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ムーンハロー・グッバイ/創作男女

文学フリマ東京42にて販売する月×クソデカ感情×SFオムニバス短編集「月からかえり君に会えたら」の第七話です。


ある幼いころの夜に火事で父を亡くした真部さつきは十一年後、火事の夜に出会った少女・梓美馬と再会する。『二度目はなしよ』という印象的な言葉と美馬を繋ぐ火事の真相とは……。

 あの日、住んでいた家が燃え盛り、父が死に、僕が一人になった夜。あの夜も、月暈が出ていた。


『二度目はなしよ』


 地面に仰向けに寝ころんだ僕の頭を膝に乗せて、少女が言った。長くてきれいな黒髪が火事で真っ赤になった空に溶けている。覗き込んでくる琥珀色の瞳には涙でぐちゃぐちゃになった僕の顔が映っていた。


「に、度目……?」


 女の子の言っていることを理解できないまま、視界がぼやけて、そのまま、僕は意識を失った。


 ***


 編入クラスの説明会で、僕は梓美馬(あずさみま)と〝再会〟した。


 彼女が振り向いた瞬間、僕はその女の子が、僕が経験した火事の夜の少女だとすぐにわかったのだ。真っ黒な黒髪に澄んだ黄みがかったこげ茶の目。彼女がこちらに顔を向けた時、彼女の瞳にはあの夜と同じように僕の顔が映りこんでいた。


 友達が僕に話しかけるのも聞かずに、僕は黒髪の彼女へと駆け寄り、僕よりもうんと低い背に合うようにかがむ。


「探したよ」

「探した?」


 少女の顔が不審げに歪む。彼女が僕の言うことを理解できないのは当然だ。僕はあの火事から十一歳も年を取っていたのだから。黒髪の彼女の方と言えば全く変わらず可愛らしいのに、僕ったらひょろひょろと背だけが伸びてしまっている。


「えーっと、僕は真部。真部(まなべ)さつきです。あのー、昔、うちに泊まったことないかな?」


 僕はその女の子に昔、会ったことがあるということを説明するが、彼女は変わらず怪訝な表情を浮かべたままだ。


「あなたに会ったことはないわ。家に泊まったことも。人違いよ」


 そう言うと、彼女は別の講義棟にすたすた歩いて行ってしまった。


「ナンパ?」


 残念だったなと肩をすくめて、友人が僕に尋ねる。


「いや、昔会ったことがあるんだ。もう十一年前の話だけど。ぜんぜん。変わらないな、彼女」

「俺らと同じゼミの子だよ。まあ、お前もう警戒されるだろうけどな」

「そうなのか! 名前は?」

「梓美馬だった気がする」

「梓、美馬……」


 名前に聞き覚えはなかった。僕は十一年前の火事以降、彼女の名前をすっかり忘れていたのである。顔も声も鮮明に覚えているのに。


 今まで、美馬の存在は僕にとって幻のような物だった。あいまいな事件の夜の記憶、少女と炎の非現実的な思い出。僕の記憶の中にひっそりと仕舞われていた出来事だ。


 まさかこうして本当に再会できるなんて、思ってもみなかったのだった。


 ***


「真部君」

「何だい?」


 友達の言う通り、美馬は僕が編入したクラスのゼミで一緒の学生だった。第一印象(第二印象?)最悪の再会かと思われた僕と美馬だが、彼女は特に僕のことを意識していないようだ。彼女は僕と会ったことのないかのように、大学で初めて会った人間であるという体で僕に接した。


 美馬と僕は宇宙に関する文学を研究している。扱う題材はそれぞれ違うものの、ほとんど同じ科目を履修していた。大学生にとって、講義内容の情報共有は必須。美馬のことを好きな僕はこれ幸いと美馬にアプローチし、講義の課題を一緒にする程度には距離を縮めていた。


 本当は美馬に火事の夜のことを詳しく聞きたい。しかし、その話に関しては美馬にブロックされている。あなたとは会ったことがない、その一点張りだった。


 今夜は二人でゼミの課題をやっている最中だ。二十四時間開いている図書館は閉館時間を気にしなくても良いのが利点だった。もし遅くなったら、美馬を家まで送ってあげる口実にもなる。そんな邪なことを考えつつ、僕は空模様を気にしていた。


 空には月暈が出ている。今夜は雨が降るに違いない。それまでに課題を切り上げて図書館を出た方が良いだろう。


「月暈はムーンハローとも言って、上空の氷の結晶で光が屈折してできるんだよ。きれいだけど、これから天気が悪くなるかも」

「知ってる。雨が降る前に帰りましょうってことよね」

「そうそう。よく知ってるね」

「月にまつわる言葉は好きなの」


 美馬の研究題材は天体にまつわる言葉集めだ。空模様や天の声を宝箱に収めるように、彼女は本の中の宇宙についての単語を収集しているのだった。こうして夜空の話ができるのも美馬が相手だからこそだと思う。僕の好きな話をしても美馬は引いたり流したりしない。


「月はいいよね。一番身近な天体だし、ロマンチックだし……。僕は月にも地球外生命体がいることを信じているんだ」

「だから、パラサイトみたいな映画が好きなのね」

「えっ、なんでそれを知ってるの?」


 美馬とはいろいろな話をするけど、今まで映画の話はしたことがないから、僕は彼女が僕に関する情報を持っていると知って驚いた。僕が美馬を気にしているのと同じに、美馬が僕に興味を示してくれるのは嬉しくなる。僕は調子に乗って美馬の方に身を乗り出した。


「それに、あなたのテーマは宇宙人の文学でしょ」

「あはは、そうだね。ねえ、地球外生命体って信じるかい?」

「あなたの空想の中の世界?」

「いや。これは僕の父の話なんだ」


 課題を切り上げようと片づけをしつつ、僕は映画の話をきっかけに美馬に身の上話を始める。美馬と過去の話をするチャンスだと思った。


 僕の父親は地球外生命体に関する調査を行うチームの一人だった。もう死んでしまったから彼の仕事の内容は詳しくはわからないけれど、宇宙人が存在する浪漫を語っていたのはよく覚えている。家の中には宇宙に関する文献がたくさんあって、僕は子供向けのいくつかの本を読み漁っていたことを語った。それがきっかけで、僕はこうして宇宙人文学について大学で学んでいるのだ。


「あなたのお父さんも空想家なのね」


 僕に返事をしつつ、美馬が脚立を持って本棚に近寄った。高い所にある本を戻すつもりらしい。


「待って、僕が戻すよ」


 僕は美馬から脚立を奪ってのぼる。本を戻すなんて大したことではないけれど、いい所を見せたいのが本音だ。


「どこに戻すの?」

「右の赤い背表紙のとなり」

「どれだろ」


 本を戻すべき場所を探すため背をそらした時に脚立がぐらりと動いた。横着な僕は身を乗り出して無理やり本を戻そうとする。浮遊感があり、バランスが崩壊したのがわかった。脚立が後ろに倒れ、僕は図書館の床に投げ出される。


 あっと思った瞬間に、短い間天井が映り、ごきんと大きな音が耳元で聞こえた。天井が歪み、僕は意識を手放した。


 ***


 目が覚めた時、僕は図書館の床の上に寝ころんでいた。


「起きた?」


 覗き込んでいるのは美馬の琥珀色の瞳だ。僕は美馬の膝を枕にしながら床に倒れこんでいたのである。美馬の呆れた視線を受けて恥ずかしい。


「僕ったらドジだからひっくり返っちゃったみたい……」

「見てたわよ」


 僕が脚立から落ちてぶっ倒れているのにも関わらず、美馬は表情を変えずに冷静だ。


「今度こそ。三度目はなしよ」


 美馬はそう言って僕を立たせる。


『二度目はなしよ』

『三度目はなしよ』


 美馬はあの火事の夜の少女と同じことを口にした。


 炎の中で揺れる黒髪の彼女と姿が重なる。


「……やっぱり、あの時の女の子は美馬、君なんだよね?」


 鞄を持ってさっさと図書館から帰ろうとする美馬を僕は引き留めた。こんなに台詞までが偶然に重なるなんてことはあるとは思えない。僕と美馬はやはり過去に一度出会っていて、何らかの力で再び巡り合わされたのだ。


「何のことだかわからない。私は、絶対にあなたに会ったことがない」


 美馬の言葉を僕は信じられないでいた。


 絶対に僕は彼女に会ったことがある。今日と同じく、月暈の夜に。


 僕の記憶は曖昧だ。周りのみんなはそれが火事の時のショックだと言っている。


 このぼんやりとしているのに、はっきりとした記憶を美馬に証明するにはどうすればいいんだろう。そう思いながら、僕は美馬を追って、図書館を後にした。


 ***


 美馬と図書館から帰る道すがら、僕たちは道路に何かが蹲っているのを発見した。塊の傍には白衣の男たちが三人集まっていて、はたから見ると這いつくばった何かの回りを医者が取り巻いているように見えた。


 そのうつ伏せの何かの背中からは何本も赤く長い脚が生えていて、ぐねぐねと蠢いている。映画で見たことがあるグロテスクな造形は美しい月暈の夜にはふさわしくないものだ。


 しかし、それは生えていたわけではないことがすぐにわかった。脚が生えているのではない。脚の生えた何かが人間の皮のようなものから出ようとしているのだった。


 僕の喉はひゅっと空気を吸った。叫んではいけない。そう思って両手で口を押える。情けないことに脚は耐えてはくれず、身体はくずれおちた。腰が抜けたのだ。隣に美馬がいることも忘れて、僕は尻餅をつきながら後ろずさる。


 人間から這い出している赤い何かがこちらを向いた。その周囲にいた人間たちも一緒だ。白衣たちが何かを話し合い、頷いた後、怪物が痙攣しながらこちらへ向かって歩き始めた。人間の皮のような何かを引きずりながら節足動物の足がゆらゆらとこちらへ歩んでくる。


 赤い脚にくっついている萎びた人間の皮は白目を剝いているのにも関わらず、その眼窩の奥には何か真っ黒に渦巻く瞳があった。その中には立ち尽くした美馬が映りこんでいる……! 


「美馬!」


 僕は這いずりながら美馬を引きずり倒していた。小さな身体をかばうようにして覆いかぶさる。白衣の男たちと怪物の目的は美馬だ。美馬が危ない。役に立つかわからないけれど、咄嗟に僕は身体を動かしていた。美馬の盾になるために無我夢中だった。


 美馬を守ろうとする僕の上に何かびっちゃりと濡れたものが覆い被さり、ぬちゃぬちゃと音を立てて動いた。生臭い匂いが僕を覆う。赤く硬い脚が僕の身体を引っかき、下にいる美馬を探って動く。


「危ない、美馬、逃げろっ! いっ──」


 僕の腹から背中にかけて突き上げられるような衝撃が走った。腹部に鋭い痛みを感じ、身体の中心が熱い。


「み、美馬……?」


 僕は何かに突き刺されていた。


『三度目はないって言ったでしょ』


 頭の中で、美馬の声が聞こえた。


 ***


 生まれてすぐに、私は地球の調査をするため母星から放たれ宇宙を漂っていた。月の補給地点で仲間から援助を受け地球に降り立つ。住処は過去に同胞が隠れていた拠点を使うことにした。幼体の私が人間に擬態をすることは難しかったが、ある少女を攫って中身を吸いだし、その中に入り込むことができた。幼体の私を調査に向かわせなくてはならないほど、私たちの種族は希少になっていた。


 住処の隣に住んでいたのは男の子とその父親だった。私は地球の情報を得るために同じ年かさと思われる少年に接触した。少年との交流の中で、彼の父は地球外生命体の研究者であり、私たちの同胞を捕らえている人間の一人だということが分かった。地球以外に住む生命体は地球人にとっては珍しいらしく、地球調査のために来ていた同胞は捕まえられたのだ。


 少年と親しくなり、私は彼らに家に招かれる間柄になっていた。少年を通してその父親から情報を得て、私は地球に待機している別の成体の同胞に教える。それが捕らえられている同胞を救うために与えられた私の役目だった。


『あれは月暈って言うんだ。月の周りに冷たい氷があって光っているんだ。見たらいいことが起こるんだよ』


 私の正体も知らずに、男の子は楽しそうに私に月の話をしてくれた。月は知っている。そこには私たちがいろいろと資材を置いているから。母星から地球に、反対に地球から母星に行き来するときの補充スポットとしても機能している。地球から一番近い衛星である月は、絶好の経由地でもあるのだ。


 月に関する言葉は縁起が良い物ばかりだ、という少年の言葉を聞きながら、私はただの科学現象をありがたがる人間に愉快さを感じていた。良いことがあるといいね。私の幸福を祈ってくれた子供の言葉は私を嫌な気持ちにさせなかった。


『あなたの良いことは何?』


 私は彼に聞いた。


『お父さんの研究が上手くいくといいな。君はどう?』

『そうね……。雨がすぐに上がったら嬉しい』


 私は自分の良いことなんてわからなかった。だけど、少年と眺める月は悪くなかった。私はその時、雨が上がって月を一緒に見られたらいいな、と思ったのだ。


 少年が私に言った〝良いこと〟は、私たち種族にとっては都合の悪いことだった。私は彼の父親の研究対象である私たちの種族を守り、囚われている同胞を奪還する必要がある。少年の望みは私たちの目的とは相反するものだ。


 少年は私が地球の外からやってきた存在だと知ったらどんな反応をするだろう。喜んで父に教えるかもしれない。それはきっと本当に嬉しいから父に話すんだろうな、と私は思った。少年は無邪気で、父親が好きだった。私にはない家族の絆がそこにはある。それを思うと、私は自分の存在意義がよくわからなくなってくる。ただ、私は少年が笑顔で父親の話をするのは好ましく思った。


 その夜の夕飯のことだ。私は親子と一緒に夕食をとることになっていた。そこで、私の不完全な擬態が崩れたのはなぜだったのだろう。


「君はどうも私たちを調べているみたいだね」


 視界がぐらりとうねる。私の意思に反して宿主の少女の背中が割れ、そこから私の赤い脚がいくつもはみ出してしまっていた。もとに戻そうにも身体が言うことを聞かない。隣に座っていた少年が悲鳴を上げて椅子から落ちた。


 父親はじっと私を見ている。私の本当の目と彼の目が合う。この男は私の正体に気が付いていたのだ。夕飯に何か混入したに違いなかった。


 小さな女の子の擬態が解けた私を父親が拘束する。脚をまとめて縛られ、椅子へと繋がれそうになるのを私は必死に振りほどこうとした。


 捕らえられた同胞と同じく、私のことを研究所に連れていくに決まっていた。同胞一人を助け出すために多くの仲間が奔走しているのだ。私まで捕まるわけにはいかない。私は幼体で、捉えられた同胞のように助け出されるかもわからなかった。地球人に捕まれば一生檻に閉じ込められたままになるだろう。恐怖が私を支配し、身体全体を痙攣させながら私は脚の間にある発声器官から声を出した。


『放して!』


 私の声か、宿主の声かわからない金切り声が室内に響く。私は脚を振り回してクリスマスツリーをなぎ倒し、机の上にあったケーキをひっくり返して抵抗した。脚からは威嚇器官が飛び出し、先端がどす黒く変色している。


『お父さん止めて!』


 少年も叫んだ。父親の手に縋り付き、私を自由にしようとしている。三つの身体が絡み合い、リビングを転げまわる。家の中には絶叫だけがあった。


 同胞が駆け付けるまで待てない──! 叫びが私の頭を支配した。拘束が緩んだ隙をついて私は父親を脚の一つで突いていた。私の赤い長い脚が男の心臓を貫く。真っ赤な血がそこら中に飛び散り、私と男の子に降り注いだ。吹きだした血は水音となってびちゃびちゃと響き、それを境に家の中は静まり返っていた。


 証拠隠滅のため、私はその家を燃やすことにした。父親を肉片に割り、その横には嘔吐して失神した子供を寝かせて。血まみれになったどす黒い部屋に中に私は火を放つ。


 煙を吸って少年は死んだはずだ。


 少女の皮を被り直し、親子の家から住処に戻る途中、私はどうしても殺した子供のことを忘れられないでいた。良いことがあるといいね、そう私に祈った少年に良いことは起こらなかった。


 燃え盛る家に私は戻り、半分焼け焦げた子供の死骸を運び出した。組織再生液を体内に送り込めば幼体の私でも小さな子供くらいは生き返らせられるはずだ。


 子供は私の膝の上で目を覚ました。


『二度目はなしよ。さようなら』


 私は少年に別れを告げた、はずだった。


 ***


 ──あと少し早ければ、お前も命を落とさずに済んだというものを。


 道に倒れた私の身体を見下ろしながら同胞が言う。


 ──どうする? この男に見られたぞ。


 同胞が言っているのは、私の上に覆いかぶさって浅い呼吸を繰り返している真部さつきのことだろう。


 私たちは地球外生命体調査チームから狙われている。先程までそのチームに飼われているかつての同胞と対峙していたのだった。裏切り者は私を襲おうとし、真部さつきは私をかばい、一瞬の隙をついて私は真部さつきごと相手の身体を突き殺したのだ。


 後に残ったのは化け物の死体と、哀れにも地球外生命体たちの争いに巻き込まれた真部さつきの死体だった。


 ──真部さつきは記憶を消して。離れたところに置いておきましょう。大学がいいわね。その図書館に運んで。


 ──お前はどうする?


 私に向かって同胞が聞いた。私は真部さつきの身体の下で崩れかかっていた。


 ──組織再生液は私たちの身体を維持する生命の源。地球に来て、お前は何度その力を使った? 命を蘇らせるために使う莫大なエネルギーと死体への再生力は完全体でも二度も使えるものではないんだぞ。


 自ら突き殺した真部さつきを、私は再び蘇らせていたのだ。


 身体再生は私の身体に莫大な負荷をかけていた。そのうち一回は幼体の時に力を使っている。私は同胞たちと比べて身体が脆く、個体としては小さい。少女の擬態のままでいたのも、この身体以外に擬態するための宿主を見つけられなかったことが理由だ。


 三度も真部さつきを蘇らせた私は身体を保持する能力を失い自壊していた。先程、脚を出した腹の裂け目からは内臓が崩れてはみ出している。晒された脚は透明になってゼリー状に変化していた。この小さな身体ではそう長く持つまい。


 三度目はない。そう言ったはずだったのに。


 ──このまま。このまま地球で朽ちます。


 私は同胞に言った。私は死ぬほかがない。自分の命は蘇らせることはできない。同胞に助けてともすがらない。思い出せもしない母星から離れたこの星で、私は一人終わりを迎えるのである。


 薄れゆく意識の中であの日のことを思い出す。月暈がきれいな夜だった。ぼんやりと光る月の輪を教えてくれたのは真部さつきという少年だ。地球に下ろされてわけもわからずに諜報活動をしていた私に月の言葉を教えてくれた、たった一人の友達である。


 今日も月暈のきれいな夜だ。きっとこの後に降る雨は私の痕跡を洗い流して、隠してくれるだろう。


 あの火事の夜の時と違って、今度こそ真部さつきは私のことを忘れるはずだ。


 ***


「うわ、寝てた……」


 僕は図書館の机に突っ伏していた。時刻は二十二時。いくら二十四時間出入り可能な図書館だとしても、こんな時間までいるのはちょっとなあ。そう独り言ちて僕は帰り支度をする。


 外は雨が降っていたようだ。月暈は消え、空には満月が輝いていた。

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