96:悲劇は一転、大団円に
「ああ、拓海くん!」
「エクリュ様、おはようございます」
「不思議だよ。丁度、拓海くんと話したいと思っていた」
エクリュは満面の笑みを浮かべている。
「何かありましたか?」
「ベリル嬢の変化だよ。拓海くんも当然、気づいただろう?」
「え、えーと……」
「ベリル嬢の昨日のあの笑顔を、拓海くんも見ただろう?」
「あ、はい」
「あれは本当に美しい笑顔だった。心からの笑顔だ。一点の曇りもない、本物の笑顔。見ていて心が洗われたよ」
エクリュは目を閉じる。
まるでその時のことを、思い出しているかのようだ。
だがすぐに目を開き、両手で天を仰ぐ。
「ベリル嬢は、想い人と気持ちが通じたのだろう。悲劇は一転、大団円に変わった。それはとても喜ばしいことだ!」
「そうですね。俺もそう思います」
「だが、それはぼくの恋が終わりを告げたことでもある。ベリル嬢が想い人と結ばれるなら、ぼくは不要な存在だ。描くべき悲劇がないのだから。このことをぼくは、これからベリル嬢に告げなければならない。なあ、拓海くん。ベリル嬢は、ぼくから愛する気持ちが失われたらと知ったら、悲しむと思うかい?」
今日のエクリュは完全に芸術家モードで、何を言っているのか、分かるようで分からない。
そして今の質問の答えも、何が正解か分からなかった。
「……ベリルを想う気持ちが消えたなら、それは正直に伝えた方がいいでしょう。ベリルは冷静にあなたの話を聞き、そして自分の考えを伝えると思います」
「そうだね。ではぼくはベリル嬢との、最初で最後のデートへ向かうよ。早いところぼくの気持ちの変化を伝え、レッド家の秘宝である名画を堪能させてもらおう」
エクリュがベンチから立ち上がる。
「気を付けていってらっしゃいませ」
エクリュは笑顔で手を振り、部屋へ戻っていった。
◇
午前中、キャノスと共にボクシングジム――トレーニングルームへ向かうことにした。
その道中でキャノスに、ベリルのことを話した。アレンの言う通り、キャノスもベリルの気持ちが俺にあったことを、知っていた。
そしてこんなことを言い出す。
「昨晩、私達は部屋に下がるように言われ、拓海は部屋に残りました。当然ベリル様と拓海は、大人の関係に至ったのだと思いましたよ。甘い一晩を過ごせたのでしょうね」
そんなことを笑顔でキャノスに言われ、卒倒しそうになる。
すぐにそれは冗談だと分かったが……。
冗談はさておき、ベリルと俺が両想いとなったこと、そのことをキャノスは喜んでくれた。
ただ。
「拓海、私達は騎士。婚儀の前に、過ちをおかしてはいけないですよ」
やんわり釘を刺される。
トレーニングルームに着くと、驚く事態が起きていた。
ほぼ全員の騎士が、そこにいたのだ。
昨日、昼食後、爆睡したことを全員が猛省していた。
その結果、自分を律するため、体を鍛えることにしたらしい。
何はともあれ、練習を開始する。
初心者は縄跳びとシャドーボクシング、慣れてきた者にはサンドバッグでトレーニングを行ってもらう。俺はキャノスとスパーリングを始めたが、皆、その様子に釘付けになり、練習はしばし中断された。
結局、剣術の訓練をすることなく、午前中いっぱいボクシングのトレーニングで終わった。
食堂での昼食は随時行われている。だからベリルと婚約者候補達と会うことなく、食事を終えることができた。
部屋に戻り身支度を整えると、キャノスと共に厩舎へ向かった。
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次回更新タイトルは
『騎士らしくなったな、拓海』
『拓海には私以外のことを考えさせない』他1話です。
それでは今日もお仕事、勉強、頑張りましょう。
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