↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/31

第二十話 炎のような、あなたの瞳


 炎を見た時、私は笑い出しそうになった。

 


 オクタヴィアはよほど私が邪魔らしい。

 そして、東館ごと燃やして……証拠を消そうとしているのだと確信できた。


 憎い女の弱点になれたのならこれ以上に嬉しいことなどないわ。



 ただの子爵令息エリアス・ヴァンの死は事故で処理される。

 オクタヴィア、お前はそう思っているんでしょ?



 でも、セドリックが動くわ。

 エンリヴァーが動いてくれるわ。



 そして……南部が動くわ。





 炎が壁のように立ち上がる。

 階段は燃え、崩落が起きているのか、あちこちから崩れる音がする。


 もともと、雑な補修しかしていない分、脆い。



「どうせ逃げ道なんて用意してないでしょう。あの女は」

 用意周到だもの。

 だから、せいぜい私が死んだと安心しなさいな。


 死ぬのはこれで二度目だ。

 あのときは震えたけれど、今は心が凪いでいる。


 この炎が絶望ではなくて、希望だから。



 煙の奥で人影が動く。

 現れたのは――ガナーフだった。

 鋭い眼光が私を射抜く。



 けれど、私は揺るがない。

 私が死んで初めてお前たちを滅ぼせる。


 私が笑むと、ガナーフは嫌そうに顔をしかめた。

 怯えて逃げ惑うのを楽しみたかったのね。


 悪趣味だこと。



「……来るのがわかっていた顔だな」


「だってわかりやすすぎるもの。けれど、随分ずさんね? 私がセドリック殿下のもとへ戻らないと心配するわ。騎士もあなたと私が一緒にいるのも見ていたし……あなたを護衛騎士に推薦した人は責任を問われるわね」


 ガナーフは鼻を鳴らした。

「死にゆくお前が心配することじゃないさ。ちゃんと考えてある」


「へえ? 冥途の土産に教えてくれる?」


「悪いな。獲物とだらだらしゃべる趣味はねえ」

 彼の手にはナイフが握られていた。


 一歩一歩、彼が私に近づく。

 火の粉が舞い、熱風がじりじりと肌を焼いた。



 その瞬間だった。


 ――ガンッ!!

 激しい破壊音が響く。

 誰かが、無理やり扉を蹴破っている。




 そういえば、二階で物音が聞こえていた。

 ガナーフの他にもいるのかしら。


 人数が増えたところで結果は変わらないけれど。


 私は音の方を見た。

 

「よそ見とは余裕だな」


 言葉と同時に、ガナーフが床を蹴った。

 炎を裂くように、一直線に私へ向かってくる。

 刃が胸元へ向かって振り下ろされる。


「エリアス!!」


 叫び声と同時に、強い衝撃が私を押し飛ばした。


 床に倒れ込む。

 熱い空気が肺に刺さる。


「……え?」


 目の前で、リュシアンの体が真っ赤に染まる。

 刃は脇腹を深く裂いていた。


「……っ、あ……」


 リュシアンの喉から、低い呻きが漏れた。

 血が、炎の光を受けて黒く見える。


「リュシアン!!」


 私が叫ぶと、彼は振り返り、苦しげに笑った。


「……無事か……エリアス」



「なんで……!!」

 喉が、ひきつる。


「庇うんですか!!あなたが死んだら、セドリック殿下はどうするんですか!!」


「うるせえよ……むしろ何で逃げねえんだ……!! 死ぬつもりだったのかよ!!」


「……そうですよ!! 私が死ねば、殿下は必ず真相を暴いてくださいます!! 私の死こそが証拠になるんだから!!」


「馬鹿野郎!! それで殿下が喜ぶはずないだろ!! ……あの方がどれほどお前を想っているかわかんねえのかよ!!」


「絶対に死なせねえからな!!」




 ガナーフが舌打ちし、ナイフを構え直す。

「チッ……あいつらは失敗したか。……どけッ!!」


 倒れ伏していたリュシアンが、残された腕で剣を振り払う。

 鋭い一閃がガナーフの腕を裂き、ナイフが床に落ちる。

「……失敗か」


 ガナーフが血を払う。

 口元を歪めた。


「……十分だ」


 天井の梁が赤く燃えている。


「証拠も、お前らも、全部灰だ。……お前は……故郷へ帰ったと報告される」

 ガナーフは後退し、炎の向こうへ逃げていく。


 追う余裕はない。

 リュシアンは崩れ落ちそうになりながら、私の方へ倒れ込んできた。


「リュシアン!! しっかり……!」


 抱きとめた腕の中で、彼の体温が異様に熱い。

 血が止まらない。

 彼が、息の詰まるような呻きを漏らした。

「……エリアス……泣くな……」


「泣いてません!!」


「……嘘つけ……」


 彼の手が、弱々しく私の頬に触れた。


「お前は……生きろよ……」


 その言葉を最後に、リュシアンの体がぐったりと力を失う。


「リュシアン!! リュシアン!!」


 炎が迫る。

 天井が軋む。



 私は必死に彼の腕を肩へ回した。


「立って……お願い、立って……!」


 私はいい。

 覚悟したから。



 でも、リュシアンは巻き添えにしちゃいけない。


「っ……」


 煙を吸い込みすぎたのか、ぐらりと世界が傾いた。

 支えていたはずの体が腕から滑り落ちる。


「リュシアン!!」


 伸ばした指は届かない。

 血だまりの中へ、彼の体が崩れ落ちた。



 そのときだった。


「――エリアス!!」


 聞き覚えのある声。


 炎の向こうに、金髪が見えた。


「殿下……?」


 赤い瞳が、見たこともないほど怒っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。