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エピローグ





 そうしてイオルドは一度王都に帰り、またすぐにやってくると、言葉通りに秘密基地の建設を開始した。

 イオルドに恩があるという、王都の職人たちがぞろぞろやってきて、あっという間に小屋は建った。


「最高の秘密基地になってしまった……!」


 狭いのにギチギチに物が詰まった小屋は、天井にまでポスターが張られ、壁一面に本やら標本やら絵が飾られて、大変ごちゃごちゃしていた。小屋の外には大きな作業台まで置かれていたので、リューンは思わずこう言ってしまった。


「あの、まるで物置みたいですけど……」

「これがいいんだろ、これが!」


 しかしそれは、リューンにはまったく分からなかったが、村の男たちの童心を大いにくすぐるものだったらしい。村のおじいちゃんたちは「これは素晴らしい部屋だ!」などと言って連日小屋に集い、飾られた標本を眺めたり、積まれた本を読んだりしていた。あの空間は男のロマンが詰まっているらしい。


 

 こうしてリューンの心配をよそに、イオルドはあっという間にアルド村に馴染んだのだった。





 そして驚くべきは、横だけではなく、リューンの家の周囲一帯の土地をイオルドがすでに買い上げているということだった。

 実は村の大地主であるドンへ、西の森の戦線に行く前から、イオルドは買い取りの交渉を持ちかけていたそうだ。そうして王都で息子さんとも話を詰め、土地の権利書は少し前に受け取っていたらしい。


「言ってくださいよ! というか、早く来たらよかったのに!」

「いや、家の周りの土地を買ったなんて、さすがに気味悪がられるかなと」

「まあ確かに、びっくりはしますけど」

「……びっくりするだけか?」

「うーん、ここらへんの土地ってすごく安いでしょう? イオルドの金銭感覚なら、『まあついでに買っておくか。何かの役に立つかも』くらいのつもりかな、と、思えなくもないですね」


 イオルドの財産がどれくらいかは知らないが、先のドラゴン討伐の際に受け取った分け前を考えれば、それはもう莫大な蓄えがあるだろうということは予想がついた。なのでリューンとしては『まあそんなものか』くらいの感覚だったのだが、イオルド本人は「頼むから危機感を持ってくれ」と、何やら渋い顔をして訴えている。


「他の奴がそんなことをしてたら、それは確実にヤバイ奴だ。いいか、すぐに言えよ」

「はぁ、分かりました」


 自分がすでに買い上げている土地だというのに、イオルドはやたらと念を押した。いまいちピンとはこなかったが、まあとりあえず、と頷くリューン。


「私、この村に住むまでは人間関係が希薄だったので、そんな心配はないと思いますけどね」

「マリベルも来ただろ。リューンは人をすぐにたらしこむんだ」

「たらしこむって、そんな。……ああでも、楽しかったですよ。マリベルさん、また来てくれますかねぇ」


 いきなり来たので驚きはしたものの、なんだかんだで楽しかったな、とマリベルの来訪を懐かしむリューン。しかしイオルドは何かを追い払うように手を振って「いや、いい」と仏頂面をした。


「アイツは結婚する、もう来ないだろ」

「え⁈ え、え⁈」

「なんだ知らなかったのか。次期伯爵夫人だぞ」

「え、いや、だって、お見合いするって言ってましたよ⁈」

「貴族の〝お見合い〟は〝顔合わせ〟だぞ。あいつが今まで逃げ回れていたのは、お相手の伯爵様がそりゃもう心が広くて、何より戦うマリベルのファンだったからだ。まあでも、一度会ったらお互い惚れこんで、すぐに話はまとまったらしい」


 どうやらマリベルはあの日にお見合いした相手と、ちゃっかりうまくいっていたらしい。

 年は随分と上の方だそうだが、人を包み込んでくれるような包容力のある穏やかな人格者で、領地経営の手腕もよく、会ったことがあるというイオルドも「あんな人は中々いない」と、随分と好印象な様子だった。


「マリベルさんのお父様が、熱心にその方を勧めていたと聞きました」

「気持ちは分かる。俺も娘がいたら、あんな人と縁づいてくれたら安心だろうなと思う」

「それはすごい人ですね」

「リューンも会う機会があるかもな」

「伯爵様とですか? いやぁ」


 むりむり、と全身で拒否を示すリューンだったが、イオルドはあきれ顔で「どうせ結婚式には呼ばれるぞ。……さて。薪割りをしてこようかな」と立ち上がって、上着も羽織らず出て行ってしまった。


  

 マリベルと同じ時間が過ぎたというのに、リューンとイオルドの関係は何も変化していない。

  家が建ち、イオルドが暮らしに馴染み、二人の間にはまるで家族のような時間が流れていた。



「もしかして私たちって、おじいちゃんおばあちゃんになっても、このまま……?」



 まあそれでもいいか、とリューンは肩の力をフッと抜いて、イオルドの背中を追いかけた。薪割りといったって、数分もあれば彼は魔法で木を切り刻んでしまう。しかし乾燥させるためには、薪を積んでおかなければならない。その作業が、イオルドはちょっと、その……雑だった。


 家が隣同士になって、リューンはイオルドの意外な一面をたくさん知った。

 意外と雑なところ、面倒くさがりなところもたくさんあって、やっぱりイオルドは完璧な超人などではない。リューンはそれが、うれしかった。


「薪はきれいに積まないと、乾かない部分が出てきちゃうんですから!」


 なんでも出来てしまうけれど、こうやって手伝えることもたくさんある。

 イオルドの背中をすぐに追いかけられる今の幸せを、リューンはずっと味わっていたいなと思っていた。

 





 












「もしかして私たちって、おじいちゃんおばあちゃんになってもこのまま……?」




 イオルドは耳が良かった。

 所詮地獄耳というやつなのだろう、これは戦場においてかなり有利で、イオルドは聴力には自信があった。だから聞き間違えることはない。


 リューンは、どういった意味で言ったのだろうかと、イオルドは頭を抱えた。

 『このままじゃイヤ』なのか、『このままがイイ』のか、その声色から推し量るのは難しく、イオルドは混乱する。


「いや、でも、まさか」


 イオルドは、リューンのことを大切に思っている。

 その自覚はあるのだが、それが愛情、つまり恋人になりたいかと問われると、どうしても〝愛〟への嫌悪感が出てしまい、イオルドは身動きがとれずにいた。


 それでも、リューンの隣は誰にも譲りたくない。

 あの日マリベルはイオルドに手紙を寄越した。今までのことに関する謝罪、リューンの家に泊まったこと、彼女がイオルドに会いたがっていることなどが簡潔に記されたそれらの結びには、こう書いてあった。




『リューンがずっと一人なら、私のそばにいてほしいと思ってる』




 女で、かつほぼ既婚者であるマリベルに嫉妬をする理由など、一つもないのだが……イオルドは猛烈に焦った。

 そのため名前のないこの関係に甘え、家まで建てて、リューンの隣を確保したのだ。



「隣に俺がいるのに、他の人間のところには行かないだろ」



 己の醜悪な本心に辟易しつつも、後悔は一切なかった。

 リューンの隣を手放すつもりは一ミリもなく、むしろ穏やかな日常が積み重なっている今、二人の関係に何か名前がついたところで大丈夫な気がしてきていた。


「リューンが望んでくれるなら、俺は」

 

 混乱して思考を口からこぼしつつ、切り倒してある木を引きずって薪小屋の前まで運ぶ。

 そして木をザクザクと切断し、できるだけ均等な大きさになるように切り分けた。まるで果物を切るようにサクサクと薪を量産したイオルドは、それらをじっと見つめて「いやでも、どうすればいいんだ……」と苦悩する。



「イオ! 手伝います!」

「うわっ」

「うわって何ですか。積んじゃいましょう」



 声に飛び上がったイオルドだったが、すぐにリューンにつられて薪を積み始めた。



「イオは意外と雑ですからね! きっちり積んでおいたら、取り出すときが楽でしょう!」



 張り切って薪を積み上げる彼女を、チラと横目で見て、そのやわらかい頬の曲線を反射的につつきそうになる。最近、こんな衝動に駆られることがたまにあって、イオルドはそれにも困っていた。


 よく秘密基地に入り浸る村の老人たちに相談すれば『それは病の一種だ』などと恐ろしいことを言われたので、一本数万円もする万能解毒薬を取り寄せたところだった。解毒薬が効かなければ、王都の診療所にも行くつもりである。



「リューンがしっかりしててくれて、助かるよ」

「もう、そうやってごまかして! 自分でもちゃんとやってくださいね!」

「任せろ」



 二人で積み重ねた薪を、二人でゆっくり使っていく冬が、イオルドは好きだった。

 願わくば、来年も、その先もずっと。











長らく更新が止まっていた作品です。

本当に何年越しだろうかというほど前の話で、コメント等で応援してくださった皆様、ありがとうございました。本当にお待たせしてすみませんでした。


本当にずっと心のしこりのように、この作品のことが気になっていました。


それを解消するためにも今回ちょっと無理やりに書き上げたこともあり、この作品はしばらく作者ページ、検索結果からは除外した状態のままにしておきたいと思います。

何年もお気に入り登録をしてくださっていた心優しき皆様に、少しでもお楽しみいただければ幸いです。





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大好きな物語がまた一つ増えました! 連載再会ありがとうございます。
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