第36話 レインボーブリッジ(2008年)
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慎吾のスピリチュアル事件簿 シーズン2
「アマデウスの謎」
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前回までのあらすじ
2012年、女子大生リナの妹が誘拐された。
霊能力を持つ1つ下の後輩・慎吾を連れて実家へと戻るリナ。誘拐犯から1週間以内に1億円を用意しろと要求され、羽鳥邸にいた面々は不安になる。
話は・・・ 4年前の2008年。
リナの新しいピアノ講師、そして彼氏となるヒロ・ハーグリーブス。
リナの父親・魁斗は、覆面をつけた男らに誘拐されてしまう。そしてマスターと呼ばれる男に、自らが開発したソフトのアルゴリズムを要求された。返事に躊躇を見せる魁斗に、マスターはリナを殺すと宣言。
リナは2度にわたるテロリストの襲撃を受けるが、ヒロが守り通した。
イギリスから帰国したリナの母親・瞳は・・・誘拐犯を演じるヒロからの電話を受け、身代金を用意した。
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第36話 レインボーブリッジ(2008年)
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2008年12月10日(水)、午前7時31分。羽鳥邸。
瞳は震える手で受話器を握りしめ・・・
落ち着いて声を出す。
瞳「用意したわ。5000万・・・」
こみ上げる怒りを抑え、受話器の向こうのヒロに声をかけた。
ヒロ「今から3つの指示を出す。順序よく指示通り動くんだ。
1つ。5000万を2つに分け、別々のカバンに入れろ」
瞳「え?」
ヒロは瞳を無視して、次の指示を出す。
ヒロ「2つ。午後9時半までに、レインボーブリッジ中央まで来い。
プロムナード(遊歩道)サウスルートを使って、1人で来るんだ」
瞳「ちょ、ちょっと待って・・・」
電話の向こうのヒロは、早口で説明を続けた。
ヒロ「3つ。そこに携帯電話を置いてあるから、それを受け取るんだ。
来たらすぐわかる。以上だ」
瞳「ま、待って。早すぎてわからないわ。もう一度さ・・・」
瞳の言葉をヒロが遮る。
ヒロ「この会話は録音されているんだろう? 聞き返せばいい。
くれぐれも一人で行動する事だ。家族と再会したければ」
そして電話は切れた。横にいた藤岡は首を横に振り、前回同様逆探知が失敗した事を伝える。
邸内に沈黙の時が流れた。
しばらくして、指揮を執る後藤が口を開く。
後藤「カバンを2つ用意。それぞれに追跡装置を取り付ける。
SAT、および機動隊をレインボーブリッジ周辺に配置。
また、覆面捜査官を展望台の内部で巡回させる」
藤岡「東京湾からの逃走ルートも抑えるべきです。
湾岸警備隊や、JSSへは俺が連絡します」
※JSS
Japan Security Service(警備保障事業)
後藤「相手は、爆破行為も辞さないテロリストだ。
警視庁航空隊にも応援を要請する」
藤岡は驚いた顔を見せた。
藤岡「警視庁ヘリまでですか?」
後藤は険しい表情を見せる。
後藤「あぁ。この事件は、警察の威信もかかっている。
最優先は、誘拐された羽鳥魁斗・リナの安全。次に犯人の確保!
わかったら気を引き締めて動け!」
後藤は両手を大げさにバチンと叩いて、周りの人間に気合いを入れた。その合図で現場にいた連中は、すぐにレインボーブリッジに向けて動き出した。
・・・ ・・・。
午後9時2分。お台場周辺。
芝浦ふ頭、および台場周辺に多くのパトカーが止まっていた。藤岡と後藤は、芝浦ふ頭側に位置し、これからの事を綿密に打ち合わせている。
レインボーブリッジでは多くの車が往来しているため、出来る事なら封鎖をしたかった・・・ しかし、警察のその要請は通らなかった。
藤岡「遊歩道は今の時期、午後6時には閉まっています。
港湾局に事情を説明して、今は通れるようにしました。
10名の覆面捜査官を、展望台内部に配置。
展望台スタッフに紛して、巡回しています」
指揮を執る後藤はインカムを通じて、各場所に配置された数名のリーダーに指示を入れる。
後藤「今から5分後、羽鳥瞳がレインボーブリッジ遊歩道に入る。
台場側もふ頭側も、入り口周辺に警戒の目を光らせろ!
何かあれば、逐一連絡を入れる事。わかったな!」
背後のパトカーの後部座席から、羽鳥瞳が降りてきた。藤岡は2つのリュックを瞳に見せる。
藤岡「どちらも約2.5kgあります。
女性には文字通り重荷になると思い・・・
カバンではなく、肩に担げるリュック2つにしました。
2500万円ずつ入れてあります」
藤岡はリュックを自らの肩にかけ、瞳を誘導した。
藤岡「こちらです」
藤岡と瞳は、芝浦アンカレイジという建物の中に入り、サウスルート用のエレベーターに2人で乗る。エレベーターの中で藤岡は、これからの事を瞳に説明した。
藤岡「どちらのリュックにも、GPSが付けられています。
防水ですから、例え東京湾に落ちても追跡出来ます」
瞳は無言で頷く。
藤岡「レインボーブリッジの両出入り口だけでなく・・・
展望台付近にも、警備の者を配置しています。
東京湾には、湾岸警備隊も巡回していますので」
エレベーターはゆっくりと・・・7階を目指し、上っていった。
藤岡「それと先ほども説明しましたが今一度。
あなたの胸元につけたボタン」
藤岡は、瞳の胸ボタンの1つを指さす。
藤岡「小さなビデオカメラが内蔵されています。
こちらで映像と音声をチェックしています」
瞳は、その胸ボタンを軽く握った。
藤岡「万一あなたが危険な状況になれば、我々がすぐに踏み込みます。
そして右耳につけたイヤホン・・・」
藤岡の指は、瞳の胸ボタンから瞳の右耳へと移動する。
藤岡「それを通して、こちらから指示を出します。
相手は羽鳥邸を爆破した相手。
くれぐれも単独行動は避けて下さい」
説明を聞いた瞳は深く頷いた。
エレベータは7階で静かに止まった。外に出た2人を、12月の東京の風が襲う。左手にはすぐ、レインボーブリッジを通過する車が走っていた。
藤岡は瞳に2つのリュックを渡す。
瞳「・・・ ・・・」
瞳はそれを、左右の肩にかけた。ズシリとお金の重みが伝わってくる。
藤岡「俺はここまでです。
ハーグリーブスの指示では、ここから1人で行けと・・・」
瞳は小さく藤岡に礼をした。
瞳「ここまで、ありがとうございます。
必ず夫と娘を・・・助け出して下さい」
藤岡「全力を尽くします」
それを聞いた瞳は、藤岡に背を向け・・・
左手すぐに車が走る中、2つのリュックを背負ってゆっくり歩いて行った。
本来この時間は、閉鎖されているはずのプロムナード(遊歩道)。その横幅は2m程度だ。すぐ横では大きな音をたて、車が何台も走り去ってゆく。
瞳は冷たい風の中、夫と娘のため前へと進んでいった。瞳の背中を見ながら藤岡は
藤岡「羽鳥瞳がプロムナードを台場に向け、今歩き出しました」
インカムを通じて後藤に連絡する。
後藤「了解。そのまま、そこで待機せよ。
不審な車や人物がいないか、周りを確認してくれ」
藤岡「わかってます」
藤岡は瞳の背中を見つめながら、持ってきたノートパソコンを開いた。
瞳の胸ボタンに内蔵されたカメラ。その音声と映像、さらにはリュックに取り付けられたGPSDATAを、パソコンのディスプレイに表示させる。
(藤岡「この状況の中で・・・ どう動く? ハーグリーブス」)
レインボーブリッジ・・・そのプロムナード(遊歩道)は全長1.7km。約5kgの重荷を背負う瞳なら、40分もあれば渡りきるだろう。
瞳がプロムードを歩き始めて15分が過ぎた頃。
瞳「 ・・・ ? 」
遊歩道の真ん中に、茶色の紙袋が置かれているのを見つけた。
風でとばぬよう、レンガブロックで抑えられている。明らかに不自然に置かれたその紙袋から、突然音が聞こえた。
リリリリリーン・・・ リリリリリーン・・・
ヒロが指示した「携帯を受け取れ」だと確信する。
瞳は紙袋の中を恐る恐る手にし、中を開くと・・・携帯電話があった。
瞳「・・・ ・・・」
それをゆっくり取り出し手に取ると、着信ボタンを押し左耳にあてる。
瞳「もしもし・・・」
電話の向こうから、予想通りハーグリーブスの声が聞こえてきた。
ヒロ「よく来てくれた」
瞳にとって忘れる事など出来ない、憎むべき声だ。
瞳「娘は!? 夫は!?」
ヒロ「落ち着け。携帯を手にしたまま歩き続けろ」
瞳「・・・ ・・・」
携帯を握る手が震える瞳。その震えは、けして寒さのせいではない。こみ上げるいろいろな思いを押さえ、指示された通り再び歩き続けた。
ボタンのカメラを通じ、瞳が携帯を手にした様子を見ていた藤岡。
藤岡「今、羽鳥瞳が携帯を手にしました。
相手の声は聞き取れませんが、何かを指示したようです」
後藤「了解。動きがあればすぐ伝えろ」
藤岡は後藤に連絡した後、イヤホンを通して瞳に指示を出す。
藤岡「携帯の音量を最大にして、右耳にあててください。
音声がこちら側にも聞き取れるように」
瞳は指示された通り、携帯の音量を上げ、さりげなく携帯を右手に持ちかえた。携帯電話を受け取ってから40mほど歩いたところで、電話の向こうから声が聞こえる。
ヒロ「そこで止まれ」
(藤岡「・・・ ・・・」)
ヒロの声をイヤホン越しに確認した藤岡は、違和感を感じた。瞳はヒロに言われた通り、立ち止まる。
ヒロ「そのままリュックを置くんだ。左側にな」
言われた通り、瞳は2つのリュックを左側の足下に置いた。
(藤岡「間違いない!」)
このヒロの指示を聞いた藤岡が、すぐに後藤に連絡する。
藤岡「源さん! 容疑者のハーグリーブスは、近くにいます!」
後藤「なに!?」
藤岡「確かヤツは・・・
羽鳥邸に連絡した時、カバンにお金を入れろと指示しました。
しかし今はリュックと言ってます。
近くで直接見ながら指示を出しているんですよ!」
後藤「そうか・・・」
藤岡「それに今、羽鳥瞳に的確な指示を出しています。
間違いなく、彼女を見ています!」
後藤「わかった!」
後藤はすぐに現場の連中に、ヒロの捜索を指示した。
ヒロ「よし。そのまま真っ直ぐ歩いて、反対側の出口まで行け。
携帯は持っていろ。
折り返しその携帯に連絡し、家族のいる場所を伝える」
瞳「わ、わかったわ・・・。必ず家族を返してよ!!」
ヒロ「約束する!」
力強いセリフの後、携帯は切れた。瞳は携帯を強く握りしめ、リュックを置き去りにして再び歩き出す。
レインボーブリッジ周辺では、多くの警察官や機動隊が容疑者の捜索に全力を注いでいる。
合計5000万円の入った2つのリュック。瞳が置いた位置から、動きを見せる事はない。
リリリリリーン・・・ リリリリリーン・・・
瞳が出口に辿り着く直前、持っていた携帯電話が鳴った。すぐに電話に出る。
瞳「もしもし!?」
電話の向こうから・・・
リナ「ママ! 私!」
長女の声が聞こえてきた。
瞳「どこ!? 今、どこにいるの!?」
リナ「今、パパの会社にいるの。私は大丈夫。
井上さんと安田さんも側にいるし、会社の人も大勢いる」
瞳「お、お父さんも側に?」
リナ「ううん・・・ パパは別の場所にいるみたい。
でも、もうすぐ顔を見せるはず・・・」
瞳「・・・ ・・・」
リナが無事という事を聞いて、安心はしたが・・・まだ夫の安否が確認出来ていない以上、素直に喜べない。
ちょうどその頃、後藤に2つの連絡が入る。緊急用番号で携帯電話が鳴ったので、後藤はすぐに電話に出た。
後藤「後藤だ! どうした!?」
電話の向こうから、驚くべき情報が入る。と、同時にインカムを通じて藤岡からも連絡が入った。
藤岡「源さん! リュックに動きが!!」
藤岡のパソコン・・・そのディスプレイに表示されていた、リュックのGPSから発信される信号。突然その信号が、急な動きを見せていた。
羽鳥瞳が通った道を、逆走するような動きをしている。すなわちリュックは、藤岡の位置に近づいていた。
藤岡「リュックがかなりのスピードで、レインボーブリッジを・・・」
声を出す藤岡の目の前を、黒いバイクで通り過ぎた。その運転手、黒いフルフェイスメットの男が、一瞬藤岡を見たような気がした。
藤岡「!?」
バイク男の左肩に・・・あのリュックがかけられていたのを、藤岡は見逃さない。
藤岡「バ、バイクです!
黒ずくめの男がリュックを左肩にかけ、目の前を通り過ぎました!
ヘルメットで、顔は確認出来ませんが・・・
芝浦ふ頭に向けて走っていきました! すぐ追跡を!」
後藤「何だと!? わかった!」
藤岡は今一度パソコンのディスプレイを見る。
バイク男のリュック信号は、すでにレインボーブリッジを出て芝浦ふ頭を移動しているが・・・
もう1つの信号は、まだレインボーブリッジ内。しかし、この信号もある程度のスピードで移動している。
(藤岡「な、何故!? バイク男以外にも、誰かいるのか!?」)
藤岡から情報を受け取った後藤は、すぐに現場に指示を与えた。
後藤「ふ頭方面にいる者は、バイクの男を追跡せよ!
フルフェイスメットで黒ずくめ。左肩にリュックを担いでいる!」
連絡を受け取った連中は、すぐに動き出す。
後藤「台場側にいる連中の半分は、羽鳥瞳の警護に!
残りは都立病院へ向かえ!」
(藤岡「都立病院?」)
後藤の指示を不思議に思った藤岡は、すぐにその意外な理由を知る。
後藤「つい今しがた連絡が入った。都立病院に・・・
羽鳥魁斗がいる!」
藤岡「何だと!?」
(第37話へ続く)
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次回予告
事態は一気に動き出した。
レインボーブリッジから、突如動きを見せる2つのリュック。
羽鳥コーポレーションにいるリナ、そして都立病院にいる羽鳥魁斗。
マスターと呼ばれる男から、3本のタバコを得た魁斗は・・・そのIQ180の頭脳で、監禁された場所からの脱出を試みた。
次回 「 第37話 命を賭けた脱出 (2008年) 」
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