箱庭曲線(ハコニワマガリセン)
一緒に誰かと入っていった気がする。
「こ、ここは」
けど、それは夢だった?名前を思い出せない。そして、見慣れた景色が広がった。
「ああ、起きたんだ」
いつもの病院だった。いつものサッカーボール柄のパジャマ。寝転がっていた男らしくなってきた匂いを出すベット。爽やかな風が入ってくる窓。
いつも変わらない場所と僕だった。
「パンパン様。リハビリのお時間です」
ベットに寝るだけの生き物。
背骨の一部を欠損し、歩行すらままならない。
過度な手術と先の見えないリハビリを繰り返すだけの生き物。
「サッカーがしたいです」
走れるようになったら、やりたい運動だ。
ボールと仲間がいればいい。あの球を蹴って、ゴールに入れてみたい。
みんなと一緒に歩いていたい。
「んっ、しょっ」
自力で立ち上がることがやっと。杖か何かがなければ体を支えられない。
「リハビリと手術を続ければいつか、僕はみんなのように歩けますか?」
「もちろんだとも。君は回復できる」
家族にも、医者にも、きっと幸せになれる道を教えてくれる。
早く歩きたい。早く、理想を現実にしたい。
歩けるまで何度でも。何度でも繰り返してやる。
そう言って、10年は経過している。
「このまま、続けていいのですか?」
「歩ける幸せは必ずある!」
「信じていますよ。でも、まだ僕は……僕は1人じゃ歩けない。不安なんです!このまま、無駄に終わったら僕がなんなのか分からない」
努力が無駄になることと、この努力の意味が分からないから。
心がいずれ折れるんだ。
医者も家族も、
「リハビリを続けて、歩けるようになろう!」
そう言い続けてくれる。
のに、僕には希望は来なかった。僕だから分かることがある。僕は歩けない。
「また手術をしましょう!お金も、名医も、お母さんとお父さんが出してあげる!」
「違う!違うんだ!!」
「歩けた方が絶対良い!」
「違う!それじゃない!僕は」
大勢の、生きているという魂を持つ者達の中。
「生きたくはない!こんな僕は、……僕は生きたくない。もう10年だよ。歩くだけにどれだけ時間が掛かるの?憧れに届くまで、あとどれだけ犠牲にしなきゃいけないの?消えちゃったよ。立てる喜びも、踏み出せた一歩の喜びも、ないよっ…………嫌だ。僕はもう嫌だ!」
多くの者達の時間は止まった。
しかし、パンパンの時間は動いていた。捨てるもまた選択だ。
投資したお金と時間を捨てるという行為は周囲の人間を潰すこと。自分も潰すことだ。新しく生まれるわけじゃない。
「はぁっ、はぁっ」
パンパンは足を捨てると決断した。
それがどれだけ大変か分かっているのか?という問いに、こっちは10年以上もほぼ足なしで動いている。キャリアが全然違う。それに一緒に歩けたとしても、並んで歩くことはできない。
捨てることが遅いかもしれない。
「それであなたは何を選ぶの?」
1人の、桃色の髪を持つ美人看護師がパンパンに尋ねた。
「……分からないけど」
「それ、危ないわよ」
「これから探してみる。勉強に励んでみようかな」
「無駄な努力、報われぬ凡人共の末路ね」
「凡人にすらなれないよ。だって僕は歩くこともできない」
パンパンにあるのは命くらい。
どうしょうもねぇ。オンボロの体に宿った魂。小さな成功だけで幸せな安っぽい心。
「それでも、僕にできる事をするんだ。僕が僕に満足できるように生きてみたい」
「歩けることすらできない奴に、何ができるの?」
このキツイ言葉と共にこの世界が揺れ始めた。パンパンと向かい合う看護師だけはその形を保たれていた。
「シィエラさん。本当にそうだよね」
「ええ」
パンパンが浴びたのは精神攻撃だった。しかし、何も持たずに苦しいリハビリと手術をし、挫折をしたとしても手にしたのは痛みに耐えうる精神。
無茶をできる精神は立早の精神攻撃を容易に突破した。
パンパンにとって、家族達といた幸福感なんて軽かった。それよりも歩けることができたあの世界が良かった。家族なんてそんなものだった。自分が少しだけでも良ければいいのだ。
侮辱されても、失敗しても自分がそうだったから大したことはなかった。怒りをもたず、肯定しかなかった。
「僕。最後まで戦っていく。それだけが取り柄だし。歩くの諦めちゃったけど、あれは無理なんだよ」
「そ、何か悪いものを見ちゃったわ」
パンパン、シィエラ。
幸せの箱庭から突破し、新しい扉の向こう側へと歩を進めた。
「立早を殺したら、たぶん元の世界に戻るのよ?」
「それが?」
「あなた、歩けなくなるのよ?」
「うん。でも、大した事じゃないよ。誰も信じないかもしれないけど、世界を守ったってホラ吹いてみようかな?長い夢を見過ぎって言われるかな?」




