第61話 窮 地
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2008年。
リナ、そして父親の魁斗が、謎の組織に狙われた。
イギリス諜報機関に属するヒロは、リナを守るために命を落とす。さらに、リナの父親・魁斗も遺体で発見された。
2012年、女子大生となったリナの携帯に「妹を誘拐した」という電話が届く。
霊能力を持つ1つ下の後輩、慎吾を連れて実家へ戻ったリナ。誘拐犯は期限内に1億を差し出さなければ、雛子を殺すと宣言。
後藤と藤岡は4年越しで、再び羽鳥家の誘拐事件を担当する。
誘拐事件の翌日から、リナの実家の近辺で連続殺人が起こる。
たびたび殺人事件現場に姿を現していた慎吾は、2人の捜査官に疑われてしまった。それでも捜査官に、田園調布を警戒せよと忠告するが・・・
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第61話 窮 地
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(誘拐犯が示したタイムリミット・・・12月19日24時)
2012年12月16日(日)、午後3時21分。湾岸警察署。
午前10時に、羽鳥邸を後にした藤岡は・・・3時間だけ寝て、警察署に顔を出していた。
藤岡「・・・ ・・・」
とあるデスクの前に座り、何かを待つ。しばらくして、藤岡に声をかける者が現れた。
「あれ? 特別捜査官の先輩が、何故ここへ?」
警備第一課に所属する、長身の堂島。自分のデスクに戻ってきたところ、椅子に座っている藤岡を見つけた。
声に反応した藤岡は、いつもの鋭い眼光で堂島に視線を合わせる。
藤岡「あぁ、大悟。待ってたよ。お前に話があってな」
立ちあがりながら返事を返すと、目の前の大男を椅子に座らせた。
身長191cm・体重103kgという、すこぶる体格のよい堂島大悟は東大出身。同じく東大出身の藤岡にとっては、1つ下の後輩にあたる。
分厚い胸板に角刈り。制服の上からでも、全身筋肉質とわかるほどのマッチョマン。見るからに体育会系といった風貌だ。
堂島「珍しいッスね。先輩とは・・・ここ1年、顔を合わせてないッス」
椅子に座りながら、大きな伸びをする堂島。
藤岡「タイミングが合わなかっただけさ。
相変わらずサプリが好きだな、お前」
堂島のデスクにある、いくつものサプリ容器を手に取る藤岡。
ビタミンC ビタミンB1 カルシウム マグネシウム アミノ酸 ・・・
堂島「プロテインも、毎日欠かさず飲んでるっスよ!
あ! このマグネシウムが今のブームっス!」
言いながら堂島は、1つの容器を藤岡に渡した。
堂島「日本人大リーガーも、このマグネシウムサプリを愛用してるっス!」
藤岡は右手で容器を受け取るが、すぐに突き返す。
藤岡「俺はサプリなんて興味ない。
ところでお前、今日は田園調布の警備にあたるんだって?」
堂島「えぇ、そうッス。午後6時~12時の予定っス。
でもホントに【ABC】で、次に【D】で事件が起こるんスかね?
俺は、何も起こらない方に賭けてるっスけどね」
堂島の肩をポンと叩いて、藤岡が声をかける。
藤岡「悪いが今日、お前の仕事は中止だ」
堂島「はぁ!? 何言ってるんスか、先輩!!」
堂島は裏返ったような声をあげた。
藤岡「お前の名前は【D】で始まる。
【D】で名前が始まる連中は、全て休みをとる事!
そう指示が出ているんだよ」
堂島「ちょ・・・」
堂島の言葉を遮る藤岡。
藤岡「もっとも、名字・名前とも【D】で始まるのはお前だけだがな。
もちろん【D】駅へ行くのも厳禁だ!」
堂島「ちょ、何言ってるんスか、先輩!!
何のために俺、警察官になったと思ってるんスか!
悪い奴を捕まえるためにっスよ!」
堂島は両腕を垂直に折り曲げ、ポパイのように筋肉をアピールする。
堂島「そのために、毎日鍛えてんスから!
体脂肪率8%の肉体は、悪者を捕まえるために使うんス!」
藤岡は軽く堂島の頭をはたいた。
藤岡「アホか、お前。銃で狙われたらどうする?
銃の前で筋肉なんか無意味だろーが」
堂島は人差し指を立て、横に2~3度振る。
堂島「ちっちっち! 【筋肉は心の鎧】。これが俺の座右の銘っス!」
藤岡「誰の言葉だよ・・・ 聞いた事ないぞ・・・」
あきれた表情を浮かべる藤岡。
堂島「もちろん俺っス!」
小さくため息をついた後、今度は冷めた目で堂島を見た。
藤岡「全く・・・。東大に入学した時は、モヤシっ子だったくせに。
ボディビルなんかに目覚めやがって・・・
体だけでなく、しゃべり方も変わっちまったな」
堂島「頭脳派から肉体派に、華麗に転身したんスよ!
この世の悪は、俺が潰すっス!!」
ドヤ顔の堂島。その太い腕っ節を藤岡にアピールする。
藤岡「とにかく今日はデスクワークか、休みを取れ。いいな」
堂島「お言葉ですが先輩。
事件が怖くて現場に行かない警察なんて・・・
そんなヤツ、警察官の風上にも・・・
あ、ちょっと! どこ行くんスか、先輩!」
堂島に背中を見せた藤岡は右手を振って、その場を立ち去ろうとする。
藤岡「いいな。絶対【D】に行くなよ!」
去り際に一言だけ、堂島に言葉を残した。
5分後。
自分のデスクに戻ってきた藤岡は、ノートパソコンを開く。警視庁のサーバに保存されている、事件当日の秋津駅・分倍河原駅・調布駅の防犯カメラ映像を見始めた。
藤岡「・・・ ・・・」
鋭い眼光で、映像のいたる所に視線を突き刺していく。
(藤岡「ようやく・・・ 現れたか・・・?」)
慎吾の言っていた不審な男。
(藤岡「さぁ・・・。姿を現せ!」)
そして、この事件の鍵を握るであろう男を捜し始めた。
・・・ ・・・。
午後9時ちょうど。羽鳥邸。
カシャン。
鳴り響いた携帯を取りそこねた後藤は、それを床に落としてしまった。
たまたま風呂上がりで応接室を横切ったリナ。目の前に転がってきた携帯を拾い上げる。
リナ「携帯、よく落としますね」
頭の中はパスワードの事でいっぱいのリナは、無表情で後藤に携帯を渡した。
後藤の携帯を落とす音が、静かな邸内に響き渡る事しばしば。2階の1番奥の部屋にいても、時折その音がリナに聞こえてくる。
後藤「あぁ、ありがとう、リナ君。
署で配られる携帯は小さすぎてね。失礼」
丁寧にお辞儀をした後藤。着信【藤岡】を確認して、すぐに携帯に出た。
後藤「もしもし? 藤岡か? うん。あぁ・・・
そうか。今の所、どの駅も・・・」
リナがまだその場に立っているのを見て、後藤は背中を向けた。そして小さく声を出す。
後藤「異常無しだな・・・。今日は大丈夫そうだな」
後藤は1時間おきに【D】駅での様子を報告させていた。
後藤「とりあえず10時にも状況を報告してくれ。
引き継ぐ時で構わないから。あぁ、うん。こちらに動きはないさ」
リナ「・・・ ・・・」
後藤「何? 9時半に? あぁ、あぁ・・・構わんさ。わかった」
携帯を切った後藤。振り返ると、リナが2階へ続く階段を登っていく姿が見える。
階段を登りながらリナは、
(リナ「今日は・・・ 誰も殺されていない・・・」)
と、心の中で呟いた。
・・・ ・・・。
午後9時半。
羽鳥邸に藤岡が現れた。玄関で出迎えた後藤が声をかける。
後藤「30分も早く来て・・・ 確認したい事って何だ?」
コートを脱ぎながら藤岡が返す。
藤岡「えぇ。
あの慎吾という男から、コートの男については聞きましたか?」
後藤「聞いたよ。秋津と調布で見たってヤツだろ?
自分が疑われないための、偽証じゃないのか?」
藤岡「その事で・・・ 今から彼を応接室に呼んできます。
源さんもその場にいてください」
相変わらずの鋭い視線を後藤に向ける藤岡。
後藤「 ? あぁ、わかった。どのみち10時まではここにいるしな」
軽く笑った藤岡は、すぐに慎吾のいる2階へと走っていった。
5分後。
応接室には、慎吾と2人の捜査官がソファに向かい合って座っていた。
藤岡「今一度君に聞くが・・・
調布駅で、コートにサングラスの怪しい男を見たと?」
真っ先に藤岡が慎吾に質問した。2人の捜査官に睨まれながら、慎吾は静かに応える。
慎吾「えぇ・・・ 確かに。秋津駅にいた男と同じ男です」
藤岡「今日、警察署で・・・・
事件の起こった3つの駅の防犯カメラを、隅々までチェックした。
コートにサングラスという出で立ちの男は数名見かけた。
だが、秋津駅と調布駅で同一人物となる者は一人もいなかった」
慎吾「そんな・・・ 必ずいるはずです。
秋津駅にいた男は、藤岡さんの写真か動画も撮ってたんですよ」
藤岡「顔認識システムでも、同一人物と思える人は検索できなかった。
つまり・・・」
藤岡は後藤の方を向いて話し始めた。
藤岡「彼は3件の殺人現場にいた。これは彼も認めている事実。
そして、3人を殺した」
慎吾「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
反射的に声をあげる慎吾。
後藤「君は黙ってくれ。続きを」
慎吾の言葉を後藤が止め、藤岡に話の続きを促した。
藤岡「我々警察が、3件目の調布駅で初めて気づいた【ABC】・・・。
彼は2件目の分倍河原で気づいたと、言っています。
本当に彼に、それだけの洞察力があるでしょうか?」
後藤は視線を藤岡から慎吾に移す。そして再び藤岡を見て、首を2度横にふった。
藤岡「それに、【C】のつく駅は・・・
他にも【千歳烏山】や【千鳥町】があるというのに・・・
彼が姿を現した【調布駅】で、また人が死んだ」
慎吾「・・・ ・・・」
藤岡を見つめながら、黙ってその主張を聞いている慎吾。まるで藤岡が【名探偵ポアロ】のようだと思い始めた。ポアロに対峙する殺人犯役はもちろん・・・自分だ。
藤岡「だから彼は不審な人物がいたと偽証し・・・
疑いを他の方向に向けようとした」
後藤「ふむ・・・」
藤岡「調布駅の防犯カメラに、彼は数時間も映り続けてますが・・・
彼の言う不審な男・・・
秋津駅にもいたという、コートにサングラスの男・・・
そんなヤツは映っていません」
後藤は黙って、うんうんと頷く。
藤岡「そこで源さんに聞きますが・・・。
今日1日、彼は外に出てませんか?」
後藤「あぁ。ここを出るには、あの門のやっかいなセキュリティ・・・
X線やら、手間のかかるチェックを受ける事になるからな」
身内の者でさえ・・・羽鳥邸に入るには、金属探知機やX線による検査をパスしなければならないルールだ。
後藤「彼は今日1日、門はおろか玄関すら出てないよ。私が証人だ」
藤岡は静かに頷く。
藤岡「ふむ。不思議な事に・・・
今日に限り、【ABC】と続いた連続殺人事件は起きてません。
つまり犯人は今日、【D】へ行く事が出来なかった・・・
そうは考えられないでしょうか?」
2人の捜査官は同時に慎吾を見た。
慎吾「ちょ・・・ ちょっと・・・ 僕は・・・」
藤岡「では、確信的な事を言いましょう。
彼は今回の証言で1つミスをしました。
俺が【殺害現場の近くにいたのは何故か?】と質問した時・・・
彼は【お腹が空いたからだ】と応えました。そうだよな?」
藤岡は慎吾に同意を求める。
慎吾「た、多分・・・言いました・・・。はい・・・」
ニヤリと笑った藤岡。
藤岡「源さん。聞きましたね?彼の言葉を」
後藤「あぁ・・・。それが・・・?」
一呼吸おいた藤岡は、再び語り始める。
藤岡「調布駅での事件は、報道規制をしいてます。
ニュースや新聞ではとりあげていません。
なのに何故彼は・・・
殺害現場が【売店】だと知っていたのでしょう?」
慎吾「!?」
後藤「た、確かに・・・。【売店】は公にされてない情報。
【お腹が空いた】という返事は・・・
そこが殺害現場と知っていた・・・」
言いながらジロリと慎吾を睨み付けた。
慎吾「ち、違います! 売店の前で人だかりが出来てたから・・・
そうだと思ったんです!」
小さくため息をつく藤岡。
藤岡「君はいつも・・・ 苦しい言い訳ばかりだな」
その時、突然後藤の携帯が鳴り響いた。
カシャン。
慌てて携帯を取ろうとすると、必ずそれを落としてしまう。後藤はすぐに拾い上げて電話に出た。
後藤「後藤だ。どうした?」
後藤は立ち上がり、藤岡と慎吾に背を向ける。
後藤「なんだと!?」
突然大声をあげた。
後藤「今か!? 救急車に乗って運ばれたんだな!?
容態は!? うん、うん・・・ そうか・・・」
後藤は大きなため息をついた後、携帯を切った。
藤岡「げ、源さん・・・?」
疲れ切った目をした後藤が、振り返って藤岡に告げた。
後藤「堂島が・・・ 田園調布で・・・」
絞り出すように、声を出す。
藤岡「堂島が!? 田園調布に!?」
藤岡もソファから立ちあがる。
後藤「心肺停止状態のまま、救急車で病院に運ばれた・・・」
同時に、藤岡と慎吾が声をあげた。
藤岡「な・・・ 何ですって・・・?」
慎吾「な・・・」
(第62話へ続く)
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次回予告
とうとう4人目の犠牲者が出た。慎吾が捜査官の目の前にいる状況で起きた、4つめの殺人事件。
慎吾への疑いが晴れたように思えるが・・・藤岡は慎吾に共犯者がいると主張する。
慎吾は、4人目の犠牲者が出た事で心を痛めるが・・・
この連続殺人事件の、先にあるものが見えた。
次回 「 第62話 4人目の犠牲者 」
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