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9/12

依依恋恋/創作BL

文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第九話です。


僕は遥と交わしたある約束を果たしに施設に住んでいる杏樹の元へとやってくる。自分の認識とは違う杏樹の姿に戸惑いつつ、僕は月で起こった出来事を杏樹に語る。

 目的の人物に会った時、僕は友人の(はるか)から聞いていた情報とは違う印象を受けた。遥から伝えられていたのは、相手が遥と同級生であること、学校を卒業してもそこそこ親しくしていること、相手が柔和な性格であること、ボブカットとたれ目の容姿をしていること、そして遥が相手のことを好きだということだ。


 僕が施設を訪れたのは午後の明るい時間帯のことだった。白を基調とした壁のおかげで建物の中は明るい。木製の引き戸を持つ個室がぎっしりと並んでいる。むっとした集団居住区域特有の香りが僕の嗅覚を刺激する。広間に座っている何人かの人物が僕に目をやり、また穏やかな談笑へと戻っていく。がたがたと遠くで物音は聞こえるものの、僕はその場所に比較的静かだという印象を持った。


 僕は入り口で職員に面会のことを告げた。緊張している僕とは反対に、動きやすそうな紺色の制服を着た彼らは僕に、熱心ですね、と言って出迎えてくれた。どうやら今の〝僕〟と彼らは顔見知りらしい。職員の態度を見て、僕はこの身体の持ち主が何度も施設を訪れていたのだとわかった。


 僕は擬態型生命体の一体で、思い浮かべた物に変化することができる能力を持っている。物は勿論、知っている人間にだって変身する事は造作もないことだ。今日、僕は友人の遥の姿を借りて施設にやって来ていた。


 彼の友人である本物の杏樹(あんじゅ)に会うために。そして、杏樹に遥の言葉を伝えるためにここに訪れているのだ。


 杏樹を待つ間、僕は緊張して背中に定規を差し込まれたように身体を固くしながら入り口のカウンターの前で待っていた。杏樹は今、僕が借りている遥の姿と出会うのは初めてではないだろうけど、僕は本物の杏樹に会うのは初めてだからだ。遥は杏樹について、初対面でも話しやすいと話していたから、僕はそれについては少し期待していた。


 廊下の向こう側から車いすに乗った人物が連れられてくる。ウェーブのかかったショートボブに柔和そうな薄い唇と笑顔。たれ目を長い睫毛が彩り、遥はそれが杏樹の好きなところだと話していた。会ったことはなかったけれど、彼の姿はここ最近しばらく見ていた〝自分の姿〟と同じで、僕はすぐにその人物が杏樹だとわかった。


 杏樹は僕のことをぼんやりと見ているが、僕の目的が彼だとわかるとにこにことしながら手を振ってきた。


「やあ、こんにちは。初めましてでしょうか。今日は何の用事で来たんですか?」


 初めましてだって? と、僕は自分の眉間に皺が寄るのがわかった。初めまして、だって。僕は杏樹の第一声に戸惑いを抱いた。彼の言葉は想定外だったのだ。遥からは杏樹とは親しい関係だと聞いていて、杏樹と遥が初めましての関係である素振りなど遥は全く見せていなかったからだ。


 僕は混乱した。目の前の杏樹は遥から教わった通りの人物であるというのに、その態度はまるで遥に会うのが本当に初めてであるように思える。


 杏樹は戸惑う僕のことを気にする様子もなく、僕に自己紹介を続けた。名前は杏樹。この星に住んでいる四世で今は施設で暮らしている。学生で将来は月の探査チームに入る夢があるのだという。人懐っこく話しやすそうな様子はやはり遥に聞いていた通りで、僕は杏樹に返事ができず、ただ茫然と立ち尽くすことになってしまった。


「施設での勉強も大変ですが、どうにか頑張っています」


 自己紹介を終えて、反対に杏樹は僕のことを聞いてきた。名前は何というのか、どうして杏樹のことを知ったのか、ここには何をしに来たのか。僕のことを興味深そうに聞いてくる杏樹に、僕は上手く返事ができない。遥の姿で何かを話すことを躊躇ってしまったということもあるし、僕自身の話をしても杏樹には全くちんぷんかんぷんだろうと迷ってしまったというのもある。


「ああそうだ。立っているのもなんですから、どうぞ座ってください」


 そう言って杏樹はのんびりと僕を椅子に促す。


「お茶でも飲みながらお話しましょ……」


「今日は僕は君に遥の言葉を伝えに来ました」


 何か言わなければ、と慌てた僕の言葉はのんびりと提案をした杏樹の言葉に重なった。


「はるか?」


 杏樹は不思議そうに聞き返した。


 やはり、この杏樹は遥のことを知らない。


「遥。あなたの友人であり、月探査チームの一員です。僕はその同僚で、遥の最期の言葉をあなたに伝えに来たんです」


 僕は遥のことを知らない杏樹に、遥の最期について話を始めた。


 ***


 遥と仕事をすることになったのは、偶然だったけれど、僕が何でも変化できるとわかると、彼はあるお願い事を僕にしてきたのだった。


「渡航の間中、ある人の姿になって欲しいんだ」


 自在に変身することができる僕たちの種族は、この星の人間と仕事をするときはだいたい人間の姿をとる。その時の容姿はランダムで決定されることになっていた。トラブル防止のために、実在の人物に顔を寄せてはいけないという決まりがある。中には特定の人の姿を取って欲しいと要求する人もいて、遥はその困った人の一人だったのだ。


 しかし、僕は遥の猛烈なお願いにより押されてしまったのだった。


「お願いっ! 誰にも言わないからさ。長い旅を一緒にする俺を助けると思って!」


 遥はまだ形をとっていない僕のぬるっとした一部を手に取り握手をするように言った。躊躇いもなく気持ちが悪いぶよぶよに触ってきた人間を見て、僕はちょっと驚いて、同時に好感を持ってしまった。共生すると言っても、流動体である僕たちの種族を気持ち悪がる人は少なくない。


「友達なの?」


「そう。エレメンタリースクールの時からの仲なんだ。馬が合うっていうか、一緒にいると安心っていうか。だから、君には杏樹の姿をしてほしい。話し相手は知っている人間の方がリラックスできるから」


 誰にも言わないという約束をして、僕は遥の友人であるという杏樹の姿に変身した。杏樹になった僕の姿を見て、遥はわーいと万歳をして喜んだ。


 そうして僕は杏樹の姿を持ちながら遥と一緒に月に渡航することになったのだった。


 困った人だな、と思っていた僕はすぐに遥が勤勉な人間だという事がわかった。どんな些細なことでも日誌に記録を行い、後に続くスタッフたちのためにヒントを残しておく。自分の体調でも機械の不調でも問題があれば僕に共有してくれる。意外と堅物なのかと思いきや、星や探査チームのことについて面白おかしく話してくれて僕の緊張を解いてくれた。その話の中には、遥の友人である杏樹の話もあった。


「こうやって杏樹と話をすることができるなんて夢にも思わなかったな」


 遥が僕と話しながらしみじみと語った。


「卒業してから会っていないんですか?」


「そうだな……。なかなか一緒になる機会がなくて。俺は杏樹と一緒に過ごしたいと思っているんだけど、あっちにも制約が多くてさ。でもたまに顔を見せに行っているよ」


 遥と杏樹は学生の時からの友人で、同じく月探査チームに入ることを目指していた仲間のような存在だったらしい。杏樹はとても優秀な学生で遥は追いつくのに必死だったそうだ。


「何度もテストで助けてもらったし、それ以外にも……。くじけそうになった時はいつも杏樹が勇気づけてくれた」


 本物の杏樹は遥のことをずっと気にかけていたに違いない。それが伝わってくるような思い出話だった。遥と杏樹の話を聞いて、僕は二人のことが好きになった。


 事故が起こったのは月でのことだ。倒壊した塔の下で、遥は僕をかばって資材の下敷きになった。


「僕は……。僕を守るだなんて、なんてことを……」


 呆然とする僕は救助を待つことしかできなかった。その間にも遥の身体は押しつぶされ、命の炎は消えそうになっていく。


 杏樹の姿をしているからさ、と遥が力なく、でも満足そうに笑った。


「中身が誰だって、俺は杏樹を助けてしまうに決まってる。……君が押しつぶされなくてよかった」


 無事でよかった、と遥は僕に笑いかけた。僕はぼろぼろ泣いてヘルメットのゴーグルを曇らせながら遥の手を握ることしかできない。


 遥の苦痛を和らげるために、僕は〝杏樹〟の姿でできることはないだろうか。励まし、別れの言葉、それか、愛の言葉でもいい。


 しかし、それは遥の望むものではないだろう。僕はぐっとこらえる。


 最後にお願いがある、と遥は言った。


「杏樹に会ってきて欲しい。そして、俺が〝君〟のことを好きだったと伝えて欲しいんだ」


 その遥の目には月から遠く離れた故郷にいる杏樹の姿が映っていた。


 濁っていく瞳を見つめながら、僕はそれを引き受けた。


「最後に一緒にいたのが〝君〟でよかった。君といるなら、この宇宙の中でも怖くないから。杏樹によろしくね」


 そう言って遥は宇宙で死んだ。


 遺体をそのままにしておくことはできず、僕は報告をしてから遥を宇宙葬にした。


 遥はきゅっと小さくなり遠くに浮かんで離れて行く。


 僕は遥が見えなくなるまでそれを見ていた。


 ***


 杏樹は僕の話をまじめな顔つきで聞いている。


「それで、遥は僕に最期の言葉を残したんですね」


 ふっと漏らすようにして杏樹が僕に問いかけた。


 今、僕は宇宙にいた時のように杏樹の姿をしていない。今は僕は遥の姿に変化していた。遥が杏樹にどうしても伝えたかったこと。杏樹のことを好きだという言葉は遥の口から伝えたかったことで、今、僕が伝えなければならないことだ。


「そう。杏樹。〝俺〟は君のことが好きだ」


 自分のせいで、遥は杏樹に思いを伝えることができなかった。そう実感すると情けなさで涙があふれた。


「僕は遥を暗い宇宙に一人で置き去りにしてしまった。ただ一人で。最後に君に会うことなく。僕と一緒に、最後に……」


 僕は遥の姿でぼろぼろと泣く。その肩を杏樹がさすった。そして優しい声で語り掛ける。


「大丈夫。あなたに最後に託したのだから。遥が僕を大切に思っていてくれたのと同じように。遥にとってはあなたも〝僕〟だったんですよ。遥はきっとあなたのことも信頼していたはずです」


 ***


 俺は杏樹がいる施設を訪れていた。受付に寄るといつものように職員が出迎えてくれる。もう顔パスですねと冗談を言ったら、規則ですよと笑いながら俺に面会表を差し出してきた。俺は名前を書いて、杏樹の部屋に向かう。


 部屋の中に入ると、杏樹は車いすの上で本を読んでいた。カーテン越しに漏れている午後の日差しに照らされて、杏樹の睫毛が輝いている。彼は俺に気が付いて笑顔で手を振った。


「こんにちは。初めましてでしょうか。あ、立ったままなのもなんですから、どうぞお茶でも飲んでいってください」


 杏樹はいつもと同じように俺に初めましての挨拶をする。恒例行事である。


 俺は若年性認知症を患うこの友人のために定期的に施設にやって来てはこうしてお茶をしているのだ。


 新しい味が配給されたんですよ、と杏樹は嬉しそうに教えてくれた。


「こうしてお客さんが来てくれるのは嬉しいです。どんな用事でもね。今日はどうされたんですか?」


 いつものように杏樹が俺に今日の用件を聞いた。


「なんでも。ただ、君に会いに来たんだよ。会いたくなったからね」


 俺はそう言って、微笑む杏樹から甘い香りがする紅茶のカップを受け取ったのだった。

お読みいただきありがとうございました!

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