二度とごめんだ
実際、観音の嬉しそうな顔を見たら、恥をかいた甲斐ぐらいはあったかなとは思ったんだけどね。
でもやっぱり、二度とごめんだ。一回だけでいいこんなの。
しっかし、自分でも経験してみてつくづく思ったけど、ウエディングドレス姿とかに興味がない、結婚式に憧れのない女性に、わざわざ結婚式をさせるのって、結局、こういう大仰なことさせて、それで、後戻りさせない、『後戻りできないって思わせる』ための罠なんじゃないかなって正直感じたね。
まあそれは考えすぎなんだろうけど……いや 考えすぎじゃないかな。事実かな。いやまぁだからって別に結婚式をしたいと思ってる人を馬鹿にしてるわけじゃないんだ。馬鹿にしたいわけじゃないんだ。
でもさあ、うん、『そうしなきゃいけない』っていう<同調圧力>が 存在するというのは、やっぱりそういうことなんじゃないかな。とは思っちゃうかな。
他人と同じであることを強要するなって言うんなら、自分と同じように考えろっていうのを他人に強要するのもおかしいよね。
私の場合は観音の望みを叶えたかったから、彼女の喜ぶ顔が見たかったから、だから結婚式を挙げただけ。
結婚式を<女の幸せ>だと思いたいなら別に思っててくれて構わないけど、それを押し付けるのは勘弁してほしい。
でもまあそんなこんなで結婚式も終えて、私達の家族としての生活が始まったんだ。
観音の中学生活も、<バラ色>ってわけじゃなかったにせよ、小学校の低学年の頃みたいに『楽しい楽しい♡』ものではなかったとしても、『学校に行きたくない』って言い出さなきゃいけないほどの苦痛でもなかったみたいだね。
例の男子とはほとんどもう関わり合いにもならなかったとはいえ、やっぱり他にもあんまり愉快じゃないことを言ってくる子もいて、それなりに心乱されるようなこともないわけじゃなかった面もありつつ、彼女は分かってくれてるんだよ。『なんでもかんでもが自分の思い通りに行くわけじゃない』っていうことをさ。
『むしろ自分の思い通りにならないのが世の中であり人生というものだ』
って分かってくれてたんだと思う。だから自分の思いどおりになるわけじゃない中でもそれなりに楽しいことを見付けて、自分なりに人生を楽しんでたんだろうね。すごく頼もしいよ。
結局、人生ってそういうことだと思うんだ。何もかもが自分の思い通りになることなんてない。
自分ばっかりが思い通りにしようとすれば、それは誰かを傷付けたり苦しめたりすることになるんじゃないかな。だって自分にとって都合のいいことは他人にとっては都合の悪い事だったりするしね。




