聖女テイラーの探索‐七
散らかった思考を、どうにか一つにまとめようと、テイラーは深く息を吐く。
黒髪の彼が、悪役令嬢のパトリシアだと決めつけるには、まだ早い。
そう自分に言い聞かせる。
「(そうよ、ゲームの立ち絵とちょっと違うかも!髪の長さとか!)」
額にじわりと汗が浮き出る。
一縷の望みをかけ、パトリシアの設定資料を思い出す。
『濡鴉のように、艶のある黒髪』
「(……黒髪、ではある)」
『大輪の薔薇を思わせる、真紅色の瞳』
「(真紅色……赤色ってことよね?彼の目、赤いわね)」
『少しつり目で、怪我をした跡はキレイに消えており、黙っていれば人形のよう』
「(……彼もつり目、だったわね)」
偶然?たまたま?
兄か弟かもしれないし……!
……そういえば。
パトリシアは『ひとりっ子だから、こうなった』と、資料集にはっきり書いてあったのを思い出す。
――テイラーは、がくりと項垂れる。
他人の空似にしては、彼の顔とパトリシアの顔の類似点が多すぎる、という事実に打ちのめされる。
「くらえっ!」
黒髪くんの声と岩を砕く音が、フロア内に響き渡る。
テイラーが顔を向ける。
砕かれた岩が砂となって舞い上がり、彼の姿を隠していた。
しかし、ゴーレムとの戦いに決着が着きそうなのは音だけでわかった。
―――
砂埃から、彼の姿が現れる。
最初に飛び出したのは、ノエルだった。
怪我がないか確認した後、彼に抱きついた。
そのあとはアーリヤ、カイル、それからノアが彼に寄っていく。
――まるで、物語の主役のようだ。
無意識に、歯をぎしりと擦り合わせる。
『そこに居るべきは、わたしなのに。』
そんな考えが浮かぶ。
疑問でも、嫉妬でもない。
テイラーの中ではそれは“事実”であった。
ペイジ先生が、みんなに声をかける。
チラリと黒髪くんを見た。
その時、彼が抱えているドロップ品に、目が奪われる。
「それって、“真実の光鏡”……?」
『攻略キャラの好感度を大幅に上げる。特定のキャラに使うと、特殊な反応が見られる。』
ゲームでは『魔法を使わずゴーレムにトドメを刺す』という条件をクリアしたら貰える、珍しいアイテムのはずだ。
滅多に手に入らないから、気安く使えず結局、最後になって好感度が足りなかった時に使用していた。
「それがあれば……ッ!」
攻略対象の“好意”が、確実に“わたし”に向く。
わたしが――みんなの中心になれる!!
脇目も振らずに歩いていき、手鏡に向かって手を伸ばす。
周りの視線や、反応なんてものは、視界に入ってこなかった。
「それさえあれば、簡単に好感度が上がるのっ!!」
その声が、少しが震えていたことに、テイラー自身も気づいていなかった。
「なんですか、いきなり……!」
手鏡を離すまいと、力を込める“彼女”――パトリシア。
やっぱり、コイツはわたしの邪魔をする“悪役令嬢”なんだ……!!
「ッ……わたしの邪魔をしないで!“パトリシア”・ブルックス!!」
彼女の本名を叫ぶ。
驚いた顔をして、手鏡を握る力が少し弱くなった。
それを見逃さず、思いっきり手鏡をむしり取るように、引き抜く。
力を込めすぎて、勢いのあまり、手鏡がパトリシアの手からすぽんッと投げ出される。
「(ダメッ!待って!壊れちゃうかも!!)」
手鏡を取ろうと手を伸ばす。
届いたっ!と思ったら指先を掠めていき、軌道が変わってしまった。
「(まずい、誰でもいいからキャッチしてっ!)」
……テイラーの願いが、天に届いたらしい。
手鏡が落ちそうな場所――その先にいたのは、
「我が前に立ちはだかる、これは一体?――」
不思議そうな顔で、空に浮かぶ手鏡を見つめていた、
……へーレーだった。
彼の両手にポスッと収まる。
まったくと言っていいほど警戒しないで、何故かヘーレーは手鏡を開いてしまった。
――突如としてへーレーの足元から、魔法陣が浮かび上がる。
白い光の粒が彼の体内へと入り込み、黒いモヤのような物をしゅわしゅわと溶かしていくのが見えた。
その直後、手鏡がピシッと音を立て、そのまま割れてしまった。
そして、手鏡は最初から存在していなかったかのように、姿を消していた。
「ああ、あぁ……」
膝から崩れ落ちるテイラー。
あれは『特定キャラの特別イベントが発生する』演出だった。
足に力が入らず、そのまま地面に手をついた。
しかし、テイラーに声をかける人は、誰もいなかった。
「だから、我の妃になってくれ!」
ヘーレーのセリフに、ぴくりとテイラーが反応を見せる。
「(おかしい……だって、そのセリフは……)」
▶『誰も気づかなかった、我が呪いを解くとは……気に入った!我の妃になってくれ!』
ヘーレー攻略の時のセリフのはずだ。
なんで、なんで、なんで!
パトリシアが、好感度を上げてるの!?
絶対におかしいっ!!
足に力を込め、立ち上がる。
テイラーは、パトリシアに掴みかかろうとした。
――が、それは『ペイジ先生の魔法』で叶わなかった。




