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第十九話 あなたが好きなものばかり作ったの


 サクサクのクロワッサンにたっぷりの具材。

 サーモンとオニオンの相性は抜群だ。シャキシャキのレタスは歯触りもいい。


「やはり、お前の料理はうまいな」

 一口食べたセドリックが目を輝かせる。


「喜んで頂けてうれしいです。腕は落ちていないつもりですよ」

 ふふっ。思わず漏れる笑みに彼も笑った。


 今回作ったのは、キャンディーだけじゃない。

 なぜか材料がふんだんにあったから、

『クロワッサンサンドも作れますね』

『だろうな』

『……作りますか?』

『ああ。サーモンサンド一つ、あとハムとトマトのサンドを。ナッツクッキーも作れるはずだ。甘さ控えめで』

『了解です! というか、なんでうちのレシピ知ってるんですか。隠し味のハーブソルトまでそろってるんですけど』

『お前、俺に皿洗いさせたときあっただろ。キッチンに用意されていた調味料は記憶した』

『ありましたねー。あの一瞬でよく……』

『足りないものはあるか? 記憶力には自信があるけどな』

『ないです。さすがですね!』

 と、まるでカフェにいた時のように話が弾み、ついつい追加注文まで受けてしまった。


 そして……窓の外を見るとすっかり夜だ。

 月がきれいに輝いている。



「……夜ですねえ」

「ああ、夜だな。そろそろ部屋に戻るか」



「でも……仕事、まだ残ってしまってます」

 時間を全て調理に費やした。キャンディやクッキーやら夜食やら。


「アルノーがやるだろ。あいつは優秀だ」

「いえいえ!! また倒れてしまいますよ!!」


「アルノーはミントキャンディは作れないし、クロワッサンサンドなど論外だ。これはお前しかできない。そうだろ」

「まあ、そうです……ね」

 セドリックの謎の理論にうっかり頷いてしまう。


「お前のキャンディーは頭がしゃきっとして仕事が進む。アルノーも好きだからな。あいつ、喜んで仕事するぞ」

 にやっと笑って、彼が一つ、また口の中に入れる。

 以前の世界でも彼はこれを気に入って、いつも大量に買っていった。


「……なんだ?」


「え?」


「誰かを思い出している顔だな」

 彼が眉を潜める。


 顔に出しているつもりはなかったから、当てられて驚いた。

 でも、さすがに誰までかは当てられないみたい。

「ふふっ。言いえて妙ですね」


「図星だな。男か?」


「そうですね」

 思い浮かべていたのは、赤い瞳の人。

 楽しい思い出。


「……俺を好きだと言ったのにか?」

 少しとがった声に、ちょっとしたいたずら心が働く。


「……ええ、殿下が好きですよ」

 命を賭けるくらいに。


 まっすぐ向き合って言ってみた。

 バカを言うなって怒られるかしら?

 けれどそんなことはなくて、赤い瞳が、わずかに揺れた。

「……そんな顔をするな」


「え?」


「勘違いしそうになる」


 彼がため息をつく。

「……はやく、お前を信じたい」

 いつもピンと伸ばす背をだらっと崩す。

 そんなときは彼が弱っているときだ。

 

 はやく、あなたの力になりたい。


「待っててください。実力であなたの側に並び立ちますから」


「……ああ、期待している」

 彼は目を細めて笑った。



「ところで、泊まりがけで仕事しても?」

 机に積もっているのは書類の山だ。

 さすがにこの量を残して去るのは気が引ける。ある程度減らしてあげないと、アルノー・ベルクレイン卿が倒れる。


 しかし、セドリックは顔を嫌そうにしかめた。

「……俺 の 部 屋 に 泊 ま る 気か ?」


「アハハハ……さすがに仕事を残したまま帰るのは心苦しくて。それにアルノー・ベルクレイン卿は泊まっていますよね?」


「あいつは男だからな」


「エリアスも男の子ですよ?」


「ああ……そうだなあ?」


 目が細まる。笑顔だ。何かすごい墓穴を掘った気がする。


「なら、同じ部屋で寝るか?」

 優しい声なのに、甘さがない。怖い。


「ご、ごめんなさい!! すぐ!! 帰ります!! 明日、また来ます!!」


「ふん。それでいい。しかし……お前の護衛は戻るのが遅いな? てっきり怒鳴り込んでくると思ったが」


「そういえばそうですね。リュシアンは用事があると言っていましたけど……もしかして補修記録の聞き込みでもしているんでしょうか。時間かかりそうですものね」


「そうだな。あいつも勤めて長いから、思い当たる節があるのかもしれん。が、あいつを待っているうちに深夜になる。他の騎士をつけてやるから、部屋に戻れ」


「はい。ありがとうございます」


 こうして私は部屋に戻った。

 リュシアンの分のミントキャンディーも作ったから明日渡そう。ミントティーが好きなら、これも好きなはずだ。


 しかし、次の日になってもリュシアンは来なかった。

 聞き込みが長引いているのかもしれないけれど、彼の性格なら一言ありそうなのに。


 胸がざわついた。

 誰かに聞こうと、部屋を出たところで大柄な男に出くわした。

 見上げるほどの長身で、分厚い体は巨岩を思わせる。


「お前がエリアス・ヴァンか」

 低い声だった。

 思わず体が震える。


「は、はい。そうですが」


「俺が今日からお前の護衛になった。ガナーフと呼べ」


「ええ? リュシアンは?」

 私がびっくりして大きな声を出すと、男はじろっと私を睨んだ。


「あいつと交代だ」


「交代? なぜですか」


「……命令だ。もう決まった」

 有無を言わさない言い方に、ぞわりと背中が冷える。


 大柄で威圧的で、目がとても鋭い彼は、騎士というよりも、もっと別の何かのように思えた。


 セドリックに確認……と思ったけれど、彼は朝から会議だ。

「そうなんですね。わかりました。リュシアンに届けたいものがあるので、彼に会いたいのですが……どこにいるかご存じですか」

 まず、リュシアンに会って話を聞こう。

 この様子だと、どうせリュシアンの居場所も知らないだろうし、人がいるところへ行けば……この男と二人きりにならずに済む。


 しかし、彼の返答は私の予想を裏切った。

「……ああ、知っている」


「そ、そうですか。渡したいものがあるので、場所を教えていただいても?」

 思わず声が裏返る。

 ガナーフは私を睨んだ。一歩、私は下がる。


「俺が案内する。来い」

 ガナーフは私に背を向け、ずんずんと歩き出した。

 嫌な予感しかしない。


「場所だけ教えてください。私一人で行きます!!」

 しかし、ガナーフはそれに答えなかった。


 一瞬、迷う。

 嫌な予感は消えない。

 それでも、こんな場所で堂々と襲うとは思えなかった。

 私に何かあればこの男だけでなく、推薦した人間まで疑われる。



 これは賭けだ。

 行くか、退くか。


 それを天秤にかけて、私は一歩踏み出した。

 ここで逃げれば、オクタヴィアに近づく機会を永遠に失うかもしれない。

 





 廊下を進んで、階段を下りて、西館の大扉まで来た。

 警備の騎士は私を見て、にこやかに挨拶してくれる。

「おでかけですか?」

「ええ、ガナーフと出かけます。……セドリック殿下に、会議が終わり次第伺いますと、お伝え願えますか」

「わかりました。すぐにメッセンジャーボーイに伝えさせますね」


 これは保険だ。

 私が戻らないと不審がられる。

 ガナーフは私と騎士の会話をじっと聞いていた。



 騎士たちと別れ、ガナーフは無言のまま道を歩く。中庭を抜けた先は東館だ。

 不思議なことに、以前いた騎士たちが出払っている。立ち入り禁止の看板と張られたロープはそのままだった。


「東館? ここにいるんですか?」

 

「ああ、そうだ。二階の、照明を見ている」

 ガナーフの表情は変わらず、何を考えているかわからない顔だった。

 一抹の不安に胸が騒ぐ。しかし、リュシアンなら照明を確認していてもおかしくはない。私は声を上げた。

「リュシアン!! そこにいるの?!」


 外から声をかけた。

 しかし、何も返ってこない。


「中に入らんと、声は届かんぞ」

 ガナーフは重い扉を開いた。

 がらんとして、明かりは窓から入り込む日の光だけだ。物音ひとつ聞こえない。


「リュシアン!!」

 声を上げた。

 私の声だけがこだまする。



 カタン。

 二階で何か音がした。


「用事を思い出した。外に出てくる」

 ガナーフが突然そう言いだした。


 私も戻ろうか、そう思ったが、ガナーフと離れることの方が安堵が大きかった。


「……私も、同行しましょうか」


「リュシアンが二階にいる。問題ないだろう」

 ガナーフはそう言って、私に背を向け、大扉を潜り抜ける。

 彼がいないだけで呼吸がしやすい。


 ガナーフがいる外にでたくなくて、私は二階へと上がった。



 階段を上り切ると、がらんとして誰もいなかった。調度品や装飾はそのままで、まるで人だけ消えたようだった。

 なぜこんなに人気がないのだろう。すでに調査が終わったから?

 そのとき、油のにおいが鼻を掠めた。



 照明は魔道具だ。

 油瓶が倒れたりでもしなければ、こんな香りはしない。


 嫌な予感がする。

 そう思った瞬間だった。


 ゴオオ!!

 炎が、一気に広がる。

 熱風が頬を叩く。



 気づいたときには、逃げ道が消えていた。


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