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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第三章 二つの防衛戦
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094.別れ

 冬期会議の中止を受けてから二日後。


「ご機嫌麗しゅう存じます」

「アーシェリット様!」


子ども部屋に入ったアーシェリットは、現在賓客としてセルヴィスに留まっている(置いていかれた)子どもらに声をかけられた。


 子どもと言えども彼等は学院生。

 それも公族のみが集える社交集会、公族の自由時間を奪い事に対しての恨みも込めて、通称補習会に行くことが許された真の高貴なる一族たちである。


 神に選ばれた彼等の精神年齢は通常の貴族の二倍近く早く進み、生き急ぐように成長する。

 そのため一般の貴族らと授業内容が一部異なり、彼等は貴族たちとともに授業を受けた後、補習会へ参加することになっていた。

 因みに補習会の正式名称は学院会である。


「たった今、派遣軍の編成が終わったところです。現在連合国の要請を待っているところですが、恐らく明日にでも出国することになるでしょう」

「……随分準備が早いのですね。まるで事前にことが起きるのが分かっていたみたい」


 当たらずも遠からず。

 元々派遣軍はアーシェの報告した小鬼討伐として編成されたものであり、小国の小鬼より優先順位の高い事件が発生したため、それがそのまま流用されたものだった。


「然様なのですか?」

「国内の非常事態ならまだしも、外国に派遣できるほどの軍隊を一日と少しで整えられるはずがありませんわ」


 マルティナの疑問に律儀に答えるリタ。


「軍務郷派閥やお父様なら何かご存じかも知れませんが……して、御前会議も本日中に落ち着きそうですので、皆様も母領へご帰還できますよ。陛下から今回に限り特例で学院を伝って転移陣で戻ることが許されましたの。それで――」

「お、お待ちになってくださいませ。陛下、女王陛下のことですわよね? 謁見の機会を頂いたのですか?」

「未熟ではありますが、お父様の補佐として枢密院へ顔を出していますので」


 女王陛下への謁見なんて領主にならない限り、一生に一回あるかどうかの出来事である。それ故に、全国の公族はその一度きりの機会のために、学年で最優秀をとり、終業式に個別に謁見の権利を得るのだ。


 誰もが敬愛するこの国の頂点。

 唯一の人が持つ魔力はリタの心を一目で射貫き、何事にも怠慢であった彼女が学年で一位をとり続けるほどの努力家に変えるほどであった。


 そんな人物を間近で見られ、間近で感じられる御三家という存在は、多くの公族を嫉妬で狂わせる。


「お話を戻しますよ。それで学院を経由しての移動ですが、それにはセルヴ領の転移魔法に魔力を登録しなければなりません。そこで皆様の魔力を魔石に封じて欲しいのです」


 もちろん反論する者などいなく、公族の子どもからお付きの従者まで全員の魔力を貰い、アーシェが連れてきた城官に回収される。


 領外から来た家は八家。

 護衛などの従者を含めたら五〇〇人を超える規模であり、当然魔石もそれだけの数が必要になってくる。

 そこで魔石を運ぶ荷物持ちとして立候補したのがアーシェだ。

 決して入学前に学院を見に行きたかったと言うわけでは無く、この忙しい時期に尤も暇な人間が最も少ない人数で行えるのなら、それに越したことは無いだろうと判断したからだ。


 異嚢に入る物体の数は精神空間の広さに由来しているという。

 そして精神空間の広さは魔力量に由来している。


 当然確固たる精神空間を確立できていない子どもは異嚢を扱うことができないし、できたとしても大した魔力が無ければそれに応じた量しか入れることができない。


 レオノーラが先行し、アーシェの魔力を向こうの魔法陣に登録して貰ったら、アーシェは転移陣の上に乗って両目を瞑る。


 ――まだ怖いの?

 ――……怖くないわよ。


 転移を発動した際、利用者の視界は暗転し、次の瞬間一瞬の無重力感を味わって、視界が戻ったら別の場所へと変わっている。

 アーシェはもう何回も転移陣を利用しているが、未だにその感覚に慣れないのだ。


「姫様。お着きになりましたよ」

「こちらが学院?」

「セルヴ校舎の寮でございます。今は還領中なので静かですが、凡そ二五〇〇人の貴族が暮らすことになります」

「初等部と中等部で分かれているわけでは無いのね」

「七歳とは言え、初めのうちは年長者の助けが無ければ生活していけませんので」


 魔石を出し切ったアーシェが寮の中を探索しようとすると、さりげなくレオノーラに阻まれる。

 立候補したのは見学しに来たからでは無いのですよねと言われると、アーシェとしては引き下がるしか無い。


 しかしアーシェは、レオノーラがおねだりに弱いことを熟知していた。


「ダメかしら?」

「……賓客をお見送りした後、寮内だけですよ」


 彼女の元まで行き、小首をかしげておねだりすると、すんなり認めてくれる。

 セリアならばこうはいかない。彼女はとことんアーシェに甘かった。


「ここがセルヴ校舎ですか」

「外からしか見たことがありませんでしたが、中は随分と落ち着いていらっしゃるのですね」

「こちらは広間となります。机と椅子を撤去し、詰めれば三千人は入るかと存じますが、大抵は五百から多くても千人程度しか利用致しません。」


 薄茶色の木材で覆われた部屋は、魔力で空間拡張を行っているのか大きなサッカーコート並みの広さがあり、セルヴィスの書庫と同じく天上が無く、上の方には白い靄と光があった。


 この場は校舎の総意を決める学校総会の開催などに使われる場所であり、それ以外の時間は学院生が交流の場として使うらしい。

 他にも交流の場として小部屋が二〇個、中部屋が一〇個、大部屋が四個、特大部屋が二個とあり、それぞれ一〇、二〇、五〇、一〇〇人ほどを想定している。


「やはり公爵校舎は何から何まで規模が違いますわね」


 案内している内に出口へとたどり着く。

 彼等もセルヴ校舎の学院寮へ入ることは初めてだったようで、歩きながらキョロキョロと辺りを見回していた。


「ここまで来ればもう大丈夫ですわ。アーシェリット様、お見送りありがとうございました」

「せっかくの四半期会議でしたのに、閣下に代わりましてお詫び申し上げます。また来年もいらっしゃってください」

「アーシェ様、またお会いしましょう」

「はい、ティナ様。春期会議にて、また」


 別れの挨拶を告げ、各々公族が貴族を率いて飛び立つ。

 最後まで残っていたのはウリナトル侯爵家の一行だが、それも双方の身体に悪いとのことで、半ば強引に引き離された。


 学院都市は雪が積もっている。

 この都市だけでは無い。セルヴ領も、全ての領地が純白のベールに包まれ、気温は専ら氷点を行ったり来たりしている。

 アーシェの吐く息は白い湯煙となって大気へ霧散し、彼女の鼻先は少しばかり赤くなっていた。


「姫様。これ以上はお身体に障ります」

「わかっているわ。戻るわよ」

「……畏まりました」


 初めての友との別れ。

 以前の四半期会議では直接的な別れは無かったが、こうして直接出発する瞬間を目撃すると、胸に穴が空くような虚無感が襲ってくる。


 ――また会えると良いね。

 ――約束したもの。絶対会えるわ。


 アーシェはそう信じることで、心に空いた穴を必死に隠した。



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