月から帰り君に会えたら/創作男女
文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第十話です。
余命わずかの私は身体が動かなくなったらかぐや姫計画の一員となる。かぐや姫計画の一環で脳を取り出されることになった私と友人の直樹の別れと再会の物語。
私はかぐや姫計画のパーツになる。
一か月前、私は主治医の先生に余命一年と告げられた。私はそれを、そうなんだなあ、とぼんやり聞いていた。最初から進行が早い病気だとは聞かされていたし、治療法もない。それでも、ギリギリまで学校には行けるように投薬治療は続けられていたから、私は単純に、まだ学校に行けてるし……、とあまり実感がなかったのかもしれない。
反対に両親の方はやはり子供が自分たちよりも早く死ぬことを嘆いていたのだろう。気持ちはわかる。病気が発覚した時も余命を告げられた時も、崩れそうなほど泣いていたお母さん。お父さんはその身体を支えつつも、目には涙がにじんでいた。その姿を見て、さすがに私も申し訳ないと思い、ちょっと目が潤んだ。
そういった事情があって、両親は私をかぐや姫計画に参加させることにしたのだ。
かぐや姫計画──それは、脳を取りだして機械に繋ぎ、それを連ねて、生体コンピュータとして使用するという研究計画である。成果は月での探査活動に役立てるのだという。いわば、脳の延命で、私は身体を失っても脳の寿命まで生きることができる。今は第二世代の募集がかかっていて、私のように病気で亡くなりそうな人や、事故で寝たきりになった人、宇宙を夢見ている人や地球での生活に飽きた人間を集めている最中なのだった。
私が死ぬことを恐れた両親は、私の脳をその計画に送り出すことに決めた。時折、月に渡航して私に会えるらしい。
それを聞かされた時も私は、ふーん、と思ってあまり実感を持てなかった。少なくとも、自分が一年後に死ぬといった事実の方がまだ現実味があった。脳だけで生きるということの想像がつかない。毎日髪の毛がうねっていないか気にしなくてもいいことになるのだろうか。お箸を使ってご飯を食べるということもなくなるだろうし、ご飯はどうやって食べればいいんだろう。そもそも、脳だけになるとご飯は食べる必要があるのだろうか……などと、私は私が今送っている生活を想像している。脳だけで生きるということをイメージできずにいた。
直樹にかぐや姫計画について話したのは翌日の事だった。
「かぐや姫計画に?」
「そう。死んだら? ……いや、死ぬ前にか。私、脳だけで月に行くみたい」
直樹は二年生になってから隣の席になった男の子で、帰る方向が同じだとわかってから一緒に帰宅している男子だった。たまにどこかにも出かけることがある。私が余命一年だと知っても「ふーん」というくらいの反応をして、多分動揺はしていたと思うのだけど、大げさにしなかったので私は好感を持っていた。
「まあ、子供が長生きするのは親の望みらしいからな。明日香も断る気がないんだろ?」
「そうだなあ。言われてもよくわかんなくて、ご飯の事ばかり考えてた」
「あれじゃん。SFみたいに脳だけ水槽に入れられるんじゃないの。思念で呼びかけてくるやつ」
「そうかもね。じゃあ、ご飯はいらないのか」
「どうしてもご飯が気になるんだな……」
私たちはその話題から、前期のアニメの話になり、来期の続編の話になり、冬になって私がまだ動けるようだったらイルミネーションを一緒に見に行こうという約束をしていた。
先のことはよくわからない。私は自分の余命のことなんか意識せずに、冬に新しい手袋を買いたいな、なんていうことを考えていた。
先生に宣告されたのと大体同じ経過で私の容体は徐々に悪化し、半年後には入院してその一か月後にはベッドの上から全く動けなくなっていた。イルミネーションなんて夢のまた夢である。
頭はしっかり動いているからなかなか身体を動かせないことがもどかしい。本を捲って読んだり、スマホを長い時間掲げて見たりすることもできず、私は暇つぶしに病室のつまらない民放を見るはめになってしまった。
動画の配信サイトを教えてくれたのは直樹だった。
「じゃあ、明日香はずっと寝てばかりなの?」
「起きてはいるけど、ずっと身体を起こしてるのはつらいんだよね。指もあんまり動かせないからメッセージの返信を返すのも大変」
ほとんど毎日、お見舞いに来てくれる直樹に暇であることを伝えると、彼はいくつか映画やドラマを見られるサービスを教えてくれた。流行のアニメもバラエティもあったし、操作がタップするだけだから身体への負担も少なかった。直樹がお父さんに声をかけてくれて、私は動画配信サービスを楽しむことができた。
直樹は他にも音読サイトや旅行や猫の配信なんかも教えてくれた。私は自分の好みの作品を無数のチャンネルの中から探すことができる。
そのうえ、直樹はどこからか寝ながら画面を見られる道具まで買ってきてくれて、急に私の暇つぶしは充実し始めたのだった。
「ありがとう。何もすることがないから困ってたんだ」
「別に。何か面白いやつあったら教えて」
ぶっきらぼうに返事をする直樹だったが、私は直樹のことを優しいなと思っていた。
それから数か月後を過ぎると、私は配信のスタートボタンもタップすることができなくなっていた。身体は寝たきりで全く動かない。お母さんがベッドサイドで何をするでもなく、でも何もしていないのが落ち着かなくて動いているのが横目でわかる。私はそれを見るために自分で首を動かすこともできずにいる。ベッドをギャッジアップしても外の様子はわからない。看護師さんが朝教えてくれる日付と、直樹の話で今は春先であるとわかった。
それから、徐々に目を開けられなくなってきた。先生からもう一度説明があって、そろそろ意識はあるけれど完全に身体を動かせなくなるだろう、と言われた。両親のすすり泣きが聞こえる。私は頷けないまま、瞼を半分くらい開いて先生を見た。目の動きで、わかりました、が伝わればいいなと思った。
私が動けなくなってしばらくしてから、かぐや姫計画へ移行するらしい。私は一度眠らされて脳を取り出し、保存液につけられた後、月まで送られるのだ。月に行くまでに水槽から飛び出したらどうしようと、映画の一場面を思い出した。その時はその時で私は死ぬのだろう。
直樹は相変わらず病室にやって来ていた。喋ることもできず目も開かない、反応のない私にどうして会いに来るのかはわからなかった。私は直樹の話を聞くだけだ。直樹は私に今日の出来事や季節の話とかをしてくれる。
ある時、直樹がごほんと大きく咳払いした。発声練習をするように喉をうんうん鳴らしてから、私の傍に来るのが靴音で分かった。椅子をガタガタさせて私の傍に座る。
『いまは昔、竹取の翁といふもの有りけり』
直樹が話し始めた。それは、直樹が話す言葉ではなく物語だった。この一節は聞いたことがある。古典の授業でやった竹取物語の始まりである。直樹はそれを私に読み聞かせし始めたのだ。
詰まり詰まりになりながら直樹の言葉が続く。試行錯誤するその音読で、私は学校の古典の授業を思い出していた。歴史的仮名遣いは私も直樹も授業の中でちんぷんかんぷんで、補講を受けたのは去年の春のことだった。
どれくらいか時間が経って、ぱたんと音がした。本を閉じる音だ。
「今日はこれで終わり。明日また来る。……今度は現代ものにする」
直樹が私の傍で言ったのがわかった。
その日以来、直樹は私に本を読むようになった。どういったチョイスかはわからないが、物語の時もあれば何かの参考書の時もある。直樹の音読はどんどんうまくなった。病院で私の娯楽を気にかける人なんていなかったから、直樹の声だけが私の暇つぶしである。直樹を待つのが私の日課となった。
ある日を境に数日間、直樹は来なくなった。私のベッドサイドには朝と夜に先生が来てくれて、時間になれば看護師さんがやって来る足音がある。面会時間にはお母さんが病室にいた。ちょっとずつ話しかけてはくれるものの、でも、それ以外の時間は何もなかった。
直樹がいない病院の個室は静かだ。私は直樹の足音が聞こえないか耳を澄ましたけれど徒労に終わった。ガラガラと何かを動かす音と向こう側で話し声が聞こえる気がしただけだった。
しばらく日にちが経って、珍しくがやがやとたくさんの人が話しながら病室に入ってくるのがわかった。お父さんとお母さん、それから直樹の声がした。
私は何も言えないし、何も合図ができない。
直樹が私に話しかける。
「ごめん、しばらくこれなかった」
お母さんが直樹に「聞こえてないかも」と言って、直樹の「そうかー」という声がした。
それからちょっとして、私に話しかけながら、直樹は私の手のひらに何かを書き始めた。
「急にばあちゃんが入院して、葬式に行ってた。今日帰ってきた」
私は直樹の近況を知ることができて嬉しかった。
私はどうにかして直樹にそれを伝えようとしたけど、頷くこともできない。
「お前、明日かぐや姫になるらしい」
じゃあ、私は直樹と会うのはこれが最後に違いない。
直樹にありがとうと言いたかったが、やはりどこも動かなかった。
「またな」
直樹が手のひらに書いた。またなんてないのに、いつもまた今度と言って帰っていく直樹らしいなと私は思った。
その夜から私は鎮静剤で眠りにつき、次に気が付いた時には月の探査室でいろいろな脳と繋がりながら、かぐや姫のパーツの一つになっていた。
様々な人の記憶と思考が流れ込んでくる。私はその人たちと混ざり合いながら、かぐや姫になった。
***
かぐや姫に画像センサーと音声集積マイクが付けられて数年が経つ。単語情報の入力から情報整理をするだけだったかぐや姫は、視覚と聴覚を持ち、以前よりも格段に探査活動の補助ができるようになっていた。膨大な脳は死んでは補充され、さまざまな経験を蓄積したかぐや姫は今や月の探査だけではなく、遠隔で地球での作業もするようになっている。検索システムKaguyaは全世界で最も使われている検索サイトの一つだ。かぐや姫は人類にとってなくてはならないものになっていた。
その日、かぐや姫の元にやってきた人間はかぐや姫にとって聞き覚えのある声をしていた。
「久しぶりだな」
そう言った男はかぐや姫を知っているようだった。
「覚えてるか? 平沢だよ。平沢直樹」
高校の時に隣の席だった、と男が付け足す。
『こんにちは直樹。あなたのことは見覚えがあります。記憶を検索するのでお待ちください』
いくつもの脳の中で平沢直樹という名前が走る。声に聞き覚えがあるというならば、脳たちのどこかにあるはずだ。そのうちの一つが直樹という単語に反応した。
『平沢直樹。桜木高校の二年生。高槻明日香の隣の席に座っている男子学生で、彼女が入院中に動画配信サービスについて教えてくれたり、本を読み聞かせしてくれたりしました。彼女との最後に指でまたなと書いたことがあります』
かぐや姫は明日香の記憶を要約して、目の前にいる男に告げた。
「そうだよ。覚えていてくれて嬉しい」
直樹がそう言った。笑顔のようだが、宇宙服越しでその表情はしっかりと見えない。
「明日香にまたなって言ったからな。この仕事に着くまでに二十年もかかった」
『平沢直樹。成績はやや下で、高槻明日香に宿題を教えられていました。高槻明日香の記憶の限りでは、平沢直樹は物理のテストで三回補講を受けています』
「なんだ。そんなことも覚えてるのか」
直樹が恥ずかしそうに、今度は笑った声がした。
「想像していた明日香とは違ったけど、また会えてよかった。俺はまた渡航する予定があるから、その時に寄るよ。今、月探査チームで働いているんだ」
『わかりました。私たちの脳のメモリーに記憶しておきます』
***
直樹が私に会いに来た。かぐや姫の中で直樹が検索され、いろんな人の脳にも私と直樹のことが流れてしまい、私はちょっと恥ずかしかった。かぐや姫は一個のシステムだから私と直樹は直接話すことはできない。喋ることはできなかったけれど、直樹が私に会いに来てくれたのは嬉しかった。
──でも、また言いそびれちゃったな。
私の脳の寿命はそろそろ終わりだ。この二十年目まぐるしく働いてきた第二世代の私たちの脳たちには負荷がかかりすぎていて、徐々にシステムから離脱していく脳が現れている。私の脳もきっと時間の問題だろう。人間で言うと三十歳後半。早いと言えば早いが、二度目の人生のような物だし、いつまでもこんな状態だと困るから、私はまた、ふーん、と思っていた。でも、死ぬ間際に直樹が来てくれたのでちょっと惜しくなった。
それでも、かぐや姫は総意として直樹のことをメモリーに残しておいてくれると言った。私がかぐや姫から離脱しても、きっと直樹に会った時にかぐや姫は再会を喜んでくれるに違いない。
浮遊しながら去っていく直樹の白い背中を見ながら、私は直樹に、ありがとう、と思念を送った。
もしも死んだ後にどこかで逢うことができたならば、私は直樹に好きだと伝える。
お読みいただきありがとうございました!
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