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第十八話 リュシアンの守りたいもの :リュシアン視点

 ※リュシアン視点で進みます。




 廊下が長い。

 体が重く感じる。


 この先を曲がれば、あの方が待っている。


 そう思うと、途端に足がすくんだ。

 どうしたっていうんだ俺は。


 バシンと両頬を叩いて俺は気合を入れた。

 ずんずんと、足を踏み鳴らして震えを蹴飛ばす。


 今から会いに行くのは母親じゃないか。

 いつもみたいに優しく出迎えてくれるはずだ。

 だから、今の不安も全部話せばいい。

 


 扉の前にきて大きく息を吐く。

 ぐっと取っ手に力を入れて開いた。




 中で編み物をしていた母親は俺に気が付くと、穏やかな笑みを向けてくれた。


「あら、どうしたの? リュシアン。ひどい顔だわ。早く入りなさい。温かい飲み物でも入れてあげるから」

 優しい声に、さっきまでの不安は消し飛んだ。


「ありがとうございます。オクタヴィア様」


「ふふ。様付けはいいっていってるのに、あなたは私の子供みたいなものなんだから」

 優しい目が俺に注がれる。手が伸びて温かい掌が頬を撫でた。

 何度、この優しい手に助けてもらっただろう。


 俺にとって第二の母のような人だ。

 俺だけじゃない、皇子宮の皆にとってもだ。


「それでリュシアン。あなたがそんな顔するなんて何があったのかしら」

 椅子をすすめられ、オクタヴィア様の対面に座った。

 温かい飲み物が渡されて、心が落ち着く。


「その、監視しているエリアスなんですが……あいつ、悪い奴じゃないと思うんです」


 切り出すと、オクタヴィア様は笑みを一層深くさせた。


「……そうね。エリアスはいい子だと私も思うわ。頑張り屋で一生懸命だもの」


「な。なら」

 監視をやめませんか……とのどまで出かかった。けれど、オクタヴィア様の目に思わず息をのんだ。

 口元は笑みを浮かべているのに、目だけは笑っていない。

「でもね。あの子は……ロラン殿下の刺客なのよ。この意味はわかるでしょう」

 子供の我がままをたしなめるような口調だった。


「証拠は……あるんですか」

 思わず出た言葉に、オクタヴィア様の笑みが消える。

 ぞわっと背筋が凍った。こんな顔は初めてだ。



「……あるわ」

 冷たい声が響いた。



「見せて下さい。俺は……信じられません!!」

 食い下がると、オクタヴィア様の目は細くなった。 


「私の言葉が信じられないの?」

 地を這う低い声だった。


「いえ、ですが。あいつがそんな真似するような奴とは思えなくて」

 戸惑いながらも俺はオクタヴィア様に言った。俺の知るエリアスはいいやつだ。きっと何かの間違いだって、あの姿を見てたら思ってしまう。



 オクタヴィア様の顔が変わった。

 今度は、どうしようもないといった顔だ。呆れたような、それでいて憐みのまなざし。


「ねえ、リュシアン」

 声はとても優しかった。



「おかしいと思わなかったの? あの子だけが危険な場所を知っていたわ。業者が怪しいと見ぬいていくの。まるであらかじめ知っていたように」



「で、でもあいつのおかげで……助かりました」


「ほほ。信用してもらうために一度は味方になるでしょうよ。でもよく考えてみて? 事故が起きて誰が得するか。工事費の着服なんていうスキャンダル……セドリック殿下にどんな被害を及ぼすか」 

 俺はつばを飲み込んだ。

 足が震え始める。

 でも、エリアスが……そんなことをするはずは。




 何も言えなくなった俺に、オクタヴィア様は言う。

「ロラン殿下の刺客に……どれだけの仲間が殺されたか、覚えているかしら?」

「裏切者は誰だったか……あなたは、もう忘れたの?」

 オクタヴィア様は悲しそうな顔で俺を見つめる。



 俺は拳を握る。

 あのときの惨状を、怒りが一気に噴き出した。



 忘れるものか。

 裏切りで消えた顔はいくつもあるんだ。



 親友は殿下を庇って命を落とした!!

 兄貴のようだと慕っていた騎士の剣で!!



 毒酒に気づいた俺の婚約者も殺された!!

 彼女が、気立てがいいと褒めていたメイドの手にかかって!!



 そうだ。

 いつだって、ロラン殿下の刺客は俺たちから大事なものを奪っていく。

 セドリック殿下を狙っている。


「いい目つきだわ。思い出してくれたわね」

 オクタヴィア様の手が俺の肩に添えられる。


「はい」



「殿下のために……できるわね」

 オクタヴィア様は俺の手に瓶を握らせる。

 俺は驚いてオクタヴィア様を見た。


「痛みはないわ。楽に死ねる薬よ。剣で切られるより、あの子もこっちのほうがいいでしょう」


「オクタヴィア様……それは」


「どうしたの?」

 オクタヴィア様の片眉が動く。


 俺は首を振った。

 自分でも情けないと思ったが、エリアスの顔がちらついた。

「できません……あいつは、まだ子供なんですよ。言って聞かすとか、事情を聞くとか……」

 俺は必死になる。

 エリアスはロラン殿下に騙されているだけかもしれない。こうした方がセドリック殿下のためになると言われていたら、やってしまうだろう。

 あいつが、セドリック殿下を慕っていた顔は……本物だ。




「……そう、仕方ないわね」

 オクタヴィアは困ったように笑った。


「わかってくださったんですね」

 俺はほっと胸をなでおろす。



 オクタヴィア様の顔から感情が消えた。

まるで人形のような冷たさで、俺を見据える。

「あの坊やの監視は他の人に頼むわ」


「え……?」


「要らないと言っているのよ。もうここへは来ないで」


「し、しかし」


「あの坊やに加担するお前を……セドリック殿下の近くに置いておけないわ」

 オクタヴィア様は口角をあげる。

 パチンと指をはじくと、奥から大柄な男が出てきた。


 騎士でありながら、騎士らしくない男……ガナーフだ。

 腕は丸太のように太く、屈強な体はまるで鋼のようだ。

「帰れ」


「ガナーフ。俺はまだオクタヴィア様と話が終わっていない!! そこをどけ!!」


「帰れ、従わないなら力づくで追い出すぞ」

 ガナーフの背後で、オクタヴィア様が立ち上がって奥の部屋へと戻っていくのが見えた。



「オクタヴィア様!! お待ちくださいっ!!」

 すがるように手を伸ばした。しかし、オクタヴィア様は一度も振り返らず、奥の扉がぱたんと閉じた。





 見限られた。

 捨てられた。

 


 ふらつく体で、それでも手を伸ばせばガナーフにどんと体を蹴られて、廊下へ飛ばされた。

 冷たい床に崩れ落ちたまま、俺はそこから動けない。

 



 どうしていいかわからなかった。

 オクタヴィア様は俺を要らないという。



 それでも、セドリック殿下を守ることだけは、やめられない。

 あの方は俺の光だ。


 村を助けてくれた。

 親父を救ってくれた。



 だから、セドリック殿下の側を離れるわけにはいかない!!

 

 ……そう思った時、ふと、あの小僧の顔が浮かんだ。


 『殿下のためになりたいんです』


 あの真っすぐな目。

 芯のある言葉。

 ……嘘には見えなかった。




 何度も騙されてきた。

 信じた人間ほど裏切る。


 もう、思い知ったはずなのに。


 それなのに。


 エリアスだけは、放っておけない。

 なぜかそう思ってしまった。


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