一瞬息をのむ。
冗談めかした言葉の裏に頼るような響きがあったから。
怖いものなどないと思っていたのに、そんな顔をするんだ。
胸の奥が少しだけざわついた。
「……それじゃ、常連さんへのサービスです。メニューにないものでもお作りしますよ。お食事まだでしょ?」
彼は驚いた顔をした。
「……なら、頼む」
そう言った彼の声が少し掠れ、いつも堂々とした彼とは真逆だった。
頼られたことが、少し――いや、思った以上に嬉しくて。
ついつい、たくさんの食材を保冷庫から出してしまう。
宮殿では、こんな家庭料理は出ないだろう。具だくさんのスープに、ローストビーフのサンドイッチ、それからサラダ。少しでも元気になってくれたらいい。
包丁を握る手にいつもより力が入った。
しかし、私が作っている間に彼はいつのまにか寝入ったようで、カウンターテーブルに突っ伏して静かに寝息を立てていた。
「まったく……ここだからいいですけど」
私はブランケットをそっと肩にかける。
眠る彼はただ疲れきった青年に見え、無防備な寝顔に、胸が少しだけ痛む。
――この人、ちゃんと休めているのかな。
「……お疲れ様」
起きたら、また作ってあげよう。
出来立てが、一番美味しいから。
……どうしてだろう。
喜んでくれる顔が見たいなんて、思ってしまうのは。




