パトリシア・ブルックスの今世?
「きゃあぁっ……」
自分の悲鳴で、パトリックはがばりと起き上がった。
声を出したはいいが、即座に『叫ぶ必要はない』と判断して口を閉じた。
既視感のある目覚めに、随分と昔にしなくなったはずの『うなじを触る癖』が出ていた。
そして、触って気づいた。
――手が小さい。
うなじから手を離し、じっと自分の手を見つめた。
はっとして、さっきまで隣に寝ていたはずのノエルを探す。
……どこにもいない。
まず、自分が寝ている部屋が幼少期に使っていた部屋だと気付いた。
小さな自分の手。
ノエルの温もりが残っていないベッド。
そして、幼少期の部屋。
そしてベッドサイドテーブルから、恐る恐る一枚の手紙を取り出した。
“アーリヤ王子、誕生日会へのご案内”
――考えられることは、ひとつだった。
「……また、五歳の時に戻っているっていうの?」
―――
パトリックは、まず最初に最愛の人と、子供たちを探した。
部屋から抜け出し、屋敷を見て回る。
いくら探しても、ノエルと子供たちの姿はなかった。
ノエルたちがいない代わりに、使用人たちの顔ぶれが懐かしいものばかりだった。
……子供たちが増えてから、増築した部屋がなくなっている。
いや、まだ建てられていない状態だった。
本当に、幼少期の頃に戻っているようだった。
パトリックは、自身の手を固く結び、次の部屋へ向かった。
――父である公爵の部屋である。
パトリックは、公爵の部屋の前に立ち、荒くなった息を整えた。
ごくりと唾を飲み込み、扉をノックした。
「パトリ……シアです。今よろしいでしょうか?」
この時は、まだパトリックではない。
言い慣れた名前を、慌てて言い直した。
「入りなさい。」
低く落ち着いた声色だった。
聞けなくなってから、だいぶ経つ父の声。
今にも泣きそうなのをぐっと我慢する。
「……失礼します。」
「こんな時間にどうしたんだい、パティ。怖い夢でも見たかい?寝れるまで手を握っていようか?」
優しい目をこちらに向けている公爵。
おいでと、パトリシアを手招く。
導かれるように、ふらふらとパトリシアは公爵の元まで行き、公爵を思わず抱きしめた。
――ああ、お父様が生きているっ!
私が三十五歳になってからしばらくして、流行病に伏してしまったお父様。
『かわいい娘が二人になって、孫も、ひ孫も見せてくれた。……私は満足だよ。』
そう言い残して、お母様の元へ向かわれてしまった。
また会えるなんて……!
パトリシアは年甲斐もなく、ぐずぐずと泣いてしまった。
……肉体年齢は五歳なので、年齢でいうなら悪いことではないのだが――
気持ちの問題である。
「お父様っ、お父様……っ!!」
涙が溢れ出して止まらない。
「おやおや、今日のパティは甘えん坊さんだね。」
公爵は、パトリシアの頭を優しく撫でた。
「明日はアーリヤ王子のお誕生日会だ。早く寝ないと。」
目を赤く腫らし、鼻水をすするパトリシア。
公爵は、メイドに冷たいタオルを持ってくるように指示した。
「どんな顔のパティもかわいらしいが、王族の前で変な姿は見せられないからね。」
公爵は、メイドから受け取ったタオルをパトリシアの目元に当てた。
――そうか。明日はアーリヤ王子の誕生日会か。
行きたくないと駄々をこねてもいいが……
その時、パトリシアは『あること』を思いついた。
目元へタオルを当てている公爵の手に、そっと自分の手を乗せた。
「お父様……わたくしが、明日どんなワガママを言っても許してくださる?」
「私のかわいいパティ。もちろんだとも。パティの望むものはなんでも叶えようね。」
「本当に?うふふっ、嬉しい!」
――とりあえず、これで保険になるでしょう。
パトリシアは、にこりと笑みを深める。
公爵の付き添いを断り、パトリシアは自室へと向かった。
―――
アーリヤ王子の誕生日会、当日。
パトリシアは、ぼんやりとアーリヤが入場するのを待っていた。
――これからの人生の計画を立てながら。
その時、やっとアーリヤが入場してきた。
前の通り、短剣を腰にさしながら。
アーリヤが色んな人々からお祝いの言葉を述べられ、一人の令嬢が「“とても素敵な剣ですわね!”」と声をかける。
それに気を良くしたアーリヤが短剣を抜き、剣舞のように動いてみせようとした。
――刹那。
パシンッ
乾いた音が、会場に響いたような気がした。
子供たちも大人たちも一斉に、パトリシアを見ていた。
アーリヤの短剣を叩き落とした少女を。
……だが、そんな視線を気にするようなパトリシアではなかった。
呆けたアーリヤに、パトリシアは口を開いた。
「やたらむやみに武器を振り回すものではありません。誤って怪我をさせたら、王子の責任になるんですよ?」
斬首された夢の中でも、大往生をした前の人生でも、怪我をしたのはわたくしだった。
……なら『怪我をしなかった』時は、どうなるのだろうか。
ちょっとした『思いつき』である。
そして、パトリシアはアーリヤに向かって、しずしずとカーテシーをした。
「注意を促すためといって叩いてしまい、申し訳ございません。」
しかしパトリシアの顔は、アーリヤを叩いたことに対して罪悪感など持ち合わせていなかった。
アーリヤも、叩かれた手を擦りながら「あ、ああ…… こちらこそ、すまない。」と平謝りをするしかなかった。
「何の騒ぎですか。」
誰かに呼ばれたのか、王妃がこちらへと近づいてきた。
「(王妃様もご逝去されてから何年経ったかしら?本当、懐かしい顔ばかりだわ)」
パトリシアは、王妃の顔をまじまじと見た。
誰の咳払いで、パトリシアは『アーリヤに嫁いでくれないか』と言われてた頃とは違う、と思い出し、慌ててカーテシーをした。
王妃の顔は、アーリヤに向けられている。
この時のアーリヤは、パトリシアに好意を抱いていない。
ここで、アーリヤが『この子に手を叩かれました。』と言えば、パトリシアに何かしらのお咎めがあるだろう。
――だから昨日の夜、公爵に“ワガママを聞いて”と保険をかけたのだ。
こめかみに伝う冷や汗に気づかない振りをして、パトリシアは頭を下げ続けた。
「――いえ、僕の不注意でこの子が危うく怪我をしそうになったんです。」
アーリヤは、パトリシアに向き直り「ごめんね。怪我はない?」と声をかけた。
予想とは裏腹に、自身を庇われたことに驚きが隠せないパトリシア。
何とか声を絞り出し「こちらは、なんともないです。」と返事をした。
――これは……保険がなくても、良かったかもしれない。
そんなことを考えていたら、慌てた様子の声が聞こえてきた。
「大丈夫かい、パティ!どこも怪我はしてないかい?」
公爵が、パトリシアの身体を隅々まで確認する。
「傷一つないですよ、お父様。」
「……みたいだね。良かった。」
パトリシアの様子を確認するためにしゃがんでいた公爵は、すっと立ち上がり、王妃とアーリヤに向かって深々とお辞儀をした。
「我が娘が粗相をしたのなら、大変申し訳ございません。そして、娘の責任は私の責任です。」
力強い声が、会場に響き渡る。
「罰があるなら、どうか私めに。」
公爵の言葉を聞いて、王妃とアーリヤは顔を見合せた。
「顔を上げてください、公爵。どちらかと言えば、僕が悪いので、お咎めも何もないですよ。」
パトリシアは、ほっと小さく胸を撫で下ろす公爵を盗み見ていた。
「(やっぱりお父様にも、怖いものがあるのね)」
少し的はずれなことを考えていたパトリシアだった。
―――
「せっかくの祝いの席で、水を差すような真似をしてしまい、申し訳ございません。誠に勝手ながら、中座させていただきます。」
公爵はそう言葉を残し、パトリシアを連れて会場を後にした。
「よろしいの?お父様。」
揺られる馬車の中で、パトリシアは公爵に尋ねた。
「本当はよろしくないけど……周りの人たちがパティのことを悪く言ったりしたら、お父様がその人を許せなくなっちゃうからね。」
公爵は、隣に座るパトリシアの頭を撫でた。
――その気持ちは、よくわかる。
昔、ニコラスがクラスメイトに悪口を言われたと聞かされた時、私も言った奴の家を取り潰そうとしたから。
ノエルとアレクシス、そしてアメリアに止められて潰せなかったのよね。
……先に潰しちゃおうかしら?
そんなことを考える帰路だった。
番外編的なやつです。
でもすぐ終わると思います。
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