パトリック・ブルックスの戦術‐七
学園祭当日。
冬の気配を帯びた風が、身体の芯を凍らせるように冷たかった。
賑やかな王都で、学園の上空に号砲が打ち上がった。
色んなクラスが、来客に向けて呼び込み始めた。
その中でも一際目を引くのは、午前中の呼び込みに選ばれてしまったノアとカイル組と、アーリヤとヘーレー組だろう。
クラシカルなメイド衣装を身にまとい、ムスッと不機嫌を隠さないノア。
黙っていれば、美少女にしか見えない。
口を開かなければ、の話である。
ノアの隣にいるのは、何故か膝上丈のスカートのせいで、逞しい足が見えているカイル。
快活に笑いながら、「貴族科の出し物、“社交パーティ”ぜひ、見に行ってくれ!」と宣伝していた。
別の場所では、ヘーレーとアーリヤが学園内を練り歩く。
膝下までの長さのメイド衣装を揺らし、「貴族科、“社交パーティ”をよろしく頼む!」と大声で宣伝しているヘーレー。
ヘーレーの一歩後ろにいるのは、自身の目の色のような青のドレスを身にまとい、美しい笑みを周りに振りまくアーリヤだった。
二人に見惚れて、ぞろぞろと彼らの後ろに続く者たちが行列を作っていた。
同時刻。
貴族科の教室は、宣伝組のおかげか、既に賑わいを見せていた。
パーティ会場に見立てた教室の奥。
等身大の人形のような美しさを放つ令嬢。
そして、側に使える執事が一人。
――パトリックとノエルであった。
穏やかな笑みを浮かべ、教室を見渡すパトリック。
「……いい加減、同じ顔するもの飽きたわ。」
「そろそろ交代の時間になるので、それまでの辛抱ですよ、パディ様!」
パトリックの呟きに、ノエルは返事をした。
ドレスを着た男子生徒が、お客と談笑していた。
メイドに扮した男子生徒が、飲み物と軽食を運んでいた。
執事服を着こなした女子生徒が、別の女子生徒とぶつかりそうになっていた。
紳士服を身に纏う女子生徒が、女性客に“わたしと一緒に撮って!”と迫られていた。
パトリックは、その光景をじっと真顔で見つめていた。
音も立てず、すっと動き出し、パトリックは撮影をせがまれている女子生徒の元へ向かう。
それに気付いたノエルが、慌ててパトリックの後を追う。
パトリックは目を細め、にこりと女性客に微笑んだ。
突然、目の前に現れた磁器人形のような生徒に、呆気に取られる女性客。
その隙に、客に絡まれていた女子生徒に、小声で「今のうちに。」と、そっと裏に戻るように伝えるノエル。
「お人形さんみたいで、綺麗……」
ぽーっとパトリックに見惚れていた女性客は、「さ、撮影をしても……?」と彼女に尋ねた。
表情を崩さず、パトリックは小さく首を横に振った。
「そこをなんとか」と口を開こうとした女性客。
パトリックは、女性客の耳に手を添える。
そして、女性客の耳を思いっきり引っぱろうとして――
――ノエルに、腕を掴まれてしまった。
「……お嬢様、いくら“聞かないお耳”でも、引き裂いてはなりません。」
「ヒッ」
ノエルの言葉を聞き、女性客は短い悲鳴を上げた。
パトリックは右頬をぷくっと膨らませ、女性客から離れる。
パトリックはノエルに右手を差し出し、真顔で顎をしゃくる。
ノエルは素早くハンカチを取り出し、パトリックの右手を丁寧に拭いた。
パトリックは“手袋”を、はめていたのにも関わらず。
ノエルに拭いてもらった後、パトリックは再びにっこりと女性客に微笑みかけた。
『次はない。』
実際は、パトリックの口は少しも動いてなかった。
しかし、女性客はそう聞こえた気がして、一目散に教室から出て行った。
先ほどまでの賑わいが、嘘のように静まり返っていた。
「さぁさぁ!皆さま、ちょっとした演芸はいかがでしたでしょうか?」
ネリエが声を張り上げた。
「華やかな舞台の裏には、こういった闇が潜んでいたり――いなかったり?」
客たちに、動揺を悟られないように、ネリエは堂々と振る舞う。
「こういった催しを、変則的に行わせていただきます!立ち会えればラッキーかも!」
つらつらと、即興で話し続けるネリエ。
“え、劇?”
“社交パーティってこんなことも起きるんだ”
“小説の中の悪い令嬢みたいだったね!”
納得したのか、再び賑やかになっていく教室内。
それを確認して、ネリエは小さく安堵の息を吐いた。
ネリエはくるりと振り向き、パトリックと向き合う。
「ブルックス様!度を過ぎたお客様の対応をしていただいたことには、感謝します!」
「でも」と、ネリエは言葉を続ける。
「どれだけ客が悪くても、私達から手を出したら、私達が悪者になるじゃないですか!」
「もうちょっと穏便に!」と、パトリックに頼み込むネリエだった。
パトリックは、「考えとくわ」と、反省する素振りさえ見せず、返事を返しただけだった。
ため息をついた後、ネリエはノエルに感謝を伝える。
「ノエルさんのおかげで、大事になりませんでした。本当にありがとうございます!」
「いえ、お気になさらず!引き裂いた後、処理するのが大変だなと思っただけなので。」
そう言って、にこっと笑うノエル。
ネリエは、「そうですか……」と口角をヒクつかせる。
「(ブルックス家に長く居ると、気弱そうな彼女でもこうなるのか)」
やはり恐ろしい家だなと、ネリエは彼女たちの距離感を考え直そうと胸に誓った。
―――
あともう少しで、正午になろうとしたところだった。
貴族科の教室に、少し柄の悪い男性が入ってきた。
学園なので酒類は提供してないはずだが、頬が赤らみ、彼から少しだけぶどうの香りが漂っていた。
「お客様、ウェルカムサービスでございます。」
メイドの格好をした男子生徒が、男性客に近づいた。
「なんだァ?酒じゃねえし、おまえ男かよ!」
“バカみてぇな格好してんな!”と下品な笑い声を上げる男性客。
パトリックは、ノエルに「誰でもいいから男性の先生を呼んできて」と指示を出した。
ノエルは、パトリックの言葉に「わかりました」と頷き、足早に教室から抜け出した。
「……ネリエ?お客様に“手”を出してはいけないんですよね?」
「そ、そうですけど……」
「……わかりました。」
ネリエに確認を取り、優雅に微笑んで、男性客の元へ歩き出すパトリック。
「なっ!?ちょっと、ブルックス様!?」
止めるネリエの声を無視して、パトリックは男の前に出た。
パトリックは綺麗な所作で、男に向かってカーテシーをした。
顔を上げたパトリックの目は、獲物を見つけた捕食者のようだった。
――『悪魔令嬢』と言われた“わたくし”の姿、とくとご覧あれ。
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