パトリシア・ブルックスの戦術
「おっ!ちゃんと女が居るじゃねえか!……ほぅ、なかなか……」
品定めをするかのように、上から下へ、男性客の下品な視線が何回も往復する。
男性客が最終的に目を止めたのは、胸元だった。
「乳くせえガキのくせに、持ってるものは一丁前だなぁ?」
男性客の手が、パトリックの胸元へ伸ばされる。
――パンッ
高い音が、教室内に響き渡る。
全員、音の方へ顔を向けた。
パトリックは、いつの間にか持っていた扇子で、男性客の手を叩き落としていた。
「失礼、大きなハエがいたもので。」
扇子を広げ、パトリックは口元を隠した。
男性客を見るパトリックの目は、あまりにも冷たかった。
数秒の間、男性客は何が起きたのか、理解できなかった。
ようやっと、自身のことを「ハエ」だと言われたことに気付き、男性客の目の前が、赤に染まっていく。
「テメェ!調子乗りやがって!オレァ客だぞ!?」
男性客は怒鳴り散らし、パトリックに掴みかかろうと襲いかかる。
周りから見ていた生徒や他の客たちは、「きゃっ」と小さく悲鳴を上げた。
――誰もが、男性客に首を掴まれるパトリックを想像してしまったからだ。
「あら、勝手に湧いてきたハエごときが、お客様扱いされると思ってるのね。」
パトリックはふわりと踊るように、男性客の手から逃れる。
――パァンッ
そうしてもう一度、男性客の手を扇子で叩き落とす。
「イッテェ!!」
「あら?貴方、ハエじゃなかったのね!」
驚いたように、パトリックは声を上げる。
「ハエなら、このくらい避けられるもの。」
男性客は「くそっ馬鹿にしやがって!」と吐き捨て、パトリックに視線を向けようとした。
その時だった。
―――男性客の首元に衝撃が走る。
パトリックに回し蹴りをされたことを、男性客はおろか、
その場にいた他の生徒たちや、一般客の誰一人として、その動きを捉えられなかった。
突然のことに、意識がついていかず、受身を取ることもできないまま、床に倒れた。
背中に強烈な衝撃が走り、男性客は息を詰まらせた。
逃れようにも、身体はまるで言うことを聞かない。
「グァッ!?」
「あはっ!潰されたカエルみたいなお声!」
男性客を見下ろしながら、パトリックはにっこりと笑っていた。
その間も男性客の背中を、ぐりぐりと踏みつけ、グググと太ももに力を入れる。
……他の生徒たちや一般の客たちは、呆けた顔で、パトリックと踏みつけられている男性客を見ていた。
いや、見ていることしかできなかった。
動き出せば最後、あの美しき磁器人形に捕まるのは自分だと、嫌でも理解してしまったからだ。
「このままゆっくりと体重をかけていくと……貴方から、どんな音が鳴るのかしら。」
まるで、無垢な少女のような笑顔だった。
――しかし、その瞳に光はなかった。
男性客の背中から、ミシミシと音が鳴り始めた。
「やっ、やめてくれ!悪かった!謝るから!!」
涙や鼻水で、顔がぐちゃぐちゃになっている男性客の顔を、パトリックは笑顔のまま見下ろしていた。
さらに男性客の背中に、負荷がかかる。
「ギャア!やめっ、やべてくれっ!」
パトリックに向かって、呂律が回ってない滑舌で、男性客は必死に助けを乞う。
パトリックがもっと踏み込む。
男性客の背骨が、あらぬ方向へと曲がろうとしていた――
次の瞬間、教室の扉が開いた。
「なんで、お昼なのにこんなに静かなのよ……?」
午後から出番であるテイラーと、テイラーの取り巻きだった。
テイラーの目に飛び込んできた光景は、異様なものであった。
教室の四方の壁際に、大勢の人たちがひしめき合っていた。
そして、教室の真ん中では、ガラが悪そうな男性と――
――男性を踏みつける悪役令嬢。
テイラーは脳をフル回転させ、一つの公式を導き出した。
①『テイラーが慌てて、男性を庇う。』
②『“本性を現したわね!パトリシア・ブルックス!”とテイラーが指摘する。』
③『タイミング良く、攻略キャラが現場を目撃する。』
④『“僕たちが間違っていた、君こそが僕たちに相応しい!”と攻略キャラたちが、テイラーをちやほやする。』
結果、悪役令嬢退場!
――なんとも杜撰な、公式の出来上がりであった。
しかし、彼女の中では“完璧な公式”だった。
そうと決まれば、テイラーのやることは一つであった。
「何やってるの!?パトリシアさん!!」
誰も逆らえぬ令嬢に、意を決して異議を申し立てる、まさに“聖女”の振る舞いをしてみせるテイラー。
テイラーの声を聞き、パトリックはゆっくりと顔を彼女に向けた。
本当に人形かと錯覚するほどの、無表情だった。
あまりの無機質さに、テイラーは無意識に「ひゅっ」と喉が鳴った。
「誰の許可を得て、わたくしの名前を呼んでるの?」
パトリックの冷たい声色を聞いたせいか、手先がみるみるうちに、冷えていく。
……冷えているはずなのに、背中にはびっしょりと汗をかいていた。
――しかし、テイラーは違うことを考えていた。
彼女のセリフに聞き覚えがあったからだ。
「(今のセリフ……もしかして……)」
テイラーは試しに、“あるセリフ”を恐る恐る言ってみた。
「大変、申し訳ございません。ブルックス令嬢。」
「わかればいいのよ。」
テイラーは、怯えた表情を見せつつも、内心はお祭り状態だった。
「(誰かの好感度が高い時に出る、お邪魔イベントだっ!!)」
勝手にニヤける口元を、テイラーは必死に抑える。
――抑えきれずに、おかしな顔になっていることを、テイラーだけが知らなかった。
「(誰の好感度が上がったの!?ペイジ?イライジャ?他の攻略キャラもありうる!?)」
――現実では行動を、一切起こしていない。
“こうだったらいいな”と思い描いていた妄想が“現実に起こった”と、脳が処理し始めただけである。
そうこうしているうちに、クラスの宣伝をしていた生徒たちも教室に集まってきた。
時を同じくして、ノエルが学園内を巡回していた、ペイジとイライジャを連れてきた。
教室の光景を、みんなが唖然としながら見ていた。
そこには、満面の笑みを浮かべたパトリックが一人。
先ほどから変わらぬ体勢で、全員を見渡した。
「さあ、皆さま。パーティを続けましょう?」
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