パトリック・ブルックスの今世‐一
パトリシア・ブルックス改め、パトリック・ブルックスは、公爵の『三ヶ月の猶予』を軽く越え、十六歳になっていた。
昔から領地に住んでいる者たちは“黒き茨”や、“ブルックスの悪魔令嬢”などパトリシアの悪名をまだ覚えていたが
パトリックを名乗り出してからは『刺々しい物言いは変わらないが、昔よりはマシ』『なんだか、生活しやすくなってきた』『本当に、公爵の跡を継ぐのでは?』―――と話のネタにしていた。
パトリックになってから、なんだか充実しているなと彼女も感じていた。
苦戦しながらも領地経営の勉強に励み、領地の実情を調査し、領民の話を聞きながら疑問を公爵や領民にぶつけ、
改善点を見つけ出し、継続できるものはそのまま続けるという領地経営をしていた。
「“一年の運営がうまくいくと、パズルのピースがぴったりはまったようで、なんだか楽しい!”」と勉強に対して前向きになっていた。
夢の中の未来では、自分より立場が弱かったり、身分の低いものしか貶めてこなかった。
今は、領地経営をするにあたって、相手取るのは対等な立場の人間や、経験を積んでいる年上の人間ばかりだ。
しかし、そんな“些細”なことで怯むほど、パトリックは弱くはなかった。
やり方は、聖女を不登校に追いやった方法とあまり変わらない。
少し違うのは“事実”を元にしているかどうかだ。
「こちらの条件を飲めなければ、飲めないでいいですよ。……そういえば、奥様がご懐妊なされたんですよね?おめでとうございます。」
「な、何故、それを?」
「ふふっ、私には優秀な部下がたくさん居ましてね。……それにしても残念だな。」
「……残念、とは?」
「いやだな、そんな怯えないでくださいよ。ただ……こちらの条件を飲んでくれさえすれば“産まれてくるお子さんも、太陽に挨拶できる”確率が上がりますよ?というだけの話ですから。」
「(悪魔め)……わかった……そちらの言い分で、判を押すとしよう。」
「ご心変わり、感謝します。」
なんなら、前より容赦がないまである。
公爵との関係も、ただ甘やかされるだけのものではなくなっていた。
親子でいる時は、公爵は変わらず彼女が欲しがるものを与えたがったが、パトリックが欲しがるものが変わっていた。
夢の中では華美なドレスや、流行のアクセサリーばかりをねだっていたが、
パトリックになった当初は、早く走れる靴や汚れない衣服などをねだった。
後に、早く走るために風魔法が施された靴は、ブルックス家の領地をより豊かにする生産品の一つになった。
十六歳に近づくにつれ、乗馬に使う鞍や、領地の土でも育つ作物の種や苗を欲しがった。
これに関しては、宝石商に言いくるめられかけたことも原因だろう。
「こちらが、最新の宝石たちとなっております。」
「ふーん、手に取って見てみても?」
「(今まで、見もせずに“全部”と言っていたのに)……ええ、もちろん!」
「……ちなみに、これ一つで庶民のパンがいくつ買える?」
「(そんなこと気にするようなタマじゃなかっただろ!)……四人家族が、半年は朝晩の食事に困らない程度かと……」
「そう。なら、やめとく。」
「何故ですか!?」
「こんな石っころに、宝石のような値段をつける、見る目のない宝石商から買いたくなくなっただけ。」
「……ッ!?(どうしてバレたんだ!?)」
「それに、こんなものを身につけなくても、私は美しいとみんな褒めてくれるし。」
「……それは、確かにそうですが、より一層お客様の美しさを引き立たせるわけでして……」
「それに、いまアクセサリーを集めるよりも、もっと面白いことにハマってるから!」
「面白いこと?」
彼女は、にやりと笑みを浮かべた。
「領地経営!」
宝石の価値と値段が釣り合っていないことに気付いた彼女は、「(ここで石っころを買うくらいなら、そのお金で種を買い、領民の食料に回したら、恩が売れるじゃない!)」と思い立ったのであった。
「そうだ、王子の誕生日が近いからタイピンを見せて!」
そう言って、シンプルながらも本物の宝石がはめ込まれたタイピンだけを購入したパトリック。
宝石商曰く、この時の商談は、人生で過去最低の売り上げだったという。
王子との関係も良好である。
アーリヤ王子と共に親友、時には悪友のように幼少期を過ごし、王子が学園へ入学しても、それは変わらなかった。
と、彼女は思っていた。
―――王子は毎日のように、パトリックになった彼女に婚約を申し出ている。
八歳に振られたあの日から、ずっとである。
その度に『お断りします!』と拒否され続けられているが、めげずに朝一番にパトリックを見つけると
『君の顔の傷に触れる権利が欲しい。』と囁き、パトリックに『顔の傷?跡さえも残ってないじゃないですか。』と一蹴されていた。
毎日、挨拶のように交わされるため、パトリックは“婚約の申し出をされている”という感覚がなくなっていた。
―――
パトリックが学園に入学する年、公爵から呼び出しがあった。
「パディも再来年には十八歳だ。……本当に私の跡を継ぐつもりなのかい?」
「もちろんです、今が一番楽しい時です!こんな楽しいことを、みすみす手放すわけにはいきません!」
公爵はやれやれとため息をこぼす。
領地経営を、盤上遊戯か何かと勘違いしているのではないかと思うほど、目をきらきら輝かせるパトリック。
「……婚約者や跡取りについては考えているのかい?」
「……?」
不思議そうな顔で公爵を見るパトリック。
“やっぱりな”と思いつつ、机の引き出しをゴソゴソと漁る。
「私の跡を継ぐのであれば、さすがにそろそろ婚約者を……」
「もう打診のお手紙を、先方にお送りしてますよ?」
「……へ?」
人生最大のマヌケた顔を、娘に晒す公爵。
その姿を見て「“どうかなさいましたか、お父様?”」と少し困惑気味に笑い、小首を傾げるパトリック。
「先方……?」
「はい!私直属の部下たちに『公爵家に不利益がない、もしくは少ない家柄。年齢が近い。そして、口が固い令嬢』を調査、厳選してもらい、私が三名ほど候補を絞って、一人目のコールマン伯爵家に打診のお手紙を二日前に出したところです!」
手際の良さに、椅子からずり落ちそうになる公爵。
あまりにもさらっと言うので、流しかけた違和感を指摘する。
「いま、『令嬢』と言ったか……?」
パトリックは、王子の誕生日会から、男性を自称している。
が、本当に男になったわけではない。
身体も、なんならたまに心の中でつぶやく時は、女口調に戻っていたりする。
男として“生きている”だけである。
今も昔も変わらず“女性”であるはずのパトリックが、『令嬢』たちと縁談を持ちかけたのは、単純明快。
パトリックは“男児”である、なら娶るならば“令嬢”だろう。
夢の中のパトリシアであった時から変わらない。
思い込みだけで、令嬢たちに声をかけてるのである。
夢の中と違うのは、実現可能にできてしまうほどの地位を手に入れたことだろう。
公爵は「“そ、そうか”」と言って、机の引き出しの中にある、いくつかの『釣書』をそっとしまった。
“ブルックス家には一人娘しかいない”ことは周知の事実なので、縁談が成立することはないとタカをくくってしまったのである。
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