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第二十一話 あなたの側にいたいだけ


「で、んか……?」

 夢かと思った。


 輝く金髪。

 赤い瞳。

 聞き慣れた声。

 セドリックの赤い目に私が映る。


「死ぬほど……心配したぞ!!」


 強く腕を引かれる。

 気づけば、彼の胸の中だった。


「もうしわけ……ありませ……」


 息がうまく吸えない。

 喉が焼けるように痛かった。


「謝るな!!」

 怒鳴るように言ってから、セドリックは私の肩を抱き寄せた。


「無事でよかった……」

 掠れた声だった。

 その瞬間、胸が締め付けられる。

 本当に心配をかけてしまったのだ。

 けれど――


「殿下……」


 震える指で、私は後ろを指さした。


「リュシアンを……お願い……助けて……」


 セドリックの視線が私の肩越しに向く。


 血だまりの中では、騎士たちがリュシアンを抱き起こしていた。

 止血を試みているのか、誰かが布を傷口に押し当てている。

 それを確認してセドリックは低く言った。


「……安心しろ。レバインたちが救助している」


「良かった……」

 力が抜ける。

 私の体をセドリックが力強く抱きしめて支えた。


「少し眠れ」


 低い声だった。


「後は俺がやる」


 その声音には静かな怒りが滲んでいた。

 ……私の声に似ている。


 憎むのは私の役目。

 あなたには前だけ向いていてほしいのに。



 柔らかく頭を撫でられる。

 重くなった瞼が閉じていく。


 ――良かった。

 リュシアンは助かるのね。




 次に私が目覚めたのは、一日たってからだった。

 極度の緊張と煙を多く吸ったことが原因らしい。安静にしていれば回復すると、冷や汗をかいた侍医に言われた。その後ろで、セドリックが腕を組んで睨んでいる。


 非常に怒っているのだと、その顔だけでわかった。



 侍医が部屋を離れてから、私は謝った。

「……あの、殿下。勝手なことをしてすみませんでした。確認をしてから、行くべきでした」



「……いや、護衛騎士を帯同していたお前に落ち度はない。その護衛騎士が牙をむいたわけだからな」

 ぎりっと彼が奥歯を噛む。



「だが……前々から思っていたが、お前は死ぬのを恐れていないな?」

 セドリックの赤い瞳が私を睨んだ。

 確信めいた聞き方だ。これは、誤魔化すわけにはいかない。


「……はい」

 ため息交じりに返事をすると、セドリックは拳を握った。


「なぜだ」


「私が死ねば……南部が動きますから。必ず犯人を、黒幕を引きずり出せます」

 未来で見たからなんて、娘のたわごとで軍を動かすほど父は甘くない。

 けれど、公女が死ねば話は別だ。



「なぜ、そこまで……」


「言ったでしょう。私は……あなたを守りたいだけ。黒幕が明るみに出れば、あなたは負けない。あなたが助かる!! それなら、命など惜しくない!!」

 すでに命を賭けた。

 魂をささげた。


 オクタヴィア一人すら排除できない今の私に、ロランを倒すことなどできない。

 あなたが死ぬまで……数か月しかないの。



 彼を失ったときの恐怖がよみがえり、私はぎゅっとシーツを握った。

 そのときだ。

 

 

 いきなり、両肩を掴まれた。

 セドリックがベッドの上に身を乗り出し、私を見下ろす。

 その顔は、今にも泣きそうだった。


「言っただろう!! 俺は君が好きだと!! ……俺は君を犠牲にして得られる未来など……欲しくはない」


「頼むから……君を犠牲にしないでくれ」

 彼の言葉が突き刺さる。



 私は、彼に……私と同じ思いをさせるところだったのね。



「……ごめんなさい」


「……命を粗末にしないでくれるか」


 返事の代わりに私はこくんと頷いた。



 ■


 

「殿下、……もう離していただいても」

「まだだ。俺は君を失うかと思って……気が気じゃなかった。生きていることをしっかりと確認させてくれ」

 ベッドに腰を掛けたセドリックはあれからずっと私を抱きしめている。

 以前の世界でも、ここまで近くなかった。


 慣れなくて頬が熱くなる。

 黙っているとさらに、恥ずかしくて私は話題を変えた。



「そういえば、ガナーフは誰かの推薦で護衛になったんです?」

 オクタヴィアまでたどれるかと期待を込めて聞いた。


「本来の護衛騎士はシュナイダーという男だ。エンリヴァーが推薦して俺が承認した。ガナーフは経験こそ豊富だが、護衛には向かない人間だったからな」


「なぜ、シュナイダーは私のところに来なかったのでしょう?」


「シュナイダーは辞令後、すぐに行ったそうだ。部屋に君がいないと気づき、慌てて俺のところへ報告に来た。メッセンジャーボーイから君が東館に向かったと聞いて、俺たちもあそこに行ったというわけだ」

 私の体を抱きしめるセドリックの腕に力が入る。

 青ざめたセドリックは、あの時のように険しい顔をしていた。


「……あなたから紹介されなかった時点で疑うべきでしたね」

 彼を安心させたくて、彼の背に手を回す。

 ちゃんと今生きているから。


「すまない。まさか、危険な目に遭わせるとは」


「……でもこれで、信じてもらえるでしょうか? ここに、裏切り者がいると」

 私が言うとセドリックは目を細めた。


「……むしろ、居ない方がおかしいと思っているさ」


 少しだけ目を伏せる。


 そして、


「信じたくはないがな」


 寂しそうに彼は笑った。

 その顔に胸が痛くなる。

 そんな顔をさせたいわけじゃない。

 あなたには幸せでいてほしいの。


 大丈夫。

 私が守るから。



 どんな手を使ってでも。



 私は彼の頬に手を伸ばした。

 彼は私の手を退けることなく、そのまま受け入れる。

 形の良い頬、少しひんやりとする肌。



「殿下、エリアスは死んだことにしましょう」


 セドリックの体がびくんとはねた。


「な、に?」


 彼は驚いた顔をした。


「お前は、ここに必要な人間だ。俺は助かったし、アルノーも、エンリヴァーもお前を待っているぞ」


「そこまで言ってもらえて、エリアスは幸せ者です」

 でも、エリアスのままじゃ、守れない。


「今回は運よく生き延びましたが、相手は護衛をすり替えてまで私を殺そうとした」

「次は防げる保証がありません」



「……それは」

 セドリックは悔しそうに唇を噛んだ。


「そんな顔しないで。私は殿下を責めたいわけじゃない。黒幕は誰かまだわからないんですよね」


「ロランの手先……誰かまでは絞れていない。ガナーフを動かせるだけの大物ということだろう」

 彼の言葉に、私はすっと頭が冷えていく。


 オクタヴィアの名前を期待していたのに、残念だ。

 よほど用意周到なのだろう。ガナーフも結局捕まえられなかったし、やはり一筋縄ではいかない。



「近々内密に捜査する予定だ。俺は……俺は……エリアスを失いたくない。黒幕を絞り込めたら、戻ってきてくれるのか?」


「ええ、もちろんです」

 私は微笑んだ。

 『私』はあなたの側から離れない。

 消えるのはエリアスだけ。


「……捜査の指揮はだれが?」


「騎士たちの調査は騎士団長が、使用人はオクタヴィアが担当する」


「殿下は……騎士団長と侍女頭を信頼なさっているのですね」

 赤い目を見つめた。

 一瞬、揺れた。


「……二人を、疑っているのか?」

 

 返事の代わりに私は微笑んだ。

 だってオクタヴィアと騎士団長はあなたを嵌めた張本人……。けれど、以前の世界を知っているのは私だけ。

 証拠もない。 


 歯がゆくてたまらない。

「……殺されかけたので、動揺しているんです。殿下と、エンリヴァー卿。そしてアルノー・ベルクレイン卿以外信用できません」

 私の返事にセドリックは、気遣うように優しい目を向けてくれた。


「無理もないな。……あの二人は母が存命だったころから仕えていた者たちでな。母も信頼していた」


だから切れないのか。

信頼ではなく、情だった。

あなたは、情が深い人だから。


「そうなのですね」


「だが、お前がオクタヴィアを不審がる気持ちもわかる。夜会の準備の際も、明らかにお前を敵視していた」


「……お気づきでしたか」


「考えないようにしていたけどな」

 自嘲気味に笑った。


「使用人の調査はアルノーに任せる。それでいいか」


「ありがとう……ございます」

 セドリックが、私を信じてくれた。

 それが嬉しい。


 もう一歩、踏み込んでみよう。


「武官の調査はエンリヴァー卿にお願いしたいです。騎士復帰ならともかく、調査ならもう復帰できますよね?」


「……エンリヴァーは優秀だが、必要な階級に達していない。上席から反感を買うだろう」


「……」


「騎士団長も疑っているのか? 面識はないだろう」

 セドリックは驚いた顔で私を見た。

 何と答えていいか悩む。


 未来で見たと言って……セドリックは信じてくれるだろうか。

 手が震えた。


「……護衛の配置を変更できる方は限られますから、やはり知らない方は疑ってしまうんです」


「……そうだろうな。守ってやれなくてすまなかった」

 セドリックが私の頬に触れる。


「助けに来てくださいましたよ」


「だが、怖い思いをさせた」


 苦痛に耐えるように眉間にしわが寄る。

「……そうだな。俺の側にいる限り、君はまた何度でも狙われる」


「そうですね。エリアスなら。でも、公女なら別です」

 私はセドリックを見た。

「公女として、あなたのそばにいさせてください」

 彼は一瞬、言葉を詰まらせた。

 


「……十分だ」


「え?」


「君の気持ちは、十分にわかった。危険を承知で俺を守ろうとしてくれている」


 赤い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。


「もう分かっている」


 胸が熱くなった。


 ようやく。


 ようやく信じてもらえた。


 だが次の言葉は、望んでいたものではなかった。


「だからこそ、戻れ。取り返しがつかなくなる前に」


「……殿下?!」


「南部へ、帰れ」

 セドリックの赤い瞳が、懇願するように私を見つめた。



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