第二話 春を待つ、あなたがいない冬
閉店間際に彼はいつも来る。
「その方がお前とゆっくり話せるからな」
「オーナーなので閉店時間を早めることもできるんですよねぇ」
話すことなどないと言外に言ってやると彼は思い出したように呟く。
「ふむ。そういえば、リギンド王国の小麦が……いや、話が長くなるな。飲んだら帰るか」
「お、お待ちを!!……店からのサービスです。新メニューのメロンパフェをどうぞ」
私が早く追い出そうとするたび、彼は興味の引く話を振る。
策略だとわかっていても、まんまとはまってしまうのは彼という人物に少し興味がわいてきたから。
秋が過ぎたころには馬車の音を期待している私がいた。
そんな毎日を繰り返していたある日、彼が突然、北部に視察に行くと言い出した。
「北部……あそこって、ご当主様が事故で亡くなったんでしたっけ?前当主様が中継ぎしてて、後継者がまだ五歳」
「良く知っているな」
「これでも貴族の端くれですからね~。五歳の子が北部代表家門を担うと聞いて心配していました。殿下が気にかけて下さるなら安心です」
「……ならいいんだがな」
セドリックの顔は曇る。
「ああ……人がいなくなるって噂の方ですかね?」
「知っていたか」
「ほんの噂です。信じてる人なんていませんよ。親が子供を驚かす程度の話くらいです」
「だから、確かめに行く」
彼は言った。
決意を込めた顔で。
「……しばらくかかる。春には戻るから」
私は笑顔を作った。
「……お仕事頑張ってきてくださいね。餞別にうちの特性ココアの缶と、ナッツバーをあげます。あそこは冬でも雪が降るんでしょう? 甘いものは寒いところでは元気が出ますから」
「はは、北部で重宝しそうだな」
「皇子様の視察なら豪華にもてなし受けられそうですけど」
「……何があるかわからないから、ありがたくもらう。お前が作ったのなら安心だ」
彼はそう笑った。
そして、宣言通り、ぱったりと彼は来なくなった。
北部の情報はあまり入ってこない。
冬ならなおさらだ。道が凍って馬車が通れないし、凶暴なモンスターがたくさん出る。
手紙の一つでも寄越せと、言ってやればよかった。
彼からの連絡は、来ない。
「あーまたやっちゃった。」
彼がいなくなっても、閉店間際になると二人分の食器を用意してしまう。
「……癖が抜けないなあ。また来るっていう保証もないのに」
北部視察に行ったきり、彼はまだ戻らない。
思いのほか、彼と会うのが楽しみになっていたみたいだ。
そして、彼を待つのは私だけじゃなかった。
「あのお兄ちゃん、来ないの?」
近所の子供が聞く。
「ぼくねえ。ニンジン食べられるようになったんだよ。お兄ちゃんに教えたいな」
子供たちに彼は人気だ。
気まぐれに午後すぎに訪れた彼は、いつのまにか子供たちの輪の中にいた。
それなのに、いまだに帝都には恐ろしい噂がはびこる。
人を処刑し、村を焼き、愛人を囲う――。
実際、何人かの貴族は“消えた”
事故死なのか、処刑なのか。
真実は誰も知らない。
だけど、転んだ子供を助け起こし、泣き止むまであやしていた彼を私は知っている。
噂を何とかしろと私が言えば、あなたは何と返すだろうか。
早く帰ってこい。そう思いながら、私は帝都の冬を過ごしている。
――そんなある日。
買い物帰りの私は、子供にぶつかり暴言を吐く大柄な男を見た。
男が吠える。
「平民ごときが逆らってんじゃねえ!!」
私が子供の前に出た瞬間、
「やめろ」
声が響いた。
その声に男は真っ青になり、下を向いて震え出す。
「うちのものがすまない。迷惑をかけたね」
驚くほど綺麗な青年がいた。
身なりは平民といったところだが、妙に隙がなくて騎士みたいな立ち方をする人だ。
「来月、新しいチョコレートショップを開くんだ。お詫びを兼ねて、甘いものが好きならぜひおいで」
彼は子供の頭をぽんぽんとなでた。
「そちらの、勇敢なお嬢さんもね」
ウィンクして言う彼はどこか可愛らしい。さっきの男を震え上がらせていた時とまるで別人だ。
……ただものじゃない。
私は屋敷に戻ると、執事に調査を頼んだ。
ついでに無茶しすぎと小言までもらい、護衛の数を増やされたけれど。まあ仕方がない。
「今後、護衛から一歩下がってお歩きください。離れてしまっては間に合いません」
「うん。心配かけてごめんなさい。どうもね。守らなきゃって思うと体が動いちゃうの。お母さまに似たんだわ」
平民出身のお母さまは私に色んなことを教えてくれた。強さがないと守れないってことも。
それから、すぐ。あのお兄さんの正体が分かった。
彼は第二皇子ロラン。
セドリックと帝位を争う男だった。
■
冬が過ぎてある春の日、セドリックはひょこりと戻ってきた。
私は驚きを気取られないよう、いつもの笑顔で迎えた。
「ここの紅茶が一番だ」
「カフェオーナー冥利に尽きますね。はい、常連様へのサービスです」
私はキャラメルスコーンを出した。
「……いい香りだ」
ふわっと笑う。嬉しそうな彼に私も心が温かくなる。
ある日のこと、彼は花を持ってきた。
私の好きなペオニアの花だ。異国の花で淡い花弁が幾重にも重なるきれいな花だ。
「うわーすごい花束ですねえ。どうしたんですかこれ」
「今日は恋人に花を贈る日だろう」
「ですねえ」
「お前に持ってきた」
返事を待つ赤い瞳が、私をじっと見る。
「殿下と私は恋人ではありませんよ?」
「なる気はないか?」
冗談めかしているのに、赤い瞳だけは妙に真剣だった。目を逸らしたくなるほど真っ直ぐで……一瞬、言葉に詰まった。
「な、ないですよ。……でも、花に罪はありませんから。ありがたくいただきます。この花、好きなんです」
私がそう言うと彼は楽しそうに笑った。
公爵家の娘だから。
それだけだと、わかっているのに。
嬉しくて私は赤くなった顔を隠すように花に顔を埋めた。
花が香る。
──春が、きた。
あなたがいた、最後の春。




