花言葉
冬を越して、弓使いのアロウとみなしごのシンは、パートナーとして冒険者生活を送っていた。
これはそんな二人が、春も近い山麓で資源を採取する依頼をこなした帰り道のおはなし。
春の雨が草花を潤し、足元にはみずたまり。でも陽はちょっと暖かくて眠気を誘う。
そんな昼下がりの光景。
ひらひらと、薄桃色の花びらが舞っている。
「きれいだね」
澄んだ声が降ってきて、アロウは見上げた。
……きれいだった。
風に舞う銀の髪も、ほっそりした顎の線も、長いまつ毛が影を落とす白い頬も。
見慣れた姿かたちが、今はどこか大人びて見えた。
そういえば、年齢的にはもう大人なのだった。
長く栄養不良だった体は小さく、教育を受けていない振る舞いは子供のよう。
だけど、それが解消されればあっという間に育っていくのだろう。
誰もが見とれるような、美しい人に。
どしゃっ、と音がしてシンは振り向いた。
アロウが斜面の下に転がっている。
「なにやってんの!?」
山歩きの専門家であるアロウは、普段は昔話の妖精族か何かかというくらい起伏のある土地もすたすたと歩いている。転ぶところなんてそれまで一度も見たことがなかったのに。
カラカラと音を立てて矢筒が転がっていくのをシンは走って追いかけ、足で止める。
「もー。なにしてんのさ……」
呆れて見上げると、アロウ本人は呆然として座り込んだままだった。
「あ、ああ。いや……なんだろな?」
目をぱちぱちと瞬かせてシンをまじまじと見る。幻でも見たかのようだ。
その妙に真剣な視線がくすぐったくて、思わずシンはしなをつくってからかいの言葉を口にする。
「なーに?ボクに見とれちゃった?」
「うん……そうかも」
いつもすぐに言い返してくるのに、ぽろっとこぼれた言葉には何の毒気もなくて、シンの方が慌ててしまう。
「どうしちゃったの?大丈夫!?」
「あ、いや……花がきれいで……」
言葉を濁しながら、アロウはふと視線を落とす。
転倒したはずみに、木の枝を折ってしまったようだ。
桃色の花がついた枝が足元に落ちている。
「……遠い国ではこの季節に、桃の花を飾って子供の無病息災を祈るらしい」
「む?また子ども扱い?」
話を逸らされたようで、シンが不満げに眉を寄せる。
「年の話じゃないさ。子供ってのは、いくつになっても親にとっては子供だとか。年にかかわらず祝うんだよ。うちの子の未来が明るいようにってな」
そう言って、花の枝をシンに差し出す。
「折ってしまったし、捨てるにはもったいないから部屋に飾ろう。魔除けになる……かもな」
シンは差し出された枝に顔を近づけ、すんすんと嗅いでいる。枝からは甘い匂いが漂っていて、シンはぼそりと呟く。
「……どうせなら食べられるといいのに」
結局食欲だった。
食べればその分育つのだろうが……
アロウは天を仰いで答える。
「……夏になれば実がなるかもな」
「本当!?ここまた来よう!!ね!絶対!」
ぱっと顔を輝かせてシンは立ち上がる。
土手の上の桃の木を見つめて「場所は覚えた!」と胸を張る。
「ちゃんと実を付けろよー!」
静かに花を降らしている桃の木に向かって叫ぶと、元気よく走り出す。
「早く帰ろっ!おなかすいちゃった!!」
「はいはい」
アロウは膝についた土を払って立ち上がる。
桃の花のように、美しく成長した姿を見るまでにはまだ時間がありそうだ。
それまでに何回か、この木をまた一緒に見上げることになるのかもしれない。
苦笑いして桃の木を一度振り返り、アロウも斜面を下っていった。
桃の花言葉:「あなたに心を奪われた」




