パトリック・ブルックスの祈り
定期検診の時、ノアが診断書から顔を上げ、パトリックとノエルに尋ねた。
「そういえば、名前はどうするんだ?」
パトリックとノエルは、顔を見合わせた。
「男の子の名前は考えていたんですけど、実際は女の子だったんで……」
「お義父様も子供たちもみんな、“自分が考えた名前がいい”って譲らないんです……」
パトリックは、大きくため息をついた。
ノエルは、苦笑いしながら「どうしましょうか」と頬杖をついた。
「いつまでも赤ん坊を名無しにするなよ。」
ノアはバインダーに挟んだカルテの名前欄を、とんとん叩いた。
「そういえば、ノアの名前の由来ってなんですか?」
パトリックはふと、気になったことを尋ねた。
ノアはパトリックをちらりと見て、また視線をカルテに戻した。
「知らん。孤児院の頃からすでに“ノア”と呼ばれていたからな。」
それで困ったこともなかったしな。とノアは続けた。
「そういうトリシアの由来はなんなんだ。」
話を振り返されて、思わずきょとんとしてしまったパトリック。
……たしかに、名前の由来なんて調べたことはなかったかもしれない。
次、お父様に会った時にでも聞いてみることにしよう。
「聞いたことがなかったので、今度聞いておきますね。あとは、ノエルの由来ですね。」
「私も聞いたことがないので、はっきりとはわからないんですが……」
口に手を当て、困ったように笑うノエル。
「おそらく、“冬生まれ”だからではないかと思います。」
――産まれた季節になぞらえてつける。
なるほど、それも一つの手だな。
パトリックはノエルに「ありがとうございます。参考になりました。」と頬にキスを送った。
「頼むから、俺が帰ってからやってくれ……」
―――
「次までに、“名前を決めとけ”って怒られちゃいましたね。」
ノアを見送る二人。
ノエルは小さく笑っていた。
「ちゃんと決めないとですよね……」
――名前が本当に名無しになってしまう。
本当は、二人で話し合ってつけたい名前を決めてあった。
――さて、どうやって四人を説得するか。
パトリックは、ぽりぽりと頭をかいた。
―――
我が子が眠る部屋へと戻った二人。
「レベッカ〜おじい様でちゅよ〜!」
部屋から聞こえてきたのは、公爵のとてつもなく甘い声だった。
パトリックが幼少期の頃でも、こんな声は聞いたことがなかった。
「おじいちゃま!レベッカじゃなくて“エラ”よ!」
「ヴィタこそ違うよ!アリッサ!アレックスお兄様だよ!」
「めーら!めーら!!」
揺り籠を囲い、赤子を呼び続ける公爵と子供たち。
名前を呼んで、どれに反応するかを競っているらしい。
「好き勝手に呼ばないでください。自分の名前が認識できなくなるじゃないですか。」
パトリックの声に、四人がびくりと肩を跳ねさせた。
油がさされていないブリキのように、かくかくとパトリックへ振り返る公爵と子供たち。
「いや、違うんだよ。パディ?……これは、その……そう!パディの名前は、愛しのヴァネッサがつけてしまったから……!」
「……私の名前は、お母様がつけたのですか。」
なんてタイムリーな話題なのだろうか。
パトリックはそのまま、自身の由来を聞こうと公爵を促した。
「ああ、そうだとも。産後に起き上がることもままならなかったが……」
公爵は、悲しそうに当時のことを思い出していた。
「パディに母乳をあげる時に“パティ”と呼んでいてね。ヴァネッサに聞いたら“パトリシア”だから“パティよ”ってね。」
目尻の涙を拭いて、公爵はパトリックをそっと抱きしめた。
「本当に、無事で良かった。」
パトリックは、照れくさそうに公爵を抱き締め返した。
ノエルも、思わず涙ぐんでしまった。
子供たちだけが、首を傾げていた。
―――
「皆さんにも、名付けの由来というものがある……はずです。」
パトリックは子供たちを並べて、由来の説明をする。
ふと、さっきのノアの由来を思い出し、慌てて曖昧な言い方をした。
「ヴィタの由来は『人生』や『命』という意味が込められていると思います。」
ヴィタの目がきらきらと輝き出した。
「おそらく、素晴らしい人生を歩めるようにと願ったんでしょうね。」
ノエルがヴィタの頭をゆっくりと撫でた。
「アレクシスは『守るもの』という意味だったはずです。」
パトリックの言葉を聞いて、俯き出すアレクシス。
本来は“剣で”誰かを守る者という由来だろうと想像してしまった。
「守る時に使うものは、剣とは限りません。」
ちらりとパトリックを見るアレクシス。
慰めの言葉なんかいらないと、顔にはっきりと書いてあったが、パトリックは首を横に振った。
「誰が言いました。“ペンは剣よりも強し”貴方はちゃんと強くなっていますよ。」
アレクシスはぎゅっとズボンを掴み、「は“い“っ!」と返事をした。
「最後のオルジュなんですが……」
わくわくした顔で、パトリックの顔を見るオルジュ。
パトリックは「うっ」と小さく呻いた。
「どう調べても、『麦』なんですよね……まあ、“食べることに困らないように”とかそんな願いではないかと。」
パトリックは、オルジュを抱き上げた。
オルジュは「ごはん、たくしゃん、うれしぃねぇ!」と楽しそうだった。
―――
「皆さんにも名前の由来があることを、わかってもらえたはずです。」
パトリックは、子供たちに声をかけてノエルと頷きあった。
子供たちは不思議そうな顔をして、公爵だけは察してくれた。
「……この子にも、願いを込めてつけたい名前があるのです。」
「どんな名前だい?聞かせておくれ。」
少し言い淀んだパトリックに助け舟を出したのは、公爵だった。
「……“アメリア”です。」
「どうか、たくさんの人に“愛されますように”」
――あの時の私と違って。
パトリックは、斬首された時のことを思い出し、そっとうなじを触った。
もう恐怖も思い出せないでいた。
ノエルがそっとパトリックに寄り添う。
「どうか、アメリアに祝福を。」
パトリックの言葉を合図にして、再び揺り籠を囲う公爵と子供たち。
「無事に産まれてきてくれて、ありがとうアメリア。」
「これからよろしくね、アメリア!」
「勉強でわかんないところがあったら、僕に聞くんだぞ!」
「あめりあ!」
アメリアの閉じていたまぶたが、薄く開いていく。
まだ認識はできてないであろう人影に、アメリアは声を上げて笑いだした。
青空は、どこまでも澄んでいた。
一応、メインの章はこれで終わりです!
お付き合いいただきありがとうございました!
明日は大きくなったヴィタ、アレクシス、オルジュの視点でパトリックとノエルを書きたいなと思ってます。
まだまだよろしくお願いいたします!
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