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第二十九話 あなたが、あなただから好きなの


 あれから二日後。

 ロズベルク嬢が私に会いにやってきた。

 先ぶれは昨日来たから、パーティの後すぐに動いて覚悟を決めたんだろう。



 緊張した面持ちの彼女に私はソファにかけるよう勧めた。

「来てくれて嬉しいわ。ミントティーはいかがかしら? 汗ばむ季節によく飲むの」


「いえ……」

 ロズベルク嬢は首を振った。

 ぎゅっと固く閉じた拳を膝の上にのせ、彼女は消え入りそうな声で私に尋ねた。


「……公女様は、どこまでご存じだったんですか」

 彼女の目は私を睨んでいた。

 今にも泣きそうなほど声が震えているのに、目だけは怒りに染まっている。


「そうね。彼が詐欺師だったってことくらい」

 私は一人分のミントティーをいれた。

 いい香り。



「……見抜けない私を愚かとお思いですか?」

 声は震えているのに、口調は烈しい。まるで何かに追い立てられているかのよう。


 私は首を振った。

「いいえ。だって、どうしようもありませんもの。好きという思いは止まりませんわ」

 私がそう言うと、堰を切ったかのようにロズベルク嬢の目から涙が零れ落ちた。

 わあああっと顔を両手で覆い、叫ぶ彼女を私はじっと静かに見守る。



 もし、セドリックが……悪い人だったら。

 私はどうするだろうか。

 そう考えた時、何をバカなことを言っているんだと、記憶の中の彼に叱られた。


 優しくて、真面目で、誠実で。

 誰よりもまっすぐなあなただから好きになった。



 だからといって、リディア嬢の心を愚かとは思えない。

 リディア嬢の思いは本物で、愛はそこにあった。


 そして、彼女はそれを断ち切る勇気がある人だ。


「私はあなたを……強い方だと思います。だからこそ、調べてここに来たのでしょうから」

「違います!!」

 間髪入れず、ロズベルク嬢が叫んだ。


「強くなんてありません。わたくしはただ……」


 言葉が続かない。

 握り締めた指先が白くなる。


「信じたかっただけです」

 ぎゅっと裾を握り締める。


「ただ、現実がそれを許してくれなかった」

 彼女は笑った。

 痛々しい笑顔で。


「……公女様は不思議な方ですね。こんなことも、話してしまう。貴族令嬢失格ですわね」


 カフェオーナーは客の愚痴を聞くのも仕事の一つ。

 その経験も生きた。

 それだけが理由じゃないけれど。



「ロズベルク嬢が私に心を許してくれたからでしょう」

 私はにっこりと笑って言うと、彼女は顔をほころばせた。

 しかし、すぐに影が落ちる。

「一つだけ、お聞きしても?」


「なんでしょう」


「なぜ、わたくしを助けて下さったのでしょう? わたくしは……公女様に不快な思いをさせましたわ」

 まっすぐな青い目が見つめてくる。


「ああ、あの取り巻きたちのことですね。あの程度、可愛らしいものですわ」

 殺されるわけではないもの。

 私は笑った。驚く彼女に、言葉をさらに続ける。


「それに。あなたなら……事実と向き合えると思ったからですわ。現実から目を背けない人は貴重ですもの」

 きっとあなたはここまで堕ちて来れる。

 あなたの目がそう言っている。


「私はそんなあなたが欲しい」


 彼女は俯く。

「……買いかぶりすぎです。それに、わたくしは……公女様を信頼できません」

 本来の彼女なら隠すだろう本音が漏れた。

 さすが叔母さまの香水……よく効くわ。

 

 あなたをもっと知りたい。

 教えて。


「ロズベルク嬢。事実を突きつけたことに怒っていらっしゃいます?」


「ええ、だって公女様があんなこと言わなければ、わたくしは幸せなままでいられた!!」

 そう言った後で、彼女は苦笑した。

「でも、その幸せは、続かず。痛いしっぺ返しが来るんでしょうけど……公女様のおかげで、ロズベルク家の家名は守られました。お礼申し上げます」

 晴れやかな笑みだった。

 彼女はもう大丈夫だ。

 思った通り、強い。


 私は笑みを浮かべた。

 ロズベルク嬢はじっと私を見つめた。

「……わたくしに何をお望みでしょうか。商家の娘ですもの。ただの善意でなさったことではないことくらいわかりますわ」


「話が早くて助かるわ。いくつか出資したい商会と……潰したいところがあるの」


「潰したいとは物騒ですわね」


「ここにリストがあるわ。ロズベルク嬢が判断して、必要があれば潰して」

 私は笑う。

 ロズベルク嬢は逡巡した。

 一拍の無言の後、苦笑する。

「……リディアで結構です」


「では、私もエリーザと」


「……これから、よろしくお願いいたします。エリーザさま。わたくしの忠誠をあなたに捧げますわ」

 リディアはとても美しいカテーシを披露した。


 ええもちろん、よろしくね。

 私の、私が自分で切り開いた未来の共犯者さん。




 ■


 ── 皇子宮


 男の低い声が響く。

「なあ、エンリヴァー」

 ディートリヒ・エーヴェル。

 皇子宮の騎士団長、頼もしい男だ。


「お前がエリアスとやらにご執心だったのは知っているが、仲間を疑うのはもうよせ。たしかにガナーフの裏切りは想定外だったが、あいつはもともと、なれ合いを嫌っていた」


 私を心配する顔は、人のいい団長そのものだ。

 あんなことさえなければ、私はきっと彼に相談していただろう。


 普通であれば絶対に疑わない。

 何をバカなと思う。


 でも、殿下が言った。


── エリアスの言葉だ。ディートリヒ・エーヴェルを警戒しろ


 証拠など必要ない。

 私にはその言葉さえあれば、動くのに十分だ。


「……団長、お気遣いありがとうございます。そうですね。私も……仲間を疑うのは気分が悪い」


「だろう? お前はそういうのに向かない。俺に任せろ。殿下には俺から言っておく」

 団長は笑った。そして、資料に手を伸ばす。

 私はそれを遮った。


「……けれど、責任は最後まで全うしたいんですよ。せっかく、殿下から任されたので」

 私はへらりと笑った。

 間抜けに見えるように。



 ああ、そういえば。アルノーも調べているんだったか。

 侍女頭……オクタヴィア。


 私が駆け出しのころから見守ってくれている。皇子宮の……母親みたいな人。

 でも……もしかして、と思う怖さが、あの夜会の時にあった。

 彼女はエリアスを敵視していた。


 ── エリアス。君は一人で背負っていたんだな


 今さら気づいてもおそい。

 私は、その手をつかめなかったから。






── 帝都 ローヴェンハート男爵邸



「かなり……難しいですね」

 紺の髪を頭になでつけた青年が渋い顔で言う。

 レグラス・ローヴェンハート男爵は渡された紙をじっと見つめる。


「お前でもか」

 壁にもたれたロランの顔は固い。


「殿下は私を買いかぶっておられる。普通の人攫いなら問題ないんですがね」

 レグラスは肩をすくめた。


 ロランの目は苦しそうにしかめられる。

「……お前しか頼めない」


「ははは、光栄ですね。まあ、期待されたからには、やるしかありません。五分五分ですけど」

 レグラスは紙を蝋燭の火で焼き消した。


「光魔道具もいいですけど、こういうとき、蠟燭って便利なんですよねえ」

 軽く笑うが、彼の目はとても獰猛だ。


「それでは殿下。また会う日まで」



「……ああ。武運を祈る」

 ロランは男の馬車が小さくなるまで静かに見送った。


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