第53話 最期の言葉(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナと父親の魁斗は、謎の組織に狙われる。魁斗はリナとヒロを救うため、自ら囮になり、組織に捕まってしまった。
リナは湾岸警察署で、再び覆面男らの襲撃をうける。ヒロとリナはコンビを組み、敵に立ち向かう事を決意。次次と敵を倒していったが・・・
敵の爆破攻撃で窮地に陥った2人。ヒロは自らの命を犠牲にして・・・リナを守り通した。
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第53話 最期の言葉(2008年)
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2008年12月11日(木)、午前4時36分。都立病院。
病院のある一室。リナは脳のMRI検査を受けるべく、ベッドの上で横になっていた。頭の先では、大型電子機器がリナを待ち構えている。ガントリーと呼ばれる、まるでドーナツのような機械だ。
やがてベッドが静かに動き出し・・・・リナは、頭からドーナツの穴に飲み込まれる形になった。
リナ「・・・ ・・・」
意識はある。うつろな目で、ただ機械内部の白いドームを見ていると、やがて大きな金属音が鳴り始めた。
グオォン グオォン グオォン グオォン グオォン グオォン ・・・
リナ「・・・ ・・・」
何かがドームの中を回転しているような音だ。
ちょうどリナがガントリーに入った時・・・。
突然2人の男が、リナのいる部屋に入ってきた。藤岡、後藤の両捜査官だ。
「ちょっと・・・ 部外者は立ち入り禁止ですよ!」
男に気づいた看護師の1人が、声をかける。
藤岡「責任者は誰だ!?」
藤岡は看護師を睨み付け、ややせかすように返した。するとガントリーの側にいた、見るからに医者という男が声をかけてきた。
「私ですが・・・」
白衣を着け、年は40代半ばといったあたりか。藤岡は警察手帳を男に見せ、静かに質問する。
藤岡「今すぐに、患者と話したい。出来るか?」
怪訝な顔をした医者は、丁寧口調で藤岡に説明した。
医者「今は検査中です。
あと20分もあれば終了します。それまでお待ち・・・」
藤岡は医者の声を遮る。
藤岡「いいか、よく聞け。そこにいる患者の父親が誘拐された。
誘拐した犯人と、そこの患者はついさっきまで一緒にいたんだ。
誘拐事件では、1秒の出遅れが命取りになる。
今すぐに患者と話をしたい!」
医者「状況は聞いています。
しかし検査前の問診で、患者にはPTSDの症状が見られました。
この検査を終えてからにして頂きたい」
やりとりを見ていた後藤が藤岡に声をかけた。
後藤「あの娘も3mの高さから落ちて、頭を怪我をしているんだ。
検査を終えてからでもいいんじゃ・・・」
今度は、後藤の言葉を遮る藤岡。
藤岡「今、この事件の指揮を執っているのは俺です。
先輩に対して失礼を承知で言います。
源さんは黙っててください!」
言われた後藤は両手の平を藤岡に見せて、「わかったよ」と頷いた。引き下がらない藤岡は、人差し指を医者の前にたてて見せる。
藤岡「1分でいい! 話せるんだろう?」
医者「・・・ ・・・」
逡巡した後、医者は静かに口を開いた。
医者「1分だけなら・・・。あのマイクで・・・」
医者は、奥にある1本のマイクを指さした。
医者「手前のスイッチを押して、中の患者と話せます」
藤岡「助かる」
医者「1分で終わらせてください。患者の負担になりますから・・・」
渋い表情を見せる医者に、藤岡は首を縦に振った。
藤岡「わかった」
藤岡は後藤の背中を押して、マイクの前まで歩いて行く。
後藤「おいおい・・・ 俺が話すのか?」
藤岡「俺は彼女の前で銃を撃ちました。
俺の言う事に素直に話すとは思えません。
話す内容は俺が指示します。
源さんが彼女と話してください」
後藤「・・・わかった」
・・・ ・・・。
ガントリーの中で金属音を聞いていたリナの耳に、突然人の声が聞こえた。
後藤「あー、羽鳥リナくん。聞こえるかな? 私は後藤捜査官だ」
頭の上から、後藤のマイク音声がドームの中に鳴り響く。
リナ「・・・ ・・・」
声は届いていたが、沈黙を保つリナ。
後藤「君はハーグリーブスと一緒にいた。知ってる事を話して欲しい」
リナ「・・・ ・・・」
リナは無表情のまま、機械の内部を見つめている。
後藤「君の父親を助けたいんだ」
(リナ「・・・ パパ・・・?」)
初めてリナが反応を見せた。
後藤「君の父親はまだ行方不明だ。
少しでいいから、ハーグリーブスといた時の状況を話して欲しい」
リナは父親の魁斗にスタンガンで気絶させられた。しかしそれは自分を守るためのだったと、ヒロから聞いている。
リナ「・・・ ・・・」
ずっと黙っていたが、父親を心配する気持ちが徐々に膨らんできたリナ。やがて静かに口を開いた。
リナ「ヒロ先生は・・・ パパを助けようとした・・・」
後藤「・・・ 質問を変えよう。ハーグリーブスは・・・
彼の属していた組織について、何か君に話したか?」
【テロ組織】と言いたい所だが、後藤は言葉を選んでリナに聞いた。
リナ「・・・ SISとか・・・」
後藤「他に何か聞いてないか?」
2人の捜査官に「1分過ぎた」と告げる医者に対し、藤岡は「あと10秒で終わる」と返す。
リナ「パパと・・・ 英語で何か話していたけど・・・
私にはわからなかった・・・」
後藤「そうか・・・ ありがとう。
検査結果が良好である事を祈っておくよ」
リナ「・・・ ・・・」
結局後藤は、目新しい情報を得られずに部屋を出ることになった。
そして2人の捜査官は、別の部屋で・・・
ヒロ・ハーグリーブスの死亡を確認した。
・・・ ・・・。
2008年12月25日(木)。
羽鳥コーポレーションは、「世界最高」をウリにしたセキュリティソフトを、世界同時販売した。日本時間の午前0時ちょうどに。
もちろん社長の羽鳥魁斗は不在のままだ・・・
皮肉にも社長が行方不明という事件は・・・ソフトの注目を世界的に集め、当初の予想を遙かに上回るペースで売り上げを伸ばしていく事になる。
・・・ ・・・。
2009年2月某日。
匿名の通報を受けた警察官が、東京湾である遺体を発見した。切断され、さらに焼かれた胴体部分の遺体だった。 遺体にこびり付いた焼け残った着衣が、誘拐された羽鳥魁斗の物に類似していると指摘したのは後藤。
その着衣からわずかに体毛が検出され、羽鳥瞳の許可を得てDNA鑑定が行われた。その結果・・・
付着していた体毛が、羽鳥魁斗のものである確率は99%という鑑定結果が出た。
・・・ ・・・。
ヒロ・ハーグリーブス。
拘置された湾岸警察署からの逃亡や、警察署襲撃。身代金要求の通話記録や、恵比寿駅の防犯カメラに映っていた、ロッカーに2500万入りのリュックを入れる映像など・・・
あらゆる証拠はヒロに不利なものばかりだった。ヒロは、被疑者死亡のまま書類送検される事になる。
しかし、そこに待ったをかける者がいた。
ICPO(国際刑事警察機構)から、日本の警視庁に捜査依頼が入る。
生前ヒロは、SISに報告書を頻繁に送っていた。【Unknown】の名前こそ、慎重になり公には出さなかったが、秘密組織が大規模なテロを起こすという内容だった。
SISを通じてヒロの報告書は、ICPOへ渡り・・・ヒロが羽鳥魁斗誘拐犯とする日本の警察と対立。
湾岸警察署で死亡した覆面男らは、ヒロに撃たれたという鑑識結果が出ている。その事実は、ヒロが誘拐犯である事に矛盾しているとICPOは指摘した。
なお、生きて逮捕された覆面男数名はいずれも知らぬ存ぜぬを通し、黙秘。
日本警視庁は「SISに送られた報告書は自作自演」「湾岸警察署での覆面男射殺も、追い詰められた犯行グループの仲間割れ」という苦しい見解を通達するも・・・
首謀者が別にいると主張するSISやICPOが納得することはなく、さらなる捜査を要請。警視庁もしぶしぶその要請に応じることになった。
ICPOは、「本件が世界危機に関わる内容である」と判断。それゆえ羽鳥魁斗の遺体発見を始め、関連事項の多くは報道規制がしかれ、それらの情報がマスコミにとりあげられる事は無かった。
・・・ ・・・。
2010年7月某日。
羽鳥コーポレーションは社長不在のまま、ハーフナノディスク(通称、HND)を販売。
すでに2年前から数学者の羽鳥魁斗と、物理学者の羽鳥瞳によって完成させていたHNDという新型ディスク。当初2009年販売予定だったが、社長死亡により、2010年販売となった。
同時に、セキュリティソフトとHNDと連動させるためヴァージョンアップソフトを販売。
ソフト&HNDの組合せは、コンピュータセキュリティとしては最高の性能を誇り、それを破るコンピュータウィルスやサイバーアタックは皆無とまで言われた。
後に羽鳥コーポレーションの提供する、このセキュリティソフトは、世界で「ハドリアンズ・ウォール」と呼ばれる事になる。
その強力なセキュリティアルゴリズムは高く評価され、2012年には全世界のセキュリティソフトシェアの53%を占めるまでにいたった。
・・・ ・・・。
なお、羽鳥リナはMRI検査で目立った異常は見つかることはなかったが・・・
事件後、急激に視力が低下。後頭部の強打が原因である事は明白だった。
後にリナは赤い眼鏡を使用。
初めて彼氏に買ってもらった薄赤のワンピース・・・。
ヒロは派手さのない赤を好んでいた。いつしかリナも同じ色を好きになり・・・
眼鏡もその色を選んで使用していた。
また、強打した後頭部の部位には大きな傷跡が残り、さらには5cm四方で髪の毛が生えなくなってしまった。
リナは傷跡と後頭部の無毛部分を隠すため、普段から大きなポニーテールをするようになる。
リナのトレードマークである・・・赤い眼鏡とポニーテールは、こうして生まれた。
同時に・・・
リナは目に映る数字が、意識せずとも頭に入ってくるという症状に悩まされた。
【数字依存症】と呼んでいたリナは、誰にもその症状を言えずに苦しみ続ける事になる。
・・・ ・・・。
彼氏と父親を亡くしたリナ。深い心の傷が癒える事はない。そんな矢先、リナの愛用していたノートパソコンに、あるメールが届いた。
そのメールは・・・ 生前のヒロからのメールだった。
【もしこのメールを君が読む時は・・・ おそらく俺は死んでいるだろう】
という書き出しで始まる内容。ヒロが万が一の場合に、リナに届くようにしていた。
メールの最後の方には・・・
2 35 485813 85 15644845 41 8
48 416 14384 8 64 318414 384 18613
48 434 3821 641 38 4313 3848 83
47 488 9198 869 467 55 75139 57895
87 638 41089 3 89817 781871 81718
4 18 36 4161214 8498488 1
7 897 371 845 4841 3 4
14 8 143 8 913 1834 54 3
413 648 991 36 5345 43 8
1443 4831 864 18 6913 98 7
1515 85286 5 951 81 5898
1438 981713 96998 177 2
一見すると、意味不明な数字の羅列だが・・・
リナにはそれが何を表しているのか、すぐにわかった。
マウスでドラッグすると、スペースの部分が暗転し
□■■■□□
□□■□□□
□□■□□□
□□■□□□
□□■□□□
□■■■□□
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■□□□□□■■□■■□□■■□□□□□□■■□□□■□□□□□
■□□□□■■□□□■■□□■■□□□□■■□□□□■■■■□□
■□□□□■■□□□■■□□□■■□□■■□□□□□■□□□□□
■□□□□□■■□■■□□□□□■■■■□□□□□□■□□□□□
■■■■■□□■■■□□□□□□□■■□□□□□□□■■■■■□
□■■□□□■■□□□■■■□□□■■□□□□■■□■□
□□■■□■■□□□■■□■■□□□■□□□□■□□■□
□□□■■■□□□■■□□□■■□□■□□□□■□□■□
□□□□■□□□□■■□□□■■□□■□□□□■□□■□
□□□□■□□□□□■■□■■□□□■■□□■■□□□□
□□□□■□□□□□□■■■□□□□□■■■■□□□■□
ヒロの最期の言葉が浮かび上がる。
リナへの愛が語られたそのメールを見る度に・・・リナは涙を止める事ができなかった。
数ヶ月、ヒロの死を受け入れられなかったリナは・・・
ずっと学校を休み続けた。
長期欠席をしていた高校に再び通い出したのは、事件後半年が過ぎた2009年。学校側の配慮で進級していたリナは、高校2年の途中から登校を始める。心の傷は癒えないまま、2011年に高校を卒業。
理数科目で抜群の計算能力を誇るリナは、同年、箱根大学の工学部に1発で合格。
翌2012年4月には、たまたま同じ授業で隣の席に座った1つ年下の慎吾と出会う。慎吾の指摘で【数字依存症】と呼ばれる症状が、サヴァン症候群と知るに至った。
また、慎吾と共に命を賭けて、徳川埋蔵金を発見するという偉業も達成する。
そして・・・
話は・・・2012年の12月に戻る。
(第54話へ続く)
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次回予告
話は2012年。
リナの妹が誘拐された事件に、慎吾も関わる事になる。
そんな中、秋津駅では女性が殺されるという事件が起こった。
リナの妹の誘拐事件と、秋津駅での殺人事件。
一見、何の関わりもないように思えるが・・・。
次回 「 第54話 最初の犠牲者 」
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