ノエル・コールマンの婚約‐一
ノエル・コールマンは、伯爵家の長女である。
とは言っても、上に兄が一人、下に妹一人の真ん中っ子であった。
跡取りだからと甘やかされる兄と、それを見て姉よりも上手に両親に甘える妹。
その間に挟まれ、「“可愛げのない子”」「“愛想がない”」「“もう少し要領よくできないのか?”」
そんな言葉を投げかけられる毎日だった。
ある日、コールマン家に衝撃が走る。
公爵家から縁談が持ち上がったのだ。
首都からだいぶ離れたところにあり、周囲の話があまり入ってこない田舎。
人口よりも、家畜動物の方が多い場所である。
そんな特産と言えるものも特にはない、辺鄙な領地に、何を求めるのか?
家の中は大騒ぎになっていた。
……ただ一人、他人事のように家族を見つめるノエルを除いて。
「公爵家から縁談!?我が家もついに、公爵と関わりが持てるのか!」
「ブルックス公爵家は、王家とも懇意にしていると夜会で聞いたことがあります!王家の方々に、お近付きになれる好機があるかもしれません!」
「“ノエル嬢を是非”……ノエルだって!?こんな無愛想で、無口なやつを!?どこにでも物好きっているんだな!」
「お姉様ズルいわ!お姉様には、もったいないぐらいの綺麗なドレスを、たっくさん貰えるのでしょう?そんなのズルすぎるわ!」
ノエルは、家族に好き勝手言われても、いつも黙っていた。
言い返したら、倍の嫌味になって帰ってくるからだ。
「いや、でも確か……」
父が思い出したかのようにつぶやく。
「ブルックス公爵家のお子さんは、“ブルックスの悪魔”だとか、“ブルックスの茨”だとか言われてたはず……」
父に向いていた六つの目線が一斉に、ノエルを見る。
「“ブルックスの茨”ですって、お姉様!茨に絡め取られて、傷だらけになっちゃうの?まあでも、目鼻立ちがはっきりしてないお顔から、個性的なお顔になれるわね!」
「“ブルックスの悪魔”か、さしずめ悪魔に捧げられた生贄ってところか?文字通り、心臓をくり抜かれて食べられたりしてなぁ!アハハハハ!」
実の兄弟にこんなにも心無い言葉をかけられるのかと、わなわなと震える。
しかし、きつく結んだ拳をノエルは緩めてしまった。
言い返してもしょうがない。
――“いつものこと”だからだ。
「こら、二人ともそんな風に言うものではありません!」
兄弟たちを止めたのは母親だった。
「ああ、可哀想なノエル。―――あちらに行っても、達者で暮らすのですよ。もし離縁された時は、慰謝料をたんまり請求できるように、あちらを有責側になさいね。」
子が子なら親も親である。
父親も母親の言葉に、笑顔で頷くだけだった。
ノエルの意思を全く確認せず、家族たちは結納金の使い道を楽しそうに話し合っていた。
……ノエルは、その光景を眺めることしかできなかった。
「(お断りしたいです、って言ったらどんな顔をするのかしら)」
頭に浮かんだ言葉を、かき消すように頭を横に振る。
毛頭、断るつもりはない。
ノエルも、こんな家からさっさと逃げ出したかった。
しかし、言ってみたかった。
自分の意見を、家族に伝えてみたかった。
もしかしたら『お前は、わがままだな』と嫌味を言われながらも、自分の意見を受け入れてはくれるんじゃないかと、そんなことが脳裏をよぎる。
……一度もそんな風に、受け止められたことはないけれど。
談笑している家族を横目に一人、自室にしている屋根裏部屋に戻る。
本来の自室は、妹の衣装部屋になってしまっているからだ。
ノエルは嫁ぐであろう、ブルックス公爵家に思いを馳せる。
仮に父が言っていたことが、本当だとすると―――
ぶるりと身震いをして、無意識に左手首を握りしめる。
「(茨とは、どういうことだろう?茨のように刺々しい物言いをする方なのかしら?それとも棘のついた鞭でも振っているのかしら?)」
「(悪魔って言われるほど、あくどい方だったりするのかしら?もしかして、本当に悪魔と契約してたりして!)」
どうなるかわからない未来のことを、考えても仕方ない。
本当に悪魔のような人なら、さっさと逃げてしまおうか、なんて考えてみる。
縁談の話は、父親が勝手に了承の返事を書くだろう。
ノエルはその日から、春が早く来てほしい気持ちと、冬が永遠に来ないでほしい気持ち。
胸の中で、二つ気持ちが揺れ動いていた。




