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第二十五話 あなたに嫌われてでも


『カテジーナ・エリグラス・ヴァルグレイス』

 別名、白銀の魔女。

 帝都で過ごしていた私でも、この二つ名は知っている。


 魔女の由来は様々だ。

 色んなうわさが飛び交い、何が本当なのか知らない。

 けれど、美しい白銀の髪と青い目の綺麗な女性ということだけはわかる。

 ヴァルグレイスの正しい血統、かの人は私の黒髪をどう思うんだろう。


「……カテジーナ叔母さまってどんな方なんですか?」

 一夜明け、応接間に向かう道すがら、私は隣を歩く兄に尋ねた。


「化け物だ」

 端正な顔を青ざめさせ、兄が一言だけ答える。

 話好きな兄がそれだけで終わるのが不気味だ。


 対して、父は朗らかに笑うだけ。

「あっはっは。そうだなあ。見た目は私にそっくりだよ」


「中身もそっくりですよ」

 兄がため息とともに言う。


「まあ、あの子も強いからねえ。でも、私は異性を泣かしたことないよ」


「どうだか」

 兄が吐き捨てるように言う。

 忌々しそうな顔は嫌悪感が丸見えだ。


 普段柔和……それも女性には紳士的なのに。

 

 叔母は相当癖が強い相手のようだ。

 

 背筋に緊張が走る。

 最悪、開口一番で帰れと言われかねない。

「……破天荒な方なのですね」


「白銀の魔女は伊達じゃないさ。父上が氷の魔将だから、そっくり兄妹ってことだね」

 兄が苦笑する。

 父は相変わらず楽しそうに笑うだけ。


 廊下を歩く足が少し震えた。




 父が応接間の扉を開き、中へ入る。

「久しぶりだねカテジーナ。遠いところよく来てくれた」

 父の柔らかい声が響く。

 続いて、凛とした綺麗な声が答えた。

「ローガンが私を呼ぶなんてめずらしいもの。それで、どんな楽しいことがあるのかしら? 私がシャペロンをするのはどの子?」


 心臓が高く跳ねる。

 兄は私を心配そうに見た。

「戻るか?」

 耳打ちされる小さな声に私は首を振る。


 一歩を踏み出す。

 背筋は真っすぐ、腹に力を入れて。

 

 ── お母さまから教えてもらったもの。完璧にできるわ。


 中に入ると、吸い込まれるような大きな目にどきりとした。

 父と兄と同じ青い目なのに、まるで宝石のように魅入られる。

 長いまつげに縁どられた大きな目、小高い鼻に弧を描く唇は紫のルージュで染められている。


 とてもシャペロンを務める年齢には見えず、二十代半ばと言っても、通りそうなほど若い。

 そして、背筋が凍りそうなほどの迫力だった。


 でも、一番私を震撼させたのは匂いだ。

 高貴な百合の香り。

 そして……その中に少しだけ混じる甘い匂い。


 ただの香水じゃない。

 お母さまに教えてもらったからこそ、気づけた。

 薬と毒はとても近いものだから、と。


 心臓の鼓動が激しくなる。

 毒……? でもまさか。

 叔母の顔を見ると怖いくらい美しい笑顔があった。

 感情は何も読めない。


 けれど、お父様は何も言わない。お兄様も。

 ……これは試験だ。


 震える体に力を込め、私はお辞儀をする。


「お初にお目にかかります。カテジーナ叔母さま。わたしがこの度お世話になるエリーザでございます」


 

「まあ、メリアにそっくりね。ほんと、かわいいわ」

 朗らかな声で彼女は言う。

 優しい笑顔だが、ますます私の体は強張る。額に冷たいものが流れた。


「で、どうだい? シャペロンになってもらえるかな?」

 父は楽しそうに言った。


「うーん。そうねえ。見た目はもちろん合格だけど、素質がなかったらお断りしようと思っていたの」

 眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をする。

 柔らかな雰囲気を纏わせ、さきほどの毒々しさが気のせいだったかと思うような表情だ。


 けれど、それが怖い。

 私はじっと叔母を見た。


 その時だ。

 叔母の目が真夜中の猫のように大きく開く。

「けれど、……勘のいい子は嫌いじゃないわ」

 


「それはよかった」

 父は楽し気だ。

 私も少しだけ肩の緊張を抜く。

 お眼鏡にかなったようだ。



 だけど、兄の言葉で空気が凍り付いた。 

「相変わらずの化け物ぶりですね」

 とげとげしい言葉に冷たい眼差し。

 紅茶を運びに来た侍女が半泣きだ。


 しかし、叔母は言葉の刃にひるみもしなかった。

「はあ~。これだから軍人って嫌なのよ。まったくデリカシーがないんだから。変わらずお美しいですって言うのよ」


「……」

 兄は無表情で、静かに叔母を見つめる。

 叔母はふんと鼻を鳴らすと、紅茶をゆっくり飲む父の肩に頭を預ける。

「ねえ、ローガン。レイモンドがひねくれすぎていない?」


「可愛いだろう?」


「親バカもここまでくると立派だわ」

 叔母は呆れたように言う。


「でもね。親バカならちゃんと親バカらしくしなさいよ」

 腕を組み、叔母は父をじろりとにらんだ。


「この子の顔、とても帝都でカフェ運営していただけには見えないわ。まさか政治の駒にしたんじゃないでしょうね?」

 とげとげしい口調で、叔母は父を責めた。

 父は無言で紅茶を飲む。


「メリアとの約束を破ったのなら承知しないから!!」

 叔母の声に、私は一歩進んだ。


「私が、望んだんです」

 私が言うと、叔母の大きな目は私に向けられた。

 青い青い、魅入られるような宝石の色。

 ゾクリとするくらい美しい。


「あら、よっぽど……のっぴきならない事情が出てきたのね? てっきり、ローガンが政治のために貴女を使うのだと思っていたけれど、違ったのね」

 叔母の声が優しくなる。


「私が、お父様にお願いしました」

 私が言うと、叔母の青い目が私をじっと見る。


「そう。いい顔しているわ。覚悟を決めたのね。……ひどいものを見てきたのね」


「はい……勉強不足を恥じています」

 色んなことがあった。

 思わず顔を伏せると、両肩に叔母の温かい手が添えられる。


「知らなくていいこともたくさんあるから、恥じる必要もないの。私としては、あなたには何も知らずに幸せになってほしいけど、……その顔を見ると、無理そうね」

 仕方がない、というように叔母は笑う。


 優しい人だ。

 私を止めようとしてくれている。



 でも……。


「見てしまいましたから」


「……わかった。あなたが望むようにしてあげる。でも、私の指導は過酷よ?」


「覚悟の上です」

 私が言いきると、叔母は笑った。


「貴族教育はメリアから受けているでしょうから、それは大丈夫として、あなたに必要なのは社交界で生き抜くすべね」


「はい」


「……戻れなくなるわよ。今のあなたを好きな人から、嫌われるかもしれないけど。それでもいい?」 

 言われて、セドリックの顔が浮かんだ。



『何見てるんですか』

『君の顔』

『見て面白いもんですかね』

『ああ、癒される』

『猫飼いましょうよ猫。癒されますよ~』

『側に置くなら君がいいな。ざっくばらんな気質、気まぐれなところ、皇子相手に無礼なところ、雑なところ』

『ケンカ売ってます?』

『……そして優しいところ。そんな君が好きだ』


 私を好きだと言ってくれた彼の顔。

 でも、今の私じゃオクタヴィアにすら負けた。


「勝つために必要なら、構いません」

 嫌われてでも、あなたを守りたいから。


 私がまっすぐ見つめ返すと、叔母は美しく微笑んだ。

「あら、いい覚悟。……残念だけど、不合格。出直しておいで」


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