095.冒険者組合との交渉
「姫様。取り急ぎお伝えしたく」
ある朝、茜はその報告を聞き喜んだ。
「お父様。……いえ、内務卿閣下へ面会の申し出を。初めの案件を思い出したとお伝えくださいませ」
間者曰く、今朝冒険者組合から使者が来て、アーシェに面会できないかとの打診があったそうだ。
門番たちには事前に遅かれ早かれ使者が来るだろうと伝えていたため、手順書通りに面会希望日を聞き、本日中に返答を返すと言って追い返した。
大国の礼儀では、正式な貴族の面会は予め文官をよこして日時を決定する。
そのためたとえ文化が違っていようが一回限りならば無礼も許される。
――希望日はできる限り早く。いつでも良い、ね。
――十中八九小鬼案件でしょう。
ミリアシルへのメッセージはしっかり伝わったようで、そのまますぐに来るようにと仰せつかった。
「して、回答は如何致しましょう」
開口一番に茜は訪ねた。
相手が焦っているからとは言えこちらが急ぐ理由は無いのだが、ここで早く準備をしましたと言っておけば、多少なりとも相手に恩を売ることができるからだ。
茜は感謝という意味での恩という、曖昧な概念に価値を求めていない。
しかし社会人が体裁を整えるために外聞を気にすることはよく知っている。そのための足かせとして用いる恩であれば、一定の効力があるのもまた事実だった。
利益になるのであれば何だってやる。それが茜の持論である。
「奴らはこちらとの契約を既に一つ破棄している。その負い目がある故に、大使館には頼まぬのだろう。ならばこちらも全力を以て利益の追求と行こうでは無いか」
契約の不履行。それは貿易都市カスタレアと三大国、正確には神祇奉典殿が取り交わした契約だ。
神殿の支部を設置する代わりに、城郭内での祈祷師の安全を恒久的に保証すること。
それは支部が置かれているあらゆる都市が交わす絶対遵守の契約である。
祈祷師に直接的な戦闘能力は無い。
仲間を癒やし、守り、補助する力はあるとしても、それは大国貴族とは比べものにならないほど弱く、今まで温室育ちだったこともあり、多くの祈祷師が一般平民より弱いのだ。
そのため彼等を敬う貴族らは、彼等を必要以上に心配する。
それが先の契約であり、今回カスタレアはそれを一方的に破ったことになる。
それ故に既にカスタレアの神殿は機能しておらず、多くの祈祷師は本国へと送還されている。
しかしもちろん貿易都市側としては断固として抗議したい内容であり、どうやらここ数週間の内に随分と大使館の面々と仲が悪くなっているようだった。
そんな時に小鬼の一件。
恐らく祈祷師について、脅しに近い形で大使館と交渉してしまったのだろう。
彼等からの協力が得られない今、頼りになるのは明確に大国貴族だと分かっているアーシェたちしかいない。
ならば交渉の礼儀として、こちらも可能な限り足下を見ねばならない。
「相手側の要望は戦力でしょうか。それとも支援、援助、遠慮をして連絡要員などでしょうか」
「どうだろうな。望んでいるものは小鬼を短期殲滅できる圧倒的な戦力なのだろうが、それを正直に求めるかどうか」
政治的な、と言うより軍事的な交渉ごとは完全に茜の専門外である。
加藤茜には多少の社交の心得はあるが、それで騙せるほど本業の人間は甘くないだろう。
――…………が。
――……茜?
何かを呟いた茜は、普段決してしないような表情をしていた。
彼女の表情は千差万別。喜怒哀楽がコロコロと変わり、アーシェが接してきた誰よりも感情がわかりやすい人間だった。
しかし今の彼女は今までの顔とは何かが違う。
怒った顔にも似た顔だが、普段彼女が見せる怒りの顔とは何かが違う。
――茜、茜。
――ん! どうしたの?
――茜、貴女は茜よね?
――変なこと聞くね。特に哲学的なことじゃなければ私は私だよ。
その顔は、普段の彼女と何も変わらないアーシェを困らせる顔だった。
その表情に安心したアーシェは今までの不安をすっかり忘れ、茜とともに会議に臨んだ。
「こちらの戦力は南の大防壁の一件で通常よりも落ちている。その情報を知っているのなら戦力を出し惜しみ、知らぬと言うのなら情を以て教えるよう振る舞え」
「畏まりました」
「ただ、最終的にはこちらが渋々協力するように誘導しなさい。……可能だな?」
「善処します」
はっきり言ってセルヴ、ひいてはパール王国としては、ことがことなだけに最悪無償で防衛にあたっても良いと考えている。
しかし陛下曰く、その情報を齎したのはアーシェであり、彼等がアーシェに助力を求めるのならば、セルヴの裁量で判断して良いと言われた。
もちろんセルヴではなくパールや他国へ助力を求めた場合はその場にいる者に任せるが、彼女が頼られた時は国の顔を伺わなくて良いと仰せつかったのだ。
それを聞いた茜は考えた。
組合連合の優位性を落とし、三大国の優位性を上げるにはどうすれば良いか。それもできれば相手に気付かれず、相手の最大手を封じられる手段であればなお良い。
そうして試行錯誤をした結果、二、三の思案を思いつく。
「ご尊父様」
茜が彼の言葉を遮る。
「私、欲しいものがあるんですが」
「ほう」
行ってみろと彼は言い、茜は欲しいものを言葉にする。
彼は最初それが何なのか分からなかった。それの有用性が分からなかった。
何故ならそれは大国にはないものだからだ。しかし茜の意図するところが伝わったのか、話を聞いたミリアシルはにやりと笑い、茜の欲しいものへと興味を示す。
「確かに、それがあれば政をより効率的に行えるだろうな」
「はい。何故平民にそのようなものを作り出す技術があるのかは定かではありませんが、是非とも我々で管理したい技術であります」
「しかし連中がそう簡単に手放すか?」
「要は相手に不利益になると思われなければ良いのです。まず――」
二人はいつも以上ににこやかな表情で計画を練る。
こういう顔をしているときの茜は、大抵碌な事を考えていない。
アーシェは今までの彼女との付き合いからそれを察し、もしも領へのリスクが少しでもあるのなら、ミリアシルにも諫言しようと二人の会話を注意深く聞いていた。




