方便
そうしてゆっくりと温泉を楽しんでから部屋に戻ると、テーブル一杯に豪華な食事が並んでた。
「うお~っ! すげ~っ!!」
観音が声を上げる。私も、
『え? これ、本当に三人前? 五人前はたっぷりあるよね?』
口には出さなかったけど、そう思ってしまってた。そこに、ドアがノックされる。
「どうぞ」
ダンナが応えると、坂口さんが。
「この度は、当旅館をご利用いただきまして、感謝いたします。実は、本日、他にも予約が入っておりましたが急遽キャンセルとなり、用意した食材が余ってしまいましたので、合わせてご提供させていただきました」
畳に手をついて改まって、坂口さんはそう言った。
『なるほど、だから』
確かに、せっかくの食材を無駄にするよりはと思ったけど、同時に、
『料金が上乗せされてたらどうしよう』
って思ってしまったり。
すると坂口さんは私の心配を察したかのように、
「もちろん、料金はそのままでございます」
だって。
『あはは……』
なんだか見透かされたような気がして、つい苦笑い。
「それでは、ごゆっくりとお寛ぎくださいませ」
再びそう言って、坂口さんは部屋を出ていった。
で、私達は早速、船盛のお刺身とか鮎の塩焼きとか、普段はなかなかお目に掛かれないような豪華な夕食を楽しむことになった。
リーズナブルで庶民的なラーメンとか回るお寿司とかが好きな観音と私だけど、こうやって家族だけで食べられるのならこの感じの豪華な食事も消して嫌いじゃない。作法とかなんとかを気にしなきゃならないのが苦手なんだ。
「ウマウマ♡」
観音は本当に嬉しそうにもりもりと料理を平らげていった。もっとも、彼女の好きなものだけをね。甘く味付けられた豆とかには手を付けない。
ただ、今回は、ダンナが事前に詳しく希望を伝えてくれてたそうだから、観音が明らかに食べないものはあまりメニューに加えないようにしてくれてたみたいだね。
だから、手を付けないものも少なかった。
そして、観音が食べないものはダンナが食べる。私もなるべく食べるようにしたけど、量が……
『食材が無駄にならないように』って言っても、さすがにこの量じゃ完全には食べきれないよ。
でも、実は、『予約が入ってたけど急遽キャンセルになった』という話自体が方便で、ダンナとその家族だからってことで坂口さんが個人的にもてなしてくれたそうだ。
坂口さんにとってダンナはそんな風に思える相手、<仲間>ってことだね。
むやみにたくさん<友達>がいればいいってわけじゃないとは思うけど、こういう関係なら確かに人生にとってはプラスになるだろうな。




