パトリック・ブルックスの結婚‐三
にこにこと笑顔を崩さない“影”
「おめでたい席ですから、祝福されることに集中してくださいよ!」
“影”は、ぱちんとウィンクを一つして「辛気臭い話は、終わった後でいいじゃないですか!」と短剣を回収していた。
釈然としないが、“影”の言うことに一理あると思い、パトリックはノエルに向き直った。
「怪我はないですか?……無茶しないでくださいよ。」
「ふふっ、平気です!パディ様だって昔、無茶してたんですから、これくらい無茶のうちにも入りませんよ。」
パトリックは、ノエルの腕や背中に怪我などないか確認する。
ノエルは、くすくすと笑いながら、「大丈夫ですよ」と力こぶを作っていた。
「お話の最中、申し訳ございません。」
会場の従業員が、パトリックたちに話しかけた。
「式は、いかがなさいますか……?」
怪我人が出ていないとはいえ、場内には、まだ緊張の空気が残っていた。
従業員が申し訳なさそうに「……」と言い淀んでいた。
パトリックとノエルは顔を合わせ、頷き合う。
ノエルは、強い意志を瞳に宿し、従業員を見た。
「……これも神が与えし、試練なのでしょう。」
ノエルの肩にそっと手を置き、パトリックはノエルに続く。
「ならば、私たちの“試練を乗り越える姿”を、神に見せなければなりません。」
従業員は、二人の言葉を聞き、自身の胸を強く叩いた。
「わかりました。私どもも、誠心誠意込めて、そのお手伝いをさせていただきます!」
かき集められた人員で、会場をセッティングし直していく。
―――
「……二人の行く末は、決して楽なものではないでしょう。しかし、互いに手を取り合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか。」
神父の言葉に、ちらりとパトリックを見た後、もう一度前を向く。
「はい、誓います。」
パトリックとノエルを見据え、少し微笑んだ神父。
「――それでは、誓いの口付けを。」
互いに向き合い、パトリックはノエルのウェディングベールを上げた。
――初めてでもないくせに、やたら緊張してしまう。
普段は、ノエルからしてくれることが多いからだろうか。
ぎこちなさを残しつつ、パトリックは、ノエルへと口付けた。
「皆様、盛大な拍手をお二人に!」
会場から溢れんばかりの、拍手が起こった。
パトリックは、照れくさそうにノエルから離れた。
それを見て、はにかんだ笑顔を浮かべるノエル。
「パディ様、お顔が真っ赤ですね。」
「……いつもと状況が違いますから。」
笑い合うパトリックとノエル。
鳴り止まない拍手の音。
この場にいる全員が、笑顔に満ち溢れていた。
――清々しい青空に、祝福の鐘が鳴り響いていた。
―――
披露宴も終え、集まりたい者たちで二次会の最中である。
目が据わったパトリックが、“影”に問い詰める。
「そろそろ、貴方があの“短剣”持っていたことを教えてもらってもいいと思うんですけど?」
「……別に隠してたわけじゃないですよ?」
パトリックの視線の先で、アーリヤの隣に立つ“影”は、片手にカップを持ち、変わらない表情で酒を煽っていた。
「パトリック様が、学園に在学中にイライジャが保健室にいたって報告してくれたじゃないですか。」
“影”は、カップに酒を注ぐ。
ふわりとぶどうの香りが漂っていた。
話を要約すると、
パトリックから報告を受けた後、保健室にいるイライジャから『取り引き』を持ちかけられた。
国に散らばっている、魔王の分霊箱を探すのを手伝え。
「――で、手伝ってくれたら、この国に“黒き瘴気”が発生することを抑えるようにするって言われたんですよ!」
「抑えられてないじゃないか。」
カップを片手に、ノアがふらふらと近づいてきた。
「“抑える”だけで、“発生させなくする”ではないですからねぇ。」
“影”は苦笑いをしながら、「こぼしますよ」とノアのカップを取り上げた。
「それで、もしも“黒き瘴気”が発生したら、この短剣に吸わせろ。とイライジャに言われてたので、念の為持ってきてましたー!」
にぱっと笑う“影”
酒瓶を抱えながら、へらへらとカイルも近づいてきた。
「さぁさ、お仕事っぽい話はやめにしましょ?せっかくお二人ともドレスなんですから、踊ってくださいよー!」
『楽しく踊って――美しの操り人形』
“影”が歌うように詠唱した。
パトリックとノエルが、淡い黄緑の光に包まれた。
二人の身体が、勝手に会場の真ん中に歩き出した。
パトリックは呆れたように笑い、ノエルに手を差し出した。
「一曲、お願いしても?」
突然、身体が動き出したことに慌てていたノエルだったが、パトリックの顔と、差し出された手を交互に見た。
「うふふっ、喜んで!」
楽しそうに笑い、くるくると踊り出すパトリックとノエル。
「オレたちも踊るか!」
「やめろ、吐く。俺が!」
カイルがノアの手を引っ張り、連れ出そうとした。
ノアは、口元に手を押さえ『拒否』の意思表示をした。
「つまらん!……アーリヤぁ!」
「あはは!……いいね、うん、踊ろうか!」
作法も何もなく、ただ手を握りぐるぐると回るだけのアーリヤとカイル。
他の者たちも、四人につられて踊り出す。
「……パディ様、」
潤んだノエルの瞳が、パトリックを真っ直ぐ見つめていた。
「私を選んでくださり、ありがとうございます!」
ブルックス家に来た当初では、考えられないような満面の笑み。
ノエルの言葉を聞き、目頭の奥が、つんっと熱くなる。
――ああ、なんて幸せなんだろう。
ノエルを見て、ふわりと柔らかく微笑むパトリック。
「こちらこそ、」
突然、ノエルの輪郭がぼやける。
――頬に伝う涙の熱さで、自分が泣いていることを知るパトリック。
「こら!僕のパティを泣かせるな!」
アーリヤが、いつもより優しい声でノエルに食ってかかる。
「“私のパディ様”ですよ、アーリヤ王子?」
にやりと、意地悪い笑みで言い返すノエル。
「あはははは!」
二人のやり取りを見て、思わず笑うパトリック。
夢の中でもなかった感動。
人生で初めて『嬉し涙』を知った日だった。
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