『自分は自分』『他人は他人』
創作を行う人だって<人間>だ。いろんな面があると思う。嫌なことを言われれば凹んだりすることもあるだろうし、褒められたら単純に嬉しかったりもするんじゃないかな。
観音は言う。
「世の中にはさ、『信者に囲まれてちやほやされてるだけじゃ面白い作品は作れない!』とか言ってる人がいるんだけど、私にはそういうの、理解できない。だってそうじゃん。その考え方って、『自分のために面白い作品を作れ!』って言ってるのと同じじゃん。なにその<俺様理論>。何様? 世の中の創作者全員が自分のために創作してくれるのが当たり前だとでも思ってんの? 意味分かんない。
信者の人だけに囲まれてそれで満足しちゃってる人は、別にそれでいいじゃん。本人もファンの人達もそれで満足してるんなら、そっとしとけばいいじゃん。
それとも何? 自分はそういう風にできないからって嫉妬してんの? だとしたらカッコ悪いとしか思わない。
でもまあ、信者の人達がしつこく布教とかしてきたら確かにウザいとは思うけどさ。その辺はわきまえてほしいよね。趣味の合う者同士で和気あいあい楽しくしてたいんだったら、無理に他人を引き入れようとしない方がいいと思う。あと、自分の趣味に合わない人をバカにしたりしないようにもしてほしいかな。
それを守っててくれるなら、私も余計な首を突っ込んだりしないし、何も言わないよ。<住み分け>だよ、住み分け。それが結局、一番、平和だと思うんだ」
って。
私もそう思う。私達の家庭だって、他人から見たら異様かもしれないけど、別に他人にも私達と同じようになってほしいとか思ってるわけじゃないんだ。私達はこれで幸せにやれてるんだから、余計な干渉はノーサンキューってだけでさ。
観音も、私が相手だからちょっと強い言葉を使ったりもするけど、他人に対してはこういう言い方はしないそうだ。自分の好きなものを無理に押し付けたりもしない。<布教>することはあっても、
『この子、これが好きそうだな』
って思った時だけ『こんなのもあるよ』って薦めるだけで。それで反応が悪かったら、しつこくしない。
『相手が自分の思い通りになってくれるのが当然』って思ってないからそれが
できるんだよ。
『自分は自分』『他人は他人』って思ってるからさ。
彼女がそう思えるようになったのは、ダンナのおかげ。ダンナが、『自分は自分』『観音は観音』って思ってるから、そうやって接してきたから、観音もそれを真似てるだけなんだ。




