パトリック・ブルックスの結婚‐二
パトリックは、ノエルの言葉を聞いて、入ってきた女を凝視した。
義妹を最後に見たのは、「エリスが婚約者になってもいいですよぉ?」と宣った時以来だろうか?
落としていた視線を、もう一度エリスに向ける。
随分、変わり果てた姿になってしまったようだ。
……その原因は、私だけど。
会場の従業員が、参列者を避難させようとしていた。
しかし、あいにく出入口はエリスが塞いでしまっている。
参列者は、部屋の奥に集まるしかなかった。
「(とりあえず……手に持っている酒瓶をどうにかしなければ)」
エリスの手には、半分割れた酒瓶が握られていた。
無理に止めようとすれば、誰かが傷つく。
だから会場の従業員も、強く止められなかったのだろう。
こういう時に限って、武器になりそうなものが見当たらない。
「(説得……私が言っても、逆効果ですよね)」
エリスをここまで追い込んだのは、私だ。
パトリックに諭されて、引き下がるなら、騒ぎなんて起こさないだろう。
パトリックが色々考えている間にも、エリスは酒瓶を振り回し、「ずるいっ!」と周りの人間を威嚇していた。
「エリスたちが何したって言うのよっ!?」
「なんで、お姉様ばっかり幸せそうなの!?」
「うちにお金をくれなかった、公爵家が悪いのよっ!」
「責任取って、エリスにも公爵家以上の貴族を紹介してよっ!!」
――公爵家以上の貴族、すなわち王族である。
なんて無茶な話だろうか。
「(頭の作りが、前と変わってない……)」
パトリックは、なんとも言えない脱力感に襲われた。
どう切り抜けようかと、パトリックが頭を抱えていると、すっと前に出る影を視界の端に捉えた。
ノエルがエリスに近づいていた。
一歩、また一歩。
パトリックは、ノエルを止めようと手を伸ばす。
しかし、振り向いたノエルは黙って頷くだけだった。
その顔に、一切の不安は見られなかった。
パトリックは、彼女を信じ、そのまま手を下ろした。
「エリス……今日は、私の結婚式に来てくれてありがとう。」
「……なに?お姉様もエリスを笑うの?」
パトリックは、エリスの虚ろな目に、違和感と既視感を覚える。
「(どこかで、この目を見た……いや、向けられたことがある)」
どこで見たかを思い出せそうだが、喉元で引っかかっていた。
その間も、エリスはノエルに向かって声を荒らげ続けていた。
「なんで、地味で暗くて取り柄もないお姉様が、幸せそうなの!?」
「みんな、エリスの方がかわいいって言ってたのに!」
「エリスたちに使われるぐらいしか役に立てないお姉様がなんでっ!!」
エリスの言い草が、聞くに耐えないものばかりになっていく。
あまりにもムカついて、パトリックは既視感を思い出すことをやめた。
ノエルがまだ家族に対して、言い返せないかもしれないと思い、パトリックは口を開こうとした。
――次の瞬間。
「……言いたいことは、それだけ?」
ノエルから放たれた声は、今まで聞いたこともないくらいに冷たかった。
感情の温度が、すとんと落ちた声だった。
エリスは目をまん丸に見開き、ノエルを見ていた。
パトリックも思わず、背筋を伸ばした。
「散々、私から奪えるものは、全て奪っておいて、自分が奪われたら『ずるい』ですって?」
ノエルは、手で口元を隠した。
エリスは、ぐっと酒瓶を持つ手に力を込め、ノエルを睨みつける。
「笑わせないで。」
パトリックと張り合えるような、悪い笑みだった。
ノエルを見たエリス。
目の前が赤色に染まっていった。
エリスは髪を振り乱し、ノエルに酒瓶で殴りつけようとした。
「……お姉様が、お姉様さえいなければっ!みんな幸せだったのにっ!!」
パトリックと、近くにいたカイルが走り出す。
どう足掻いても――間に合わない。
諦めかけたその時。
聞こえたのは、静かなノエルの声だった。
『主よ。どうかこの者に、偽りの慈悲をお与えください。』
白い光がエリスを包んだ。
眩しさに目が慣れた頃、状況を確認する。
――半透明な球体の中に、エリスが閉じ込められていた。
「ノエル……これは……?」
さすがのパトリックも唖然としながら、ノエルに尋ねた。
「はい!前々からノア様のお師匠様に魔法を教えていただいてました。その成果です!」
エリスに見せた“笑顔”は、影を潜め、輝くような笑顔をパトリックに向けるノエル。
……ノエルの顔を見て、パトリックは少し安堵した。
その後、エリスの方への目を向けた。
エリスは、何かを喚きながら球体を殴りつけていた。
しかし、割れる気配は全くなかった。
パトリックは、まじまじとエリスを見て、ふと気付いたことがあった。
「身なりが“あれ”な割に、豪華な指輪をつけてますね。」
球体をどんどんと殴る、エリスの指にはめられた――
きらりと輝く華美な指輪。
パトリックは何故か、かつての聖女を思い出した。
「昔、球技大会で暴れた聖女と似ている……?」
パトリックがそう言った途端、球体の中に黒いモヤが溢れ出した。
「ッ!?“黒き瘴気”だ!二人とも離れろっ!!」
ノアが叫んだ。
それと同時に、パトリックとノエルの間に“何か”が通り過ぎた。
球体に刺さっていたのは、いつかの“華美な短剣”だった。
刺さった短剣が、みるみると“黒き瘴気”を取り込んでいった。
球体の中で、ばたんと倒れるエリス。
投げたであろう人物を見る。
そこにいたのは、ペイジの顔をした“影”だった。
「いやー、イライジャから『念の為』って持たされてて良かったですよ。」
“黒き瘴気”が全部、短剣に取り込まれたことを確認して、ノエルは魔法を解いた。
まだ気絶しているエリスを縛り上げ、今のうちに警備隊へと引き渡した。
「さて、ペイジ……先生、聞かせてもらいますよ。」
ペイジの顔をした“影”はにこにこと笑うだけだった。
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