第二十七話 秋を待つ、あなたがいない場所で
叔母と二人きりになった部屋で、私は一つだけお願いをした。
秋までに戻りたいと。
無茶なお願いだとは、私自身わかっている。
それでも、秋までに戻らなければ間に合わない。
叔母は苦笑した。
「なるほど。そこで何が起こるか……知ってしまったのね。……助けてあげられなくて、ごめんなさいね」
青い目が揺れる。
この人は知っているのだ。
回帰の魔法も。
代償も。
震える声に私は首を振る。
「自分一人でやろうとしたんです。だから失敗した。だからこそ、今ここにいます」
「そうね。南部に帰ってきてくれた。……ありがとう」
叔母はそう言いながら、青色の飴玉を菓子皿に置いた。
「中和剤よ。……これからの話に自白剤は使いたくないわ。あなたが話したいことだけを話して」
「……いいえ。このままで」
私の判断で、すべてをこの人に話したい。
そう思った。
私の話を聞き終わった叔母は、ふうとため息をついて額に手を当てた。
「皇子が乱闘騒ぎ……おまけに死傷者も出す。……失脚するには十分すぎる騒動だわ。さぞ綿密に練られたんでしょう。侍女頭も騎士団長も掌握しているんですものね」
「はい」
私は唇を噛む。
「ヴァルグレイスの力なら、あなたを皇子の妃にねじ込めるわ。三か月以内にね。どうする?」
叔母の顔は、いつのまにか白銀の魔女に戻っていた。
美しい顔は何も読めない。
けれど、叔母の意図はわかった。
「私を妃にねじ込むことで、セドリックが助かるのならもちろん応じます。……ですが、そうではないんですよね」
「正解。だって、今のあなたは社交界で何もできない。皇子の側に行っても、オクタヴィアにいいように扱われるだけよ。新参の妃よりも侍女頭の方をみんなは信頼するわ」
「……そうでしょうね」
「ヴァルグレイスとしては、使える駒を皇子に嫁がせるはずよ」
そんなの嫌だ!!
私はセドリックの側にいたい。
「……同意見です。けれど、私はセドリックの側にいたい。チャンスを下さい。三か月で……私がどこまで伸びるか!!あの女と対峙できるか!!」
「それで無理なら?」
叔母の目が私を試すように見る。
ぐっと私は言葉に詰まった。
セドリックが好き。
他の人を娶るなんていやだ。
のどまで出かかった言葉は、すぐに消えた。
私がここにいる目的をはき違えてはいけない。
必ず、セドリックを守り通す。
「……妃となられる方の侍女として、同行します。セドリックを守りたい。それが私の願いだから。セドリックが好き。……心から、愛しているの」
言葉が止まらない。
ああ、自白剤だ。
叔母は優しい目で微笑んだ。
「中和剤……飲めばよかったのに。誠実なところはメリアに似たわね」
叔母の手が私の頭をそっと撫でた。
「……私の話も聞いてくれるかしら?」
私は頷いた。
「あなたはロランを黒幕と睨んでいるけれど、本当に?」
「どういう意味……でしょうか?」
あの男の名前に、肌がぞわりと粟立つ。
「侍女頭と騎士団長よ。あの二人は宮殿の重鎮でしょう? 二十歳にもならない第二皇子が、いつ手懐けたの?」
私は息を呑む。
形のいい眉をしかめ、叔母は続けた。
「駒は一日では作れないわ。――この盤面、もっと前から誰かが描いている」
「誰、ですか……。 セドリックを……追い込んだのは」
体が震える。
以前の恐怖、そして怒りがこみ上げる。
「……断定するのは尚早よ。こういうのはしっかりと調べないとね」
叔母は苦笑した。
「情報戦はローガンに任せておきなさい。あなたにはしなければならないことが山ほどある。秋までに、狩猟パーティくらいならこなせる女にしなければね」
「はい……」
三か月しかない。
それでも、叔母の目にあきらめは見えない。
この人は本気で私を仕上げる気だ。
私は叔母の目をまっすぐに見た。
泣き言など言っていられない。
期待を無駄にしない。
必ず、つかみ取る。
「いい目をしてる。……まずそうね、手始めにあなたの派閥を作ってみなさい」
「派閥ですか」
「そこから、あなただけの駒を作るの」
「……」
「あえて言うわ。駒と。譲れないものがあるんでしょう?」
「……わかりました」
「パーティは私が選んでおいたわ。ドレスの誂えは間に合わないから、既製服になるけれど」
「既製服」
私は絶句した。
「色々言われそうよねえ?」
叔母はくすくすと笑った。
「ちなみに、主催はリディア・フェルナン・ロズベルク令嬢よ」
「ロズベルク家の」
有力貴族は頭の中に入れてある。
お母さまの貴族教育で、覚えろと言われていた。
それとは別に……以前の世界で私は彼女を知っている。
「ええ。今の若い令嬢たちの中心人物ね。彼女に嫌われれば南部の令嬢社会では生きていけないわ。これくらい出来て当然よ。秋までに戻るというのなら」
にこっと目を細めて叔母は笑う。
「……わかりました」
叔母はじゃあね。と言って部屋を出る。
残されたのは一通の招待状。
私あてではなく、叔母宛て。
代理で出席しろ、そういうことだ。
黒髪、黒目の公女を招待する人間はいない。
南部はもちろん。帝都でも。
そういえば、セドリックは毎回直接手渡してくれてたわ。
『舞踏会がある』
『皇子様ですもんね。引っ張りだこでしょ』
『あいにく妃どころか婚約者もいなくてな』
『縁談が舞い込んできそうですねえ。気になる人を誘ってみては?』
『だからお前を誘っているんだ。気づけ』
『えー。私、ドレス作ってないですし。既製服で出るかもですよ』
『既製服……公爵令嬢が既製服……』
真っ青になって今にも卒倒しそうなセドリックの額を指ではじく。
『まったくもー。下町のカフェのオーナーに無理難題言うからです』
『……ドレスなら贈るさ。何色がいい?』
『だから行きませんって』
以前の世界、軽口を言い合った懐かしい日々が胸に宿る。
待っていて。
必ず戻るから。
あなたのための力をつけて。
秋が来る前に。
まずは、リディア。
あなたの未来を私が手に入れる。
私があなたを選ぶんじゃない。
あなたが、私を選ぶの。
以前の世界……それが私の切り札。
絶望の淵に立っていることすら知らないあなたに、私が手を差し伸べてあげる。
■
── 帝都、皇子宮、本館
一人の騎士が言う。
「エンリヴァー、働きづめだぞ」
「うるさいっ……!!」
「エリアスの事件は俺たちも聞いてるが、まずは休め。まだ本調子じゃないだろ」
「ほっといてくれ!! 私が、こんなケガをしなければ。エリアスの側にいられた!! 必ず、黒幕を暴いてやる!!」
「……俺たちも手伝うから、お前は休め」
優しくかけられる声。
大事な仲間たち……。
見習い時代から共に戦った仲間。
命を預けたこともある。
だが、あの日。
東館へ向かうよう命じた者がいる。
その命令を伝えた者がいる。
それを黙認した者がいる。
……確実にこの中に敵がいるのだ。
あの子の明るい笑顔が、浮かぶ。
守れなかった。
助けられなかった。
何度謝っても、謝り足りない。
だから、君の思いは私が引き継ぐ。
セドリック殿下は私が守るから……。
お願いだ。神様。
もう一度、あのこにあわせて
■
── 帝都。ボースネクト子爵の屋敷。
「へえ、子供たちに逃げられたと聞いていたのですが。まだ続けるのですか?」
柔らかい青年の声が響く。
顔つきは優し気なのに青い目だけは鋭い。
彼の正面に立つ痩せた男は、媚びを売るように笑顔を絶やさない。
「莫大な資金が動いていますから、おいそれと止めるわけにはいきません」
「北部の施設はなくなったのでしょう? ……たしか、人も消したと記憶しています」
「はは、セドリック殿下が視察に来ましたからね。ですが、新しく調達できたので、計画に問題はありません」
「……そうですか」
青年の顔色は変わらない。
「いやはや、まさかロラン殿下直々に来ていただけるとは感激です。殿下が皇位を継がれた暁には、このボースネクトをお忘れなく」
「もちろん、忘れませんよ」
そう言ってロランは微笑む。
「あなたの名前はね」
子爵は満足そうに笑った。
「それは光栄ですな」
「ええ」
ロランの笑みは崩れない。
「決して忘れません」




