ムシのいい話には容赦はない
観音は言うんだよ。
「お父さんがお母さんの悪口を言ってるとこって、私、聞いた覚えがないんだ。お父さんはね。お母さんのいいところばっかり教えてくれる。
そうだね。『化粧が上手で仕事の時にはすっごい美人になる』とか、『お母さんはお父さんよりもずっと才能があってすごい人なんだ』とか、『周りの人はお母さんのことを<性格のキツい人>みたいに言うけど、実はドジなところがあって可愛いんだよ』とか、『お父さんの前では弱音も吐く、可愛い人なんだ』とか、褒めんの。
逆に、『お母さんは観音を捨てて逃げた酷い母親だ』とか、『観音を自分に押し付けていった』とか、『観音の養育費を一銭も払わない』とかは、一度も聞いたことがない。
それをお父さんは、『だってお父さんは、お母さんのことを愛してるから結婚したし、観音を生んでもらったんだ。お母さんが『家事ができない』とか『母親に向いてない』とかなんて、お父さんは結婚する前から知ってたよ』だってさ。
あと、『だから、お母さんが仕事を取っても、観音には幸せになってほしいからお父さんは努力するんだ。お母さんを選んだのはお父さんで、観音が選んだんじゃないからね』とも言ってたな。
だから私も、お母さんのことは恨んでるけど、それだけなんだ。『お母さんに不幸になってほしい』とか『お母さんに復讐したい』とかは思わない。そんなことする理由がない。お母さんはお母さんで、私じゃないもん。私はお母さんみたいにはなりたくないけど、お母さんだって私みたいにはなれないと思う。
私とお母さんは、<別の人>なんだよ。血が繋がってるだけのさ」
ってね。
勝手に自分を生んでおいて捨てて逃げた母親なのに、そんな風に言えるのは、観音自身が満たされてるからだと思う。
人間だから誰も完璧にはなれない。仕事では才能溢れるスーパーな人だったお母さんも、<母親>として駄目な人だった。そういう事実を受け止められるように、ダンナは彼女と接してきたんだ。
『相手を一人の人間として認める』
ってことを、観音に見せてきてくれたんだ。
それがあるから、彼女は、自分にとって都合の悪い人のことも、本気で『死ねばいいのに』みたいには言わないんだ。
小学校の頃、彼女をしつこくからかってきた男子のことは二十歳になった今でも嫌ってるけど、それでも、復讐とかは考えてない。
その代わり、もし、あの男子が、
『観音のことを実は好きだったからしつこくからかってただけ』
だったとしても、恋愛もののアニメみたいに、その男子の<ウブな想い>を認めたりはしない。
『勝手に生きてくれたらいいけど、自分とは関わってほしくないし、受け入れない』
ってことなんだよね。
『好きだからからかってた』
なんてそんなムシのいい話には容赦はないんだよ。




