私が頑張るとみんな死んじゃう③
シィエラがやってきてから一週間後。無事ホテル暮らしも終わり、とあるマンションの一室を借りることができた。
1人暮らしには慣れていると言っていいが、まだこの世界の機器には慣れていない。
コンロなり、お風呂なり、パソコンなり、色んな物を今から勉強しながら過ごす毎日だった。
「ふぅー。なかなか、覚えるのは大変ね」
無論、電話が鳴ればモデルの仕事もこなすのだ。
楽しい仕事だが5日もすればそろそろ飽きがきたのか、内面が満ちなくなった。渡される報酬に嬉しさを感じない。
「今度、飲みにいかないシィエラちゃん」
「いいですわね」
毎日の変化を求めて飲みに行くも、ただの愚痴だけが広がっている場だった。
社会の退屈にシィエラの性格に合っていなかった。というか、何かが足りないと疼いていた。
勉強することに楽しさは覚えたが、利便性故に奥深さはなかった。そして、奥深く行こうという気持ちが自分になかった。
そういった才気がなかった。
「虐めても足りないわ」
飲み会の後、口説こうとしたおっさんをラブホに連れて行き、調教してやるも何か満足できなかった。裸の犬となった瞬間に飽きというか、物足りなさを訴えていた。
裸の犬を拘束したまま部屋を後にし、そのまま家に帰って眠った。
月が沈み、日が昇った頃。
「足りない」
また退屈な日が来た。意識がハッキリとした瞬間、そう感じるこの世界。
慣れないことにも慣れ始める。だが、慣れることには慣れなかった。
美しさの評価を誌面とネット投票で知り、上々の評判を知っても心に喜びは薄かった。
「1位か……」
「す、凄いじゃないかシィエラちゃん!」
「ミス女神だよ!CMが沢山来るよ!」
違う。違う。それじゃない。
獲得したという気持ちを求めていたわけじゃない。たまたま成り行き。嘘の涙も流したことがある。
この世界は自分にとっては最悪だ。
頑張りが報われているのかもしれないけど、満足が足りない。
「今回の宣伝にはやはり、新鋭のモデルが相応しいと思い、こちらですぐに有望な候補をリストアップし早速声を掛けたんです。数ヵ月後はスターとか」
「さすが、社長。弓長くんはきっと向いていると思っていたわ」
「いやいや。元社長の代わりですよ。酉社長」
スーツ姿の男女が書類が持ちながら、新鋭のモデルと評されるシィエラの撮影の様子を確かめに来ていた。
シィエラの次の依頼者でもある。
「弓長くんの好み?」
「私はどちらかというと、Sな方は嫌いですね。ただ、1人の男性として美しい女性と思います。松代さんはどう思いますかね?」
「彼は私にしか興味はないわ。無用な心配だわ」
「あはははは、ごめんなさい。でも、彼女の起用は正解だと感じるでしょう」
生のシィエラに成功をグッと確信した弓長社長に対し、
「……?…………ふーん」
「?どうかしましたか?酉さん」
「いえ、少し違和感を抱いたほどですわ」
彼の秘書ではないが、同じく会社を代表して同行した酉麗子はシィエラの違和感に気付いた。
撮影終了後、休憩をとるシィエラに何食わぬ顔で酉は近づいた。
「こんにちはシィエラさん、お隣宜しいでしょうか?」
「?ええ、いいですわ」
撮影の者ではないとシィエラも分かった。だが、この酉麗子から感じる"魔"に心の線が揺れた。
紫色の髪に自分と似た髪型。顔と容姿はさすがに自分の方が美しいが、魅力は酉の方があるとなんとなく感じた。なんだこの差はと、初めて自分と同じくらいの器に出会えた気がした。
「お美しいですね、いつも気を遣ってらっしゃるのですか?」
「そうですわね。私もモデルであり、一女性としてケアは大切にしているのですわ。それがこういった結果になっていますわね」
模範的な回答と笑顔で酉の質問に答えるシィエラ。
その答えに違和感が酉の中で消えてしまって、核心を生み出した。
「とてもお辛そうに見えますね」
「!は?」
「綺麗になりたいという気持ちは分かりますわ。ただ、あなたの本能はソレではなかった。そう見えたんです。例えると、他人の不幸が覗けない苦しみ」
シィエラよりも早く、酉がシィエラの本音に気付き。助言した瞬間、シィエラの中で何かが填まったような感触がした。
ああ、そうだったと心の中で復唱した。
「そろそろ休憩が終わっちゃいますね。次があればまた話しましょう、シィエラさん」
そういって、酉が席を外したとき。結構な時間が経っていたとシィエラは気が付いた。自分の核心が分かって酔っていた。
「待って、あなたの名前。聞いていいかしら?」
「酉麗子と、名乗りましたわ。私の名刺がテーブルに置かれてますわよ?」
「!?あ、ごめんなさい。また会いましょうね。酉」
自分と同じような人間。それをあげるなら広嶋であるが、それは性格という意味で似ている。
しかし、酉とは本能という意味で似ていた。
勝手に作られた当たり前を超えようとする、常識人。
そして、自分と同じく。例えるなら世界を変えようとする、異常者。
シィエラが決断した。それは彼女に先を越されないためだった。




