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玄鳥至─つばめきたる─/家族の絆

文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第十一話です。


夫を失ってから一人で育ててきた息子が月に行く。子を失いたくない父と夢に向かう息子の物語。

 俊介(しゅんすけ)が崖から落ちた。その一報を聞いて俺は頭の中が真っ白になった。地面がぐらついているのか、俺がめまいをもよおしながら立っているのかわからなかった。頭蓋骨がぐらぐらと揺さぶられ、額から脳がはみ出してしまいそうだ。腹の中心を何か拳のようなもので押されているような気がしてひどく気持ちが悪い。


 俺たちの子供が生まれたって言うのに、俊介は前人未到の地を踏むんだ、とただの崖を登りに行った。そのまま落ちて海の藻屑となったのだ。これから俺は探検家になって有名になるからな! と意気揚々と旅立った矢先だった。


 俺たちの子供の(さとる)の泣き声だけが家の中に響いている。俺は赤子を抱いてあやすこともできず床に崩れ落ちていた。部屋の中が急速に色褪せていく。


 家の軒下からツバメが飛び去った秋のことだった。


 俊介と俺は大学で出会った同級生だ。いつでも図書館に入り浸っているような俺と陽キャでフィールドワークが好きな俊介は全く正反対だった。


 ただ二人とも夜空のことが好きだった。


 目立つ俊介が俺のことを認識したのは奇跡だった。俺は俊介のことを知ってはいたけど、俊介が俺のことを知っていたかは知らない。まるで接点のない二人で、たまたま、欲しい本が被っただけだ。大学の本屋で同時に同じ本を取ろうとしてしまったなんて映画みたいな話だが、俺と俊介の出会いはそれがきっかけだった。


 本の在庫がないと書店カウンターで告げられ、俊介は俺に本の共同所有を持ち掛けてきたのだ。


『今どきネットで買えばいいですよ。俺が頼むからあなたが買ってください』


 俺はそう言ったが、俊介は譲らなかった。


『少女漫画みたいで面白いからさ。今度、一緒に読んでよ。オレはこの本の中身全然わかんないだろうから。あんたが教えてくれ』


 その出来事がきっかけで俊介とは時々会うことになった。


 俊介は自然の中で夜空を見上げるのが好きだと語った。だから、宇宙のことについて知りたいのだそうだ。いつか月へ行くために。


『星空を見上げて月明かりに照らされると俺は生きている感じがする』


 俊介は俺についてきて科学館とか文化会館にも来たし、俺は俊介について行ってちょっとしたキャンプに行ったり、海辺のコテージに泊まったりした。二年ほどそんな生活が続き、俺たちは婚約した。


 天井が高く面積が広い部屋のある家を選んで二人で住んだ。そこにプラネタリウムを置いてベッドに寝そべり語り合うのが俺たちの日課になった。


 子供が欲しいというのは自然な流れで、俺たちは自分の遺伝子を採取して人工授精をして子供を作った。俺たちの専攻分野とは畑が違うのでわからないが、昔では考えられなかったことらしい。医学の進歩は偉大だと二人で他愛もなく話したことを覚えている。


 二人の子供の名前は悟に決めた。


 悟が生まれて家に来てからひと月経って、俊介は改まった態度で海外の取材を受けることを俺に告げた。行先は絶壁を有する孤島だ。フリーランスで世界の秘境を巡り、ライターをしている俊介にとってはその特集はチャンスだった。海外メディアで取り上げられたならば箔が付くだろう。俺は探検家の一人になりたい。そう言って、俊介は俺に頭を下げた。


『俺だけが見られる景色を見てみたいんだ』


 反対する理由はなく、俺は俊介が海を渡ることを了承した。俊介がどこか知らない場所に飛んでいくのは日常茶飯事のことだったが、思えば行く先々は決して安全な場所ではなかったのに。俺はそれを実感していなかっただけなのだ。


 俊介は帰らなかった。


 俺の手には莫大な保険金と俊介が死んだときのためにメディアが用意していた補償金が残った。電子通帳に印字された金額を見ても俺はその数字を認識できなかった。これを返すから俊介を返してくれと呟くと、姉は泣いた。


 俊介の死に呆然として覚めやらないまま、今度は悟の養育に明け暮れる日々となる。飯の時もおむつの時も、悟は元気よく泣いた。眠る暇もないくらいずっと泣き通しだった。あまりにも泣くから病院にも連れて行った。とにかくあやせと突っぱねられ、俺は楽しくも嬉しくもないのにひたすら笑顔を作ることになった。ひと時も離れていられない悟のため、俺は子育て以外のことをせずに家に引きこもっていた。


 俊介が遺した遺産のおかげで金銭には困らなかったが、そんなことはどうでもよかった。俊介を失ってショックから抜けきらず、しかし、悟には笑顔を見せて接しなければならない。気持ちと行動の乖離に俺はノイローゼになり、夜ごと吐いて泣きながら布団に入った。その眠りも悟の泣き声で妨げられ、休む時間はなかった。俺と連絡がつかなくなった姉が家に来るまでそんな生活が続いた。保健所とシッターの介入があり、俺は悟の子育てを離脱した。


 ひと月の療養期間を終えた後、俺は大学の勤務に復帰し研究に没頭することにした。俊介の死と悟の養育から逃げるようにして大学に籠る生活が続く。悟を見ると俊介が死んだ直後のことを思い出しそうで怖かった。夜に大学から帰り、眠っている悟の顔を眺めることだけが俺と悟の関わりだった。このころになると悟はぱったりと泣かなくなっていた。


 軒先にはツバメが古巣を利用して子育てをしている。こちらはまだぴーぴーと鳴いており、餌をせっせと運ぶツバメの親は忙しなく巣と外を行き来していた。


 悟の方はと言うと、だんだんと俊介に似てきた。ふとした時の表情やしぐさをみて俺は俊介のことを思い出す。特に俺を呼ぶときの顔がそっくりだった。パパ! と俺を呼んだ際にあまりにも似ていて、俺はこっそり台所で泣いた。


 俊介も自分に似ている悟を抱きたかっただろう。俊介ならもっと子供と上手く接することができたかもしれない。


 俊介のことを思い出し、息子の成長を俊介と一緒に共有できないことに俺は胸を痛めた。それは、俺がさらに悟を遠ざける要因にもなっていた。


 その悟が俊介と同じ探検家を目指していることを知ったのは彼が中学生になってからだ。悟が山に登ると言うまで、俺は悟がどんなものに興味を示しているのか知らなかったのだ。


「山?」


 リュックに荷物を詰めながら悟が俺に山のコテージで過ごすという事を説明した。


「いいだろ? 前に遠足で行ったところなんだ。父さんも知ってる場所だよ。泊るところがあって、一日だけ行きます」


 悟がさも決まったことのように山へと登る準備をしていて、俺は口ごもった。遠足で山に登っただって? 俺は初耳のことにも驚いて上手く言葉を紡ぐことができない。真剣に俺に向かって話す悟を止めることもできず、俺はどもりながら悟にある提案をしていた。一人では行かせられないと思ったのだ。


「お、俺もいく。一緒に行こう」


 悟は大丈夫か? と訝しげな表情をしたが同行を許可してくれた。俺は仕舞い込んでいた俊介の装備を押し入れから持ち出して悟について行き、一緒に山に登った。その日の天候は登山日和の快晴だった。自然の空気を吸うのは久しぶりだった。


 山道で息切れしている俺を背に、悟はどんどん山頂へと向かう。悟は時折俺を振り向いては、大丈夫かよといった視線を向けた。俺は、悟の後ろは俺が守るという使命感を持って、悟に手を上げて合図をした。


『お前がひっくり返らないように、俺が後ろにいるから大丈夫だ!』


 俺は俊介と山に登った時に、俊介が言った言葉を思い出していた。


 山頂で悟と共に見る景色は綺麗だった。青い空が広がっている。緑の木々が揺れる。秋になれば紅葉が赤く綺麗かもしれない。また見に来るのもいいだろう、そう思った自分に驚く。


 考えてみれば、悟とこうしてどこかに出かけたことはなかった。山の絶景は初めて悟と共有する思い出になった。


「装備どうしたの?」


 悟は俺に聞いた。


「お前の父さんのを持ち出してきたんだよ」


 悟は俊介の話を聞きたがった。俺とは滅多に話さない悟が、自分と同じく山が好きだという俊介に興味を持って俺は面食らった。


 ぽつぽつと俺は俊介について話した。自分の子供に自分の恋愛の話をするのは少し恥ずかしかったが、俺は久しぶりに俊介の話ができて嬉しかった。


 悟は俊介の装備を見ていいやつだと感嘆した。俺はその装備を悟に譲った。山に登るという悟を思うと複雑だったが、俺は俊介の装備が悟を守ってくれるように願ったのだ。


 さらに年月が過ぎ、悟の興味はフィールドワークに移っていた。山だけではなく、海に潜り、森で木を掻き分ける。インドアな俺はついていけない。俊介について行った時の体力もなくなっていた。俺は悟の部活動の顧問にくれぐれもと頼み、過保護すぎだよ、と悟は呆れた目で俺を見た。


 悟は大学生になると地質の研究をし始め、海外にも頻繁に行くようになった。渡航の申請をするには親の承諾が必要だ。俺は反対した。悟とは何度喧嘩になったか数えきれないほどだ。


 息子がだんだん手の届かないところに行ってしまう。このままだと俊介のように、俺の知らないところで命を落とすんじゃないか、という不安が付きまとっている。それでも、俺は悟を止めることはできなかった。


 月へ行く話が出たのは悟が地質調査の会社を起業して数年が経ってからだった。


 俺は首を縦に振らなかった。月なんて、未踏の地なんて大したものではない。命の方が大事だ。もてはやされたいだけならやめろ。悟の目を見ずに俺は俯く。


 もう親に渡航の承諾をしなくてもいいのに、と俺は思った。どうせ俺が許しても許さなくても悟は月に行くだろう。悟は律儀に俺を前にして、自分の夢を語った。どうして悟は俺に月の話なんかするんだ? と俺は悟に恨み言を言った。


「目の前に俺ができる仕事がある。俺だけの景色をみられる夢が叶いそうなんだ。それを父さんにも見ていて欲しい」


 夢を目の前にして俊介と同じことを悟は言った。俺が許したせいで俊介は帰ってこなかった。


 あの時、俺が俊介の話に反対したら今頃俊介は生きていただろうか。


 答えははノーだと俺は思う。きっと、俺の反対を押し切っても俊介は夢に向かって行っただろう。


『本物の探検家になって帰ってくるからな! 見てろよ!』


 白い歯を見せて笑った俊介のことを思い出す。いつの間にか涙が零れ、悟は俺の嗚咽を聞いて驚いていた。


 あの時の俊介と同じように、悟は俺に月に行くという話をした。この話は承諾でもないのだ。決意表明と、俺に対する誠実さだ。悟はどこまでも俊介に似ていた。


「俺はもう家族を失うのは嫌なんだ」


 俺は悟に自分の感情を語る。俊介が死んだときすべてが真っ白になった。もうそんな思いをしたくない。


 声を押し殺して涙を流す俺を見て悟も泣いていた。しかし、鼻をすすりながらまっすぐに俺を見て言った。


「俺は死なないよ。月まで行って、また親父のところに戻ってくる。夢を叶える約束だ」


 ひと月後、悟は白い歯を見せた笑顔で月へと飛んで行った。


 ***


 テレビの映像で中継が映った。悟がインタビューを受けている。


『俺にチャンスをくれた父さん、そして俺を無事に月に導いてくれた父さん、二人の父に感謝しています』


 軒先にツバメが巣をつくっていた。そろそろ、ぴーちく鳴き声をあげ始める頃だろう。


 春になれば、月から悟が戻ってくる。

お読みいただきありがとうございました!

いつも閲覧、評価ありがとうございます!

とても嬉しいです~☺

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