パトリシア・ブルックスの今世?‐二
翌日。
パトリシアは『お願いごと』をするために、公爵の部屋へと向かった。
控えめにノックを二回。
「パトリシアです。お父様、お時間よろしいでしょうか?」
公爵の返事の後、扉が開いた。
机から顔を上げ、「おはよう。」と声をかけてきた。
「おはようございます、お父様。……あの、折り入ってご相談したいことがありまして。」
公爵も、扉の近くに控えていた執事も目を丸くする。
――一昨日までは、こんな大人びた話し方をしていなかったはずだ。
公爵は慌ててパトリシアの元に駆け寄る。
それから、パトリシアをぎゅっと抱きしめた。
「パティ、無理して大人ぶる必要はないんだよ。少しずつ成長していっておくれ。」
パトリシアは、公爵に気付かれないよう小さくため息をついた。
――つい、大人だった時の口調が、出てしまっていたらしい。
ぎゅうぎゅうと抱きしめられながら、パトリシアは考えた。
「(私も過保護って言われてたけど、……お父様譲りだったのね)」
―――
ひとしきり公爵に抱きしめられた後、パトリシアは本題に入った。
「アーリヤ王子の誕生日会で仲良くなった方がいるんです。その方を、ぜひ我が家に招待したいなって思って。」
――嘘である。
昨日は、他の参加者たちと話をする時間などなかった。
しかし、これは“大事な嘘”だった。
「もちろんいいよ。その子の名前は?」
とくんと胸が弾んだ。
それを押さえるように、胸元で手を組んだ。
パトリシアは、前の人生で一番呼んだであろう名前を口にする。
「――ノエル……ノエル・コールマン。コールマン伯爵家の娘さんです。」
その名前を口にした途端、幸せな気持ちでいっぱいになる。
……しかし、ノエルがまだ“ブルックス”ではないのが腹立たしい。
……早く迎えに行かなければ。
私の愛しい人を蔑ろにする、あんな家から。
公爵は『下級貴族と友人か』と、少し難しい顔をした。
ちらりとパトリシアを見た。
“大輪の薔薇”と評されるほどの、ぱっちりとした瞳をうるうると公爵に向ける。
公爵は「うっ……」と言葉を詰まらせた後、諦めたようにため息をついた。
「全く、 パティはかわいいな!」
公爵は苦笑いしながら、パトリシアの頭を撫でた。
それは『了承』の合図だった。
パトリシアは、にこっと笑い感謝を述べた。
しかし、思っていたことは別のことである。
「(……お父様って、昔っからこの顔に弱いのよね)」
私でも、子供たちでも。
思い出していたのは、一回目の記憶である。
『おじいちゃまお願い!』と、オルジュやアメリア、それからカレンもよく同じように欲しいものをねだっていた。
……まあ、そう教えたのは私なのだが。
―――
従者に頼んでコールマン伯爵家に早馬を出す。
パトリシアは、自室に戻りベッドに転がっていた。
早馬は、今日中には届くはずなので、来るのは明日だろう。
「早く、明日が来ないかしら。」
しばらくベッドに横になっていたパトリシアが、何かを思い立ったように勢いよく起き出す。
「……部屋をノエル好みにしておきましょう。」
パトリシアは早速、メイドたちを集めて部屋の掃除、果ては模様替えを開始した。
「(ノエルのものは、ノエルが来てから買いに行けばいいとして……)」
あっという間に模様替えが終わり、パトリシアは再びベッドに潜り込む。
明日から、素敵な日々が始まることを信じて。
―――
「は、初めまして。……ノエル・コールマンと言います。」
少し短い前髪。
八の字の眉。
左手首を握る癖は、最初に出会った時のノエルを思い出させた。
「(小さくても、ノエルってわかるわね……!)」
パトリシアの中で、愛しさが爆発していた。
出会った時は、既に十七歳だったノエル。
写真は見せてもらっていたが、実物もかわいらしい。
パトリシアは、胸の高鳴りを押し隠して挨拶を返した。
「初めまして、ノエル。」
パトリシアはふわりと笑う。
好意を隠そうともしない甘い笑顔だった。
ノエルは、頬を赤らめぽーっとパトリシアに見惚れていた。
パトリシアは、そんなノエルに近づいた。
ノエルの唇に、パトリシアの柔らかい唇が触れる。
優しく触れ合うだけの口づけ。
突然のことで目を白黒させているノエルを見て、パトリシアは小さく笑った。
「また、貴方を愛させてね。」
ひとりで慌てふためいているノエルの耳には、パトリシアの言葉は届かなかった。
―――
屋敷にノエルを招いてから、パトリシアは彼女から離れることはなかった。
『一緒に絵本を読みましょ。』
『一緒にお勉強しましょ。』
『ベッドが広いから一緒に寝てくれる?』
『どこに行くの?』
『ひとりにしないで?』
三日過ぎ、一週間が過ぎた。
パトリシアは、事前に執事長とメイド長、それから公爵に『ずっと一緒にいるから』と宣言をしていた。
公爵はいつものように、パトリシアの“わがまま”を許可し、
執事長とメイド長も、公爵の“甘やかし”を受け入れるしかなかった。
ノエルは、そんなことになっているなど露知らず、与えられた部屋、与えられた衣服に困惑していた。
子供ながらに『こんなに居てはいけない』と考え、ノエルは“一旦、家に帰ってもいいか?”と尋ねてみた。
しかし、パトリシアから返されたのは「なんで?」の一言だった。
その応酬が何回も繰り返されていた。
ノエルが家に手紙を出してみても、『元気でやっているなら、そのまま居なさい』という文面の返事が来るだけだった。
――実際に返事を書いているのは、パトリシアが雇った代筆業者なのだが、
……幼いノエルが、わかるわけもなかった。
―――
ノエルがブルックス家に来てから、一か月が経とうとしていた。
さすがの順応力の高さで、ノエルはパトリシアに甘やかされることと、甘えることに慣れ出していた。
ある日のアフタヌーンティーの時だった。
パトリシアがすくったケーキを、ノエルに食べさせる。
ノエルも抵抗することなく、それを受け入れた。
ケーキのお皿とカップの中身が空いた頃。
ノエルは、控えめに手を上げた。
「パティ様は、どうして私を選んでくださったのですか?」
きょとんとするパトリシアの顔を見て、ノエルは慌てて訂正をする。
「あの、えっと、何か不満があるとかじゃなくて、純粋な疑問で……」
ノエルは俯き、左手首を強く握りしめる。
――そうか、まだ不安になる要素があったのか。
これなら、“触れ合い”を増やしてもいい頃かもしれない。
パトリシアは夜のことを考えながらも、きつく握られているノエルの手をそっと包む。
「“どんな時も傍にいる”って、言ってくれたから。」
思い出すのは、聖女が去っていった日のこと。
“私は、どんな時もお傍にいますよ”
恥ずかしそうにぎこちなく笑うノエルの顔。
それを思い出し、パトリシアはノエルの手を優しく解く。
それから、ノエルの右手にちゅっと口つけた。
「……私、自分で言ったことはやり遂げるタイプなんです。」
パトリシアは、まっすぐとノエルの目を見据えた。
“勝手に離れたら、地の果てまで追いかけますからね”
ここまで、ご愛読ありがとうございました!
また次回作でお会いしましょう!




