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第二十六話 なんだって耐えられるわ、あなたが生きているのなら



「出直しておいで」

 叔母は綺麗な笑みを浮かべていた。

 楽しそうに。

 あっけにとられる私の唇を、指先でつんと突いた。

「あなた、自分の情報を話しすぎるのよ。女は何も話さない方が魅力的よ」


「それはそうだな」

 それまで黙っていた父が初めて口を開いた。


「叔母上もおしゃべりですよね」

 冷ややかな目で兄が叔母を見る。


「ちょっと!! 外野のくせにうるさいわよ!! おしゃべりと自分の情報を話すのは違うって知ってるでしょ!!」

 叔母が父と兄を一喝する。二人は肩をすくめ、降参するように手を上げた。


「それでいいのよ。次に余計なことしゃべったらつまみ出すからね」

 ふんと鼻を鳴らし、叔母は私に視線を向けた。先ほどまで怒鳴り散らしていた人間とは違い、品がある華やかな貴婦人そのものだ。


「で、先ほどの続きね。私はあなたの弱点が……好きな人だとすでに把握しているわ。その人のために何でもできるということも。あなたは私の弱点が何かわかるかしら?」

 

 私は首を振るしかなかった。

 試験だと気づいたのに、……私は問われるままに答えていた。

「……何も。私はただ、自分の情報をさらけだしただけでした」


「毒の気配に気づいたのは、なかなか良かったんだけどねえ。これ、自白剤なの。だからローガンはずっと黙ってたのよ。……レイモンドも気づいていたかしら?」


「……何か仕掛けているとは思いました。自白剤と知って安心しましたよ。以前はもっと厄介なものだったので」

 ため息交じりで言う兄の言葉の重さに、私は思わず兄を見る。


「敵に仕込まれるより、まだマシっていうのが叔母上のやり方なんだ」

 兄は苦笑した。


「オホホホ!! 初めて毒を食らうよりはとっても安心安全でしょう? だって私が愛情をこめて作っているんだもの。──でね、エリーザ。言ったでしょ? 私の教育は過酷だって。だから不合格よ」


「……っ」


「何か盛られたと気づいたなら、まず口を閉じなさい。喋るのは相手よ」


 叔母の目が揺れた。

「これでわかったでしょう。あなたは……政争に加わるには純粋すぎる。……私はあなたに、この世界を知らないで欲しいの」

 かすれた声。

 心配してくれているのだ。この人なりのやり方で。


 でも……。

「退くわけにはいきませんので」


「しょうがない子ねえ。……毒を仕込まれてもいいの?」


「叔母さまになら」

 私が即答すると、叔母は困ったように笑った。

 ……この人は、毒の過酷さを身をもって知った人だ。


 この青い目が、以前の世界……あの惨劇を目にした私とよく似ている。

 それに──父と数歳しか違わないのに、二十代にしか見えない容姿。化粧ではなく、本当に時間が止まっている。それができる人間を、私は一人しか知らない。


「話していて気が付きました。母の……術がかけられてますよね」

 叔母の目が見開かれる。


「……この術がかけられたとすると、叔母さまに巣食っていた毒は……人魚の涙」


 叔母は私を凝視した。父は黙ったまま動きを止め、兄だけが驚いた声を上げた。

「毒……? まさか。母上が解毒に成功していたはずでは?」


「いえ、成功しています。ですから、叔母さまは今もこうして生きていらっしゃる。……後遺症として年が取れなくなっただけ。そうですよね」


「正解よ。さすがメリアの娘ね。人魚の涙は体が腐敗していく毒。それを止めるために、メリアは私の時間を止めたの」

 叔母は懐かしむように笑った。


「叔母さまが私を止めようとするのも理解できます。政争は……何も知らなかった私が踏み込むには、あまりにも凄惨すぎるから」


「……ええ、そうね。でも、あなたはすでに経験した顔をしているわ。昔の私みたい」

 叔母は苦笑する。


「今の私は未熟です。でも、叔母さまが育て上げた私は、いかがですか」

 私がまっすぐ見つめ返すと、叔母は大きなため息をついた。


「……私以上に強くなりそうね。だってあなた、私が不合格だって言っても、別の道を探して政争に飛び込んでいくでしょう? だったら最初から手綱を握っていたいわ」

 枯れた声で叔母は笑い、小さく「私と同じだもの」と呟いた。



「ありがとう……ございます」


「お礼はまだ早いわ。先に確認しておきたいことがあるの」


「確認?」

 私が聞き返すと叔母はこくんと頷いた。

 その顔はひどく傷ついた顔をしているように見えた。


「……もし、セドリック皇子があなた以外の女性と結婚したとしても、あなたはその道を進める?」


 のどが、詰まる。

 胸がぎゅっと締め付けられた。

 でも、彼を失ったときほどではない。


 本当は、彼の隣にいたい。

 それでも──


「……ええ。彼が生きているのなら。幸せなら。私はそれで、十分です」

 私は笑った。


「……わかったわ。導いてあげる」

 叔母は泣きそうな顔で小さくつぶやいた。

「……ほんと、私たち、そっくりね」


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