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第二十二話 あなたの側にいられなくても


「南部へ、帰れ」


 セドリックの赤い瞳が揺れた。


 彼の気持ちが痛いくらいわかる。

 私があなただったら、私も同じことを言うから。


 でも……。

「嫌、です……。私は、殿下を守りたい」


「……わかっている。お前が俺のためにしてくれるというのは」

 セドリックが私を抱きしめる腕は優しい。

 私はセドリックの胸に頭を預けた。

 心臓の鼓動が私を悪夢から救ってくれる。


 あなたが生きていると実感できるから、私は私でいられる。

「側に、いさせてください」


「……すまない。俺も……お前を守りたいんだ」

 絞り出された声はかすれていた。

 私は顔を上げられなかった。


 顔を見てしまえば断れなくなる。

 側にいたいなんて。

 これ以上、言えなくなる。



 私は彼を抱きしめ返した。

 温かい。

 それだけで涙が出そうになる。


 生きていてほしい。

 それだけが私の望み。

 そして、セドリックの望みは……私が生きること。


 あなたが欲しがるのが、もっと別のものだったら良かったのに。


 顔を上げ、セドリックの顔を見る。

 固く引き締められた唇、苦しそうに歪められた眉、細められた赤い瞳は泣きそうだった。


 ……あなたを苦しませたいわけではないの。

 私は彼の背に巻き付けた手をゆっくりと離す。セドリックの体がピクリと動いたが、何も言わず、苦しそうな顔で私を見ていた。


「ひとつだけ、お願いがあります」

 あえて微笑んでみた。

 そうでないと涙がこぼれそうだから。 


「……君の頼みならなんだって叶えてあげたいが、帝都にとどまることは許さない」

 強い言葉とは裏腹に、包み込むような優しい眼差し。


「お願いを聞いて下さったら、南部に戻りますから」


「ほんとうに?」

 やわらかい、それでいて驚いた言い方だ。


「ええ」

 くすっと笑ってしまうと、彼も笑った。

「わかった。何を望む?」



「ある人物の……監視と警戒をお願いします」

 赤い瞳を見据える。

 彼は驚いたように目を見開いた。


「オクタヴィアと、騎士団長か」


「はい、彼らを警戒して下さい。殿下がそれさえ守っていただけるのなら、私は安心して南部に戻れます」

 私が言うと、セドリックはじっと私を見た。疑うというよりは、深く考えているようだった。


「……アルノーの時も、東館の時も、同じ目をしていたな」

 ふっと笑う。


「……お前が言うからには根拠もあるのだろう。だが、それを出せない理由がある」


 私はこくんと頷いた。

 出せる証拠はない。ただ、以前の世界で知っているだけ。


「……わかった。お前を信じる」


「本当、ですか?」


「ああ」


「……良かった」

 ラングレール伯爵も離反していない。エンリヴァーもアルノーもいる。

 セドリックがオクタヴィアと騎士団長を警戒するなら、もう大丈夫だ。


「……戻ってくれるか。南部に」

 セドリックは震える声で問いかけてきた。


「ええ。……平和になったら、会いに来てもいいですか」


「迎えに行く」


 彼は私を強く抱きしめた。

「必ずだ」

 

 赤い目が見つめる。

 

「なら、大人しく待っていなければいけませんね」

 ふふっと私は笑った。



 二人で抱きしめあう。

 彼の肩に顎をのせた。金色の髪がこそばゆい。


 次に会えるのはいつになるのか……見当もつかない。

 離れたくない。


 でも、離れなきゃいけない。


「……後の処理はお任せしていいですか」



「ああ、アルノーがうまくやる」

 セドリックの声が耳元で優しく響く。

「ですね」


「あ、そうだ。リュシアンにだけは、教えてあげてくれますか。命がけで守ってくれました」

 救えなかったとわかれば、リュシアンは命を絶つかもしれない。それくらい、あのとき、彼は必死だった。



「……わかった。エンリヴァーは?」


「……悩みましたが、エリアスの生存を知っている人は少ない方がいい」

 それに、もし知ってしまえば……エンリヴァー卿はまた私を守ろうとする。あの人はとてもやさしい人だから。あの人の剣はセドリックのために振るわれるべきだ。


「そうだな。伏せておこう。後は何か気になることはあるか」


「いいえ」

 私は首を振った。

 あなたが無事ならそれでいい。


 

 ■



 その日、エリアス・ヴァンは死んだ。

 事故の打撲が原因で。



 たくさんの人が、その少年の死を悼んだ。


「坊主……坊主!!」

 ザボットは大粒の涙を流して泣いた。


 彼と関わりのあった文官たちは目を腫らして仕事をした。彼が残した資料を目にするたび、胸を痛めながら。



「かわいそうに。坊やは運が悪かったのよ」

 オクタヴィアはそう言って、目頭を押さえる侍女たちを慰めて回った。



「……エリアスが死んだ?」

 エンリヴァーの顔から血の気が引いた。


「ああ、うん」

 アルノーが視線を逸らす。


「護衛騎士は……いたんだろう?!」

 信じられないというようにアルノーを見た。


「……護衛が、すり替わっていたんだ。ガナーフが犯人だった」


「……捕まえたんだろうな」

 掠れた、低い声が響く。


「ごめん、逃げられた。火の回りが早くて、消火を優先したんだ」


「……く」

 エンリヴァーは握った拳を震わせた。



 私が側にいれば防げた。

 こんなケガをしたせいで、エリアスを守れなかった。




 監視対象だった。

 それでも、私はあの子が好きだった。

 少しの間だったが、あの子がどれだけセドリック殿下を想っているか、すぐにわかった。


 守ろうって思っていた。


 それなのに。




 なくした。



エリアス編終幕。次回更新はお盆明けです。

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