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スクール・バス  作者: 野宮ハルト
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第45話


「初めてだな…こうやって、皐月と並んで寝るのって…」


僕達はたまに、お互いの家へ泊まりに行く事がある。

夜中過ぎまでお喋りをしたり、ゲームをしたりして過ごし、眠くなったらその部屋の主はベッドへ、そして泊まりに行った者は床に敷いた布団で寝る事にしていたから、実はこうして枕を並べて眠るのは今回が初めてだった。


「そ、そうだけど…だからって、コレは…」

僕を抱き締める朝見の肌は火傷しそうに熱く、顔を埋めた胸元からは、どきどきと早鐘の様な鼓動が聞こえてくる。

「せっかく皐月が隣に居るのに、天井向いたまま寝るなんて勿体無い真似…出来るか?」

「勿体無いって…もう少し離れてよ。暑くて、汗かいちゃうよ…」

朝見から伝わる熱と、自分の肌から発する熱が布団の中にこもり、じわり、肌に汗が滲むのが分かった。

「無理言うな。離れたくないんだから…仕方ないだろ」

そう言って腰を抱き寄せられると、朝見の吐息が掛かる肩口から全身に向かって電気がビリリと走り、肌がぞわりと粟立った。


「皐月…」

甘く響く声で名前を呼ばれながら、宥めるように背中を撫でられたら、朝見の優しさがそこから染み込んでくるような気がして、胸の奥がザワザワとざわめいた。

「なんか…嘘みたいだ。ずっと好きだった皐月を、こんな風に抱き締める事が出来るなんて…」

朝見は僕の額に自分の額を付けながら、小さく「好きなんだ…」と呟いた。

「朝見…」

「ん?」

薄暗い部屋の中じゃ、朝見の顔がどこを向いてるかなんて分からない。

だから僕は、朝見の吐き出す温かな吐息を頼りにそっと顔を近付けて…キスをした。


軽く重ねるだけのキスを交わしていると、身体の内にじわりと熱がこもり始める。

「ん…」

するりと首筋を撫でられたら、ずくん、内にこもった熱が下半身へと流れ込んだ。

「…皐月?」

熱を孕み、痛いほどに下着を押し上げる存在を悟られまいと腰を捩れば、逃げる太腿に朝見の熱を感じ、ますますこそが反応してしまう。

「あ…あの…」

戸惑いながらそっと顔を上げたら、暗闇に慣れた視界の中で朝見がやわらかく笑った。

「おまえの身体…熱い」

「あ、朝見だって…」

「皐月の事、好きって想うだけで良かったのに…それじゃ足りなくなった」

「わッ」

がぶりと音がしそうなほど強く唇を食まれながら、熱のこもった腰を押し当てられたら、恥ずかしさのあまり全身がかっと熱くなったけれど、そんな気持ちはすぐに別の気持ちへと切り替わった。


…嬉しい。

求める気持ちと求められる気持が重なり合ったら、湧き上がる喜びに身体が震えた。



『好きな人が側にいたら、自然と身体がくっついちゃうんだよね…不思議な事に。皐月ちゃんだって、付き合ったらいちゃつきたくなると思うなあ…』

レナちゃんの言葉を聞いた時は半信半疑だったけれど、こうして朝見の腕に納まっていると、ほっと湧き上がる安心感と幸福感に包まれて、ようやくその言葉の意味を理解する事が出来た。

だけどまだ、『好きな人が出来たら、キスだけじゃなくて、色々したくなっちゃう』という気持ちは理解し切れていない。

それでも、朝見相手に反応してしまう身体を恥じる事は無いんだと思った。



「ヤバイ、ここでストップ」

徐々に激しさを増すキスに身を任せていると、強く身体を抱き締めていた腕がいきなり解かれた。

「…な…に?」

「これ以上続けたら…セーブ出来なくなる」

乱れた息を整えながら苦笑いする朝見に、そっと額の汗を拭われた。

「これじゃ、涼太達の事何も言えなくなる…」

「そ…うだね…」

酸素を求め喘ぎながら、朝見の言葉に頷く僕の顔にも苦笑いが浮かんだ。

「クソッ、仕方ねえなあ…。我慢して寝るか」

朝見は僕の身体をぎゅうと抱き締めながら頬にキスを落とすと、熱のこもった身体をそっと離していった。

「おやすみ…」

朝見の寝ていた場所に手を置くと、徐々に冷えていく感覚が寂しくて、切なくなった。

だから僕は、寂しさを追い払うように頭から布団を被ると、「おやすみ」と言って朝見に背を向けた。



一人布団に包まれながら、無理矢理眠ろうとしてみても、身体の内にこもる熱が僕を悶々とさせ、寝付けないまま何度も寝返りを打った。


「眠れないのか?」

何度目か分からない寝返りを打つと、朝見に声を掛けられた。

「うん…」

「俺も…」

「ねえ…」

「ん?」

「手…つなご…」

布団の中を探り、見つけた手をそっと握り合うと、掌に感じる温もりに安心感を覚え、僕達はゆるやかな眠りに落ちていった…。



あんなに早く寝たというのに、翌朝起きたみんなの顔はむくみ、どこか眠そうで、布団から起き上がる動きも緩慢だった。

発熱でダウンしていた涼太は、いつも通りとまではいかないものの、朝食を食べ終わる頃にはかなり元気になっていて、心配する僕達を安心させた。


「恋人岬だってー。レナここ行きたい」

荷物をまとめながら、この後の予定について話していると、レナちゃんが近隣の観光スポットを紹介してるパンフレットを指差した。

「恋人岬?」

名前だけは聞いた事あるけれど、どんな場所か知らなかったので、僕はレナちゃんの隣に移動して、テーブルの上に広げられたパンフレットを覗き込んだ。

「あれ?皐月でも、こんなトコに興味示すんだ」

からかうような涼太の口調にむっとしながらも、好奇心には勝てなくて、テーブルに視線を落としたら、青い海を背景にしたラブコールベルと呼ばれる釣鐘の写真が掲載されていた。

「この鐘を3回鳴らすと恋愛が成就すると言われている…だって。これってスゴクない?」

派手でイマドキなイメージのレナちゃんだけど、大きな瞳をキラキラさせ、パンフレットを食い入る様に見詰める姿は、どこから見ても≪恋する普通の女の子≫だった。

「でもさ、レナちゃんと涼太の恋はもう≪成就≫してるんじゃないの?」

「あーん、分かってないね、皐月ちゃん。女の子はね、いつだってカワイイものやロマンチックなものに憧れてるの。ここへ行きたいって思うのも、そんな気持ちの現れなの。ここでお願いしたら、わたしと涼太の愛が永遠に続いちゃったりするかもしれないでしょ?」

熱く語るレナちゃんを見ていると、≪恋をする≫って事の楽しさが伝わってきて、聞いてる僕までわくわくしてしまう。


「盛り上がってるところ悪いんだけど…残念ながらそこへは行けないな」

「え?」

「なんで?」

楽しい雰囲気に水を差され、盛り上がっていた僕達は一気にトーンダウンしてしまう。

「ここからじゃ、バスを乗り継いで片道2時間、運賃2,050円。但し…乗り継ぎ時間省いてだ。往復4時間以上掛けてまで行きたいか?」

「よ、4時間…」

「4,000円は痛いなあ…」

朝見の言葉に僕とレナちゃんは、がっくりと項垂れた…。



時間はあるけど所持金の少ない僕達は、恋人岬行きを断念し、下田の駅からすぐの場所にある、下田ロープウェイで寝姿山へ登ることにした。

山頂へ登ると山頂花公園内を廻り、『恋人岬の代わり』と言って、縁結びの愛染明王堂へお参りし、レナちゃん達はハート型の絵馬に願いを書き、僕と朝見はお揃いの根付を買った。



「よく寝るなあ…」

「よっぽど疲れたんだね…」

駅でお弁当を買い込み、特急列車に乗ると、列車が動き出すのを待たずに、涼太達が寝息を立て始めた。

「俺は食うけど…皐月は?」

「僕も食べるよ、おなか空いたもん」


走り出した電車の窓から見える景色はすぐに静寂な山並へと変わり、しばらく走り続けるとまた、キラキラ輝く海へと変わった。


「あのさ…」

「ん?」

遠くを見詰めていた視線を隣に移すと、シートにもたれくつろぐ朝見と目が合った。

「何を…お願いしたの?」

「お願いって?」

「昨夜の…花火」

「ああ、あれね…」


クスリ、思い出し笑いを浮かべた朝見の顔が、僕の耳元に寄せられた。


「…秘密」

「何もったいぶってんの?『…秘密』、なんてカッコつけちゃってさ。教えてくれてもいいじゃん」

「もったいぶってんじゃなくて、こういうのは秘密にしておくもんだろ?じゃなきゃ、叶うものも叶わなくなる…」

「そ、そうかもしれないけど…」

じいと顔を覗き込めば、ふいと顔を逸らしてしまうから、僕は必死になって朝見の顔を追い掛けた。

そうやってしばらくじゃれあっていると、不意に前の座席から咳払いが聞こえた。


「じゃれつき…禁止じゃなかったっけ?」

「へ…?」

「ふーん、皐月ちゃんに彼女が居ない理由って…そういう事だったんだ」

いつから目を覚ましていたのだろう?

いたずらっぽく笑うレナちゃんに、僕はどきりと冷や汗をかき、朝見は澄ました顔をしていた…。



小田原で特急から在来線に乗り換えると、乗り慣れた車輌や車内の匂いで、旅行気分が徐々に薄れて行き、下車駅が近付くと、楽しかった時間が遥か昔の出来事の様に感じられた。

「それじゃ、新学期」

「またね」

手を振って別れると急に寂しさがこみ上げ、僕は涼太達の乗った電車が見えなくなるまで見送った…。




「皐月、お弁当ッ」

照り付ける陽射しが少し弱まり、頬を撫でる風に秋の気配を感じ始めた…9月。

新学期がスタートする日だというのに、相変わらずな僕は寝坊した。

「わ、ありがとッ」

一度表へ飛び出した身体を無理矢理家の中へ引き戻すと、苦笑する母さんにお弁当を渡された。

「いってらしゃい、気を付けて行くんだよ」

「分かった、行ってきます」


形振り構わずダッシュして、駅の階段を駆け上がり、自動改札を抜ける。

発車のベルが鳴り、締まりかけたドアの隙間に無理矢理身体を捻じ込むと、バタン、背後でドアの締まる音がした。

「はあ…間に合った」

安堵の溜息を吐きながら、僕はポケットから取り出したハンカチで汗を拭った…。



「おそーいッ」

「ゴメン、寝坊した」

「だと思ったよ…寝癖ついてる」

苦笑する朝見にそっと後頭部を撫でられると、ビクン、くすぐったい感触に思わず首を竦めてしまう。

「わ、直りそう?」

「んー?学校着いたらなんとかしてやるけど、とりあえず今はバスに乗るのが先決」

そう言って背中を押されながら、乗車率200%はありそうな車内に無理矢理身体を押し込むと、僕の身体に覆い被さるように朝見も乗ってきた。

「うげ、苦しいッ」

「これくらい我慢しろ、寝坊したおまえが悪い」

ドアが閉まると、狭い空間に押し込められた僕達の身体が更に密着する。

「はあ、なんか体力使い切った気分…」

「ったく…仕方ないな。今日も暑くなりそうだってのに…」

くすり、笑いながら外に視線を向ける朝見は、日に焼けた肌に制服の青いワイシャツが良く似合っていて、僕をどきりとさせる。

「終わっちゃったね…夏休み」

「夏休み気分が抜けるまで…暫く掛かりそうだな」

「まあね…って、うわッ」

カーブに差し掛かったバスが揺れると、僕の身体まで揺られ、朝見の胸に顔を埋めてしまう。

「大丈夫か?」

「ごめん…ん?あれ…?」

「どうした?」

「これ…この香り…」

夢の中でキスした日…僕の鼻腔をくすぐった香りだ…。

「ああ、これか?皐月が気に入ってるみたいだから…」

「あ…りがと」


…どうしよう。

朝見の何気ない態度や言葉ひとつで、僕の鼓動は煩いくらいに跳ね上がってしまう。


「なんだ?不服そうだな…」

「違う、そうじゃなくて…」

どんどん増えてしまうかもしれない…朝見に対するどきどきが。

「だったら、何?」

「ううん、なんでもない」



初めての恋で僕は、どきどきするような幸福感と、苦い痛みを味わった。

そしてこの恋は、僕にどんな思いを味あわせてくれるんだろう?


出来ることならずっと、朝見の隣に立てる存在であり続けたいし、そう思われる存在でありたい。

だから無理せず、自分のペースで歩くんだ…きみの隣を。


僕達の未来に向かって…。


≪END≫


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