パトリック・ブルックスの選択
結婚式から一週間が経とうとしていた。
パトリックとノエルは、公爵の公務室へと呼び出された。
公務室の机には、卒業式の写真と並び、結婚式と披露宴の写真が飾られていた。
「二人を呼び出したのは、他でもない。」
公爵は机に肘をつき、顎の前で手を組んだ。
「跡継ぎの件だ。」
公爵の低い声に、思わず二人揃って生唾を飲み込む。
「式が終わり、早々で悪いが……」
公爵の鋭い目線が、二人を射抜く。
パトリックとノエルは、顔を見合わせ、同時に頷いた。
「お父様、その件に関して、こちらからもお話があります。」
そう言うや否や、パトリックは二回、手を鳴らした。
すると、公務室の扉が開き、従者たちが続々と紙束を運び込んだ。
「これは、一体……?」
「推薦状です。」
「推薦状!?何の!?」
「“ぜひ、我が子を養子にしてくれ”と、私たちの元に毎日、書状が届いてるんです。」
戸惑う公爵に、しれっと返事をするパトリック。
それから「しばらくは、二人で過ごしましょうと決めてあるのに……」と困った顔をしているノエル。
「新興貴族の息子に……男爵の娘……?」
公爵は、書状を適当に手に取り、文面を流し読む。
どれもこれも、媚びを売るようなものばかりだった。
「……この中から、決めるつもりかい?」
公爵は、書状をざっと目に通し、疲れきった顔でパトリックたちに尋ねた。
「いえ……一応、私の部下たちを総動員させ、家庭環境や“特殊な刷り込み”をしてないか、調べさせてはおります。」
パトリックは、生気のない顔で、喉の奥で乾いた笑いを漏らした。
「日に日に増えていく書状に、部下たちも追いつけず……なので、お父様の“手足たち”もお貸しいただけたら、と思いまして。」
――たしかに、この量を捌くとなると、人員はいくらでも欲しいだろう。
「……わかった。手空きの者、火急の仕事を入れてない者を向かわせよう。」
「ありがとうございます。」
公爵とパトリックは、やつれ果てた顔でお互いに頷いた。
―――
半年後。
養子に迎える子を、そろそろ絞ろうかとパトリックとノエルが相談し合っていた。
そんな時、ノック音が聞こえてきた。
「失礼します。パトリック様、ノエル様、アーリヤ王子がお見えです。」
「……相も変わらず、事前告知というものをしない人ね……」
パトリックは、諦めたようにため息を吐き、ノエルに「入れてもいいか」と尋ねた。
ノエルも苦笑いしながら、「はい。」と返事をした。
「やあ!突然、すまないね。」
「すまないと思ってるなら、事前に連絡してくださいよ。」
「僕とパティの仲だろ?」
爽やかに挨拶をするアーリヤに、不機嫌を隠さないパトリック。
――この歳になっても、押し掛けるのをやめないのか。
パトリックは、頭を押さえた。
「それで、用件というのは?」
眉間に皺を寄せたまま、パトリックはお茶に口をつけた。
「ああ、ちょっと待ってね。」
そう言うと、アーリヤは扉の外で誰かに呼びかけた。
もじもじとしながら、部屋に入ってきたのは、四、五歳くらいの女の子だった。
アーリヤと同じく銀色の髪に、澄んだ青空のような瞳を持つ少女。
アーリヤの足に、ひしっとしがみついていた。
「この子なんだけど、預かってもらえないかな?」
「アーリヤ王子……その歳で隠し子を……?」
「とんでもない誤解をするのは、やめてくれるかい、ノエル夫人?」
迫真の顔で、ノエルがアーリヤに尋ねた。
アーリヤは、間髪置かずにノエルの言葉を否定した。
「名前は、ヴィタ。遠縁の子なんだけど、この子の親がちょっとね……」
アーリヤの歯切れの悪い言葉に、違和感を覚える。
彼の遠縁となれば、王族の遠縁ということだ。
――親の身に、何か起きたのだろうか?
「お身体を悪くされた、とかですか?」
パトリックの言葉を聞き、ノエルも心配そうにヴィタを見た。
「いや……そういうわけじゃないんだ。」
アーリヤは、ちらりとノエルを見た。
お茶を一口飲み、アーリヤは視線を上げた。
「その家に弟が産まれてね、両親は“一人息子だ”と言って、弟しか可愛がってないんだ。」
王族ならば、男児は何よりも優先される。
遠縁であっても王族。
伝統的なしきたりを守る家なのだろう。
――しかし、元々いた子を蔑ろにしていい理由ではない。
ヴィタはさらに力を込めて、アーリヤの足を掴んだ。
――なるほど。
ノエルと境遇が似ていたから、王子は言い淀んでいたのか。
パトリックは納得して、ノエルの方を見る。
ノエルは優しくヴィタに微笑みかけた。
「家族は好き?」
ノエルの声色は、今にも泣き出しそうだった。
ヴィタはノエルの言葉を聞いて、こくんと大きく頷いた。
「……でも、」
ヴィタが口を開いた。
アーリヤの足から離れ、ぎゅっと自身の服を握りしめる。
「いまは……こわい。」
聴き逃してしまいそうなほど、小さな声だった。
ノエルはヴィタに近づき、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「もう、自分が思っていることを言えるのね、偉いわ。」
ノエルは、ヴィタの両手をそっと包み込む。
「怖いなら、少しだけ逃げちゃわない?」
ヴィタがぱちくりと目を瞬かせ、ノエルを見た。
「少しだけ逃げて……怖いなって気持ちを消すの。」
「きえる?」
ヴィタの言葉に、ノエルはゆっくりと頷く。
「私は、消えたわ。」
ノエルは、嬉しそうに目を細めパトリックを見た。
パトリックも笑い返した。
そわそわしているヴィタを見て、パトリックはヴィタに話しかけた。
「うちに住んでみませんか?」
「……いいの?」
「ええ。ちょうど、四、五歳くらいの娘がほしいと思ってたんです。」
パトリックの素直じゃない口ぶりに、ノエルもアーリヤも口元を押さえて、「ふふっ」と笑いだした。
―――
アーリヤが帰るというので、パトリックは玄関まで見送りに来ていた。
ノエルは、ヴィタに部屋を案内していた。
「急に無理なお願いをして、すまなかった。」
「そう思うなら、うちの従者に配れる数の菓子折を持ってきてくださいよ。」
アーリヤのしおらしい言葉に、ふんっと鼻を鳴らすパトリック。
「ふふっ、今度来る時は、馬車いっぱいに持ってくるとしよう。」
「とりあえず、早馬を飛ばしてください。」
アーリヤは、にこやかに笑うだけだった。
――この日、ブルックス公爵家に新しい家族が増えた。
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