パトリシア・ブルックスの戦術‐二
パトリックだけを切り取れば、絵画のようだった。
だが、視線を下へ落とした瞬間、そこには目を逸らしたくなる現実があった。
先ほどまで「好感度上昇イベントだ!」と息巻いていたテイラーだったが、
ふと「自分が口論で悪役令嬢に勝てるのか?」と不安が込み上げてきた。
――パトリシアは原作ゲームの中で、人を人とも思っていないセリフを感情的に叫ぶキャラだった。
実際、テイラーが対面してみたら、正論という暴力を振りかざしてくるキャラになっていた。
“悪役令嬢が恐ろしい”
テイラーの胸の奥で、じわじわと恐怖が滲み出てきた。
それでも、彼女に踏まれている男性を助けるため、己を奮い立たせた。
――テイラー自身が、この場の主人公になるために。
「そ、その人を解放してください!」
「どうして?」
パトリックがふんわりと笑い、周りの人々が息を飲む。
あまりにも綺麗に笑うものだから、テイラーの頭が『踏んでいることが、当たり前なのではないか』と混乱し始めた。
「その人に、どんな事情があろうとも、人を足蹴にしては、いけないと思います!」
喉が乾き、言葉がうまく出てこないながらも、テイラーはパトリックに意見する。
「なら、貴方は公衆の面前で辱められても、抵抗しないのね。さすが“聖女様”だわ!」
パトリックは「なんて心が広いのでしょう!」と男性客の背中から、少し足を浮かせた。
その隙に、男性客は逃げ出そうとした。
「でも、」
パトリックがそう言うと、逃げ出そうとした男性客のふくらはぎを、再度踏みつけた。
「ギャアッ!?」
先ほどよりも鋭い痛みに、男性客は思わず声を上げた。
「“公爵令嬢”に無体を働くなんて、極刑ものではなくて?」
ゲームシナリオを知っているからそこ、“パトリシアならやりかねない”と、テイラーは口を噤んだ。
踏まれている男性客が「極刑」という言葉を聞き、顔が真っ青になっていく。
「命だけはっ!最近、不幸続きで……!」
じたばた暴れながらも、パトリックの同情を引くために、身の上話を始めた。
仕事が上手くいってないこと。
子供が懐かないこと。
女房が子供を連れて出て行ったこと。
全てを忘れたくて、酒に溺れていること。
男性客は、ちらりとパトリックの顔を見た。
『だから?』
感情というものを一つも感じさせない顔は、確かにそう言っていた。
男性客は蚊が鳴くような声で「申し訳ございませんでした。」と口にしたのだった。
パトリックは、ふぅと息を吐く。
「(……飽きてきたし、そろそろ頃合いかしら)」
ネリエを見て、『演芸でした』と言えと視線を送るが、気迫に押されてしまったらしく、声を出せないでいた。
「(案外、ネリエって怖がりなのね)」
的外れな結論を出して、パトリックはどう収集をつけるか考えていた。
「ダメだっ!もう我慢ならん!!」
そう言って飛び出してきたのは――カイルだった。
周りの人々やテイラーは、パトリックに近づくカイルを目で追った。
さすがのパトリックも少し目を丸め、驚きを隠せなかった。
「パット!オレのことも、強く踏んでくれないか!?」
キラキラとした顔で、カイルは床に這い蹲った。
「は?」
パトリックか、テイラーか。
はたまた別の誰か。
カイルに不審感を抱く声だけが、教室内にこだました。
空気が止まる。
「なんの冗談だ」とパトリックは口にしたかったが、カイルの目が本気だと物語っていた。
「カイル兄さん、正気ですか?」
「無論だ!」
「きっ……」
“気持ち悪い”
口からポロッと出かけた言葉を、パトリックは必死に飲み込む。
幼少期から、兄のように慕っていたカイルにそんなことを言いたくはなかった。
――それから、何故か『この言葉を言ったら、もっと喜ばれる』気がした。
「カイル、抜け駆けは許さないぞ!」
パトリックとカイルのやり取りを見て、アーリアも飛びどしてきた。
「パティ、そんな汚いのに足を置いたらダメだよ。」
「こっちにしよう?」とアーリアは、すっとパトリックの足元に跪き、彼女の足を両手で持ち上げた。
パトリックは混乱の極みであった。
何かを思い立ったノエルが、連れてきたペイジに耳打ちをする。
ペイジはこくりと頷き、教室内に一歩だけ足を踏み入れる。
「皆さま!生徒たちによる即興劇、お楽しみいただけましたか?」
壁際にかたまっていた人々が、ざわつき始めた。
安堵の声と、少しの不安の声。
それを無視して、ペイジは話を続ける。
「台本なしのぶっつけ本番!演じきった生徒たちに、拍手をお願いいたします!」
困惑する空気が拭えない中、ぱらぱらと拍手が起こる。
ペイジはパトリックに、ぱちんと合図を送る。
それに気付いたパトリックは、足を持っているアーリアの手を少し足蹴にした。
パトリックは姿勢を正して、皆に見えるよう静かにカーテシーをする。
アーリアもパトリックの横に並び、控えめに膝を下げた。
カイルは、倒れている男性客を抱え起こし、人々に向かって手を振った。
その光景を見て不安が薄まったのか、拍手の音がだんだんと増えていった。
“すごかった!”
“台本ないの!?”
“おれもちょっと踏まれたいかも”
三者三様の賞賛の言葉も聞こえてきた。
そんな中、ふるふると震え出すテイラー。
「なんで、いい感じに終わってるのよ!?わたしの好感度上げはどうなるの!?」
テイラーの叫びは、拍手の音で掻き消されてしまった。
―――
学園祭の後日。
色んな意味で目立ったという理由で、パトリックたちのクラスが獲得票が一位だと知らされた。
学園祭編終わり!
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