パトリック・ブルックスの選択‐二
ヴィタが来てから一か月が過ぎた。
公爵は、ヴィタに優しい声色で「おじい様だよ〜」と、でれでれしながら甘やかそうとしていた。
「パトリック様とノエル様の子ならば、私がばぁばです。」
メイド長も真面目な顔をしながら、積極的にヴィタの世話をしていた。
「おじい様も、おばあ様も取られてしまいました……私はどこの立場になれば……」
執事長は、真剣な顔でヴィタにどう呼ばれたいか悩んでいた。
ヴィタはまだ、ぎこちないながらも楽しそうに生活をしていた。
パトリックは、ヴィタに少しずつ笑顔が増えたような気がすると思っていた。
―――
ある日の昼下がり。
突然、カイルが訪ねてきた。
屋敷の従者たちは少し慌てたが、アーリヤ王子の突発的訪問で慣れていたので、滞りなく客間へと案内した。
「カイル兄さんが、何の連絡もなしに来るなんて、珍しいですね。何かありましたか?」
公務をひと段落させたパトリックが、客間に顔を出した。
そこには、笑顔のカイルと――
六、七歳くらいの男の子が座っていた。
「(……こういう時の嫌な予感って、大抵当たるんですよね)」
あー、と唸りながら、パトリックはカイルに声をかけた。
「……ノエルを呼んでくるので、もうちょっと待っててもらってもいいですか?」
「もちろんだとも!」
……太陽のような笑顔だった。
―――
「つかぬ事をお聞きしますが、その子はカイル兄さんの隠し子とかではないですよね?」
「アッハッハ!誓って違うぞ!」
カイルは腕を組みながら、豪快に笑った。
橙色の髪色に、鼻上のそばかす、それから気弱そうな目元を見れば、確かにカイルの子とは言い難い。
「血縁ではあるがな……オレの親父の弟殿、つまり叔父上の末っ子なんだ。」
カイルが、少年に「自己紹介できるか?」と顔を覗き込む。
もじもじとしながらも、こくりと頷いた。
「……アレクシス・エリオです。」
アレクシスの自己紹介を聞いて、「自己紹介、ありがとうございます」と、ノエルはアレクシスに微笑みかける。
……ノエルは妹がいたせいか、幼児の扱いが上手いなと、パトリックは感心していた。
「で、この子を連れてきた理由は?」
パトリックは早速、本題に入った。
「ああ、……この子には、剣を握る才能より、ペンを持つ才能が高い。」
さっきまでの明るい顔から一変して、カイルは真剣な面持ちになった。
「叔父上は、この子も含め、兄弟全員を剣士にしたいらしいんだが……」
カイルは、アレクシスをちらりと見て、小さな頭をわしゃわしゃと撫でた。
「オレは、より秀でている才能を伸ばした方がいいと思ってるんだ。」
にかっと眩しい笑顔を見せるカイル。
「オレは、“アレクシス自身が強くなれる”って思えるものを、やってもらいたいんだ。」
カイルの真意に気づく。
パトリックは、呆れたように、小さくため息をついた。
「……それで、うちで預かれと?」
「話が早くて助かる。オレの家でもいいんだが……それだと、叔父上が『軟弱者め!』と言いながら、無理やり外に連れ出してしまうんだ。」
――なるほど。
簡単に連れ出せないようにするためか。
「あと、ここならアレクシスがたくさん勉強ができそうだと思ってな!」
カイルは「うちに座学を教えようなんて教師は、寄ってこないからな!」と、口を大きく開けて笑いながら言う。
――エリオ家は代々、騎士や剣士を排出している家系だ。
そんな脳筋家系に、大人しく椅子に座っていろという方が酷である。
――しかし、ここに居たいかを決めるのは、私たちではない。
「アレクシス。」
パトリックが静かに彼の名前を呼んだ。
アレクシスは、びくりと肩を震わせ、パトリックを見た。
「勉強をするのは楽しいですか?」
アレクシスは目をまん丸にして、こくこくと頷いた。
「そうですか。それは大変喜ばしい。でしたら、好きなだけ勉強できる機会を貴方に与えましょう。」
パトリックの言葉を聞き、目をきらきらとさせるアレクシス。
アレクシスの顔を見て、パトリックは、ふと緩む口元を結び直し「ただし」と話を続けた。
「しばらくは親元に帰れません。泣こうが喚こうが、父母、それから兄弟たちには会えません。」
パトリックの目が、真っ直ぐアレクシスに向いた。
「それでもいいですか。」
感情もなく、ぴしゃりと言い放つパトリック。
――パトリックなりに、本人の意志を尊重している。
ノエルもカイルも、それをわかっているので、口出しをしなかった。
親や兄弟に会えないことを想像したのか、アレクシスの目にじわりと涙が滲んでいた。
年端もいかない少年に『家族か、己の才能か』と尋ねているのだ。
答えは明白である。
――と、パトリックは思っていた。
「……本当は僕、剣術があんまり好きじゃないんだ。」
その言葉を聞いて、カイルが目を見開きアレクシスを見ていた。
『剣術が好きではない』ことは、予想外のことだったらしい。
「でも、僕もみんなみたいに強くなりたい!剣を持たなくても強くなれる?」
アレクシスは、ぐいっと袖口で涙を拭った。
その後に覗かせた瞳には、揺るがない意思がはっきりと映し出されていた。
家族を選ぶだろうという、パトリックの思惑は外れてしまった。
彼の瞳を見て、パトリックは観念したようにふっと笑った。
「ええ。なれますよ。」
パトリックは、短く一言だけ答えた。
けれど、アレクシスにはその短さで十分だった。
彼の中で、確かな『希望』になったのだった。
―――
カイルは、「それじゃあ、よろしく頼む!」と一言残し、足早に去っていった。
カイルを見送り、パトリックは、アフタヌーンティーがまだだったことを思い出した。
「どうせですから、ヴィタに紹介しちゃいましょう。」
パトリックの言葉に、ノエルも賛成して「私、呼んできますね。」と、ノエルはその場を離れた。
「(まだ暫くは、ノエルとの時間がお預けですね)」
ノエルの後ろ姿を見つめながら、ぽつり心の中で呟くパトリック。
アレクシスに手を差し伸べ「さあ、行きましょうか」と手を繋いで、ゆっくりと部屋に向かうのであった。
年齢的にアレクシスがお兄ちゃんだけど、来た順ならヴィタがお姉ちゃんですね。
どうしようかな。
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