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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第三章 二つの防衛戦
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086.思ってた賢者と違う

前回の変更点で書き忘れてました。

《収納》と言う魔法の名称を全て《異嚢》へと変更しています。異空間のポケットという意味です。

 側近たちは近頃のアーシェが時折どことなく雰囲気を変えることに薄々気付いていた。

 特に三ヶ月前が顕著で、普段主人が毛嫌いするような、身体を動かしたりする動作も、苦しみながら手を付けていた。


 最初は成長したのだろうと考えていたのだが、一週間もすればさすがに分かる。

 しかし領主の命によりアーシェが外出を始めた頃から、その言動は鳴りをひそめ、その代わり現れたのが、あまりにも下々の文化に精通している一体の人形。


 下々というのは平民のことではなく貴族の文化なのだが、どちらにせよ城から出たことのないはずのアーシェがそんなことを知る機会があったとは思えない。

 ならば、主人は従者の知らない場所から情報を手に入れられる手段があるのかと考えたが、時折アーシェの側を離れるメリッサはまだしも、セリアとレオノーラ二人とも事情を知らないとなるとその線は怪しくなる。


 そこで側近たちが考えたのが以前アーシェが唐突に聞いてきた賢者の話だった。

 尤も、当時は冗談半分に話し合った結果なのでまさかこうして本当に賢者を紹介されるとは思っても見なかったのだが。


「そういう訳で賢者と呼ばれてはいるもののこの世の知識量では姫にすら及ばぬところがありますので、どうか異国からの来訪者として扱って頂けると幸いです」

「……幾つか宜しいでしょうか」

「国や領地の損益に関わること以外であれば」


 彼女たちからの質問は悉くが既に保護者たちと協議した内容だったので、何の滞りもなく返答することができた。

 質問の最初にアーシェの体調面を聞いてくるあたりやはり彼女は随分慕われているのだと改めて実感する。


「いつから姫様のお体に?」

「七月六日。ティーカップを落とした瞬間です」


 思えば彼女たちが知る中でアーシェが唯一他人の物を壊した瞬間だった。


 アーシェはセルヴ家の中では珍しく、根っからの貧乏性である。

 両親も、エリザベートも、祖父母たちですら時には豪遊することもあるのだが、一体誰に似たのだろうか。


 そんなアーシェが不慮の事故とは言えお気に入りのティーカップを壊してしまったことに当時の側近たちは大変驚いた。

 加えて壊してしまったことに対して大した衝撃を受けていないことにも衝撃を受けた。


「……確かに、賢者がいなければ、小国になんて行きませんよね」

「いえ、それは完全に姫と閣下の意志です。私は止めましたし、内務卿にも諌言しました」

「え?」


 茜は現在この世界の常識を学習中なので、魔法開発や発案ならともかく行動面における突拍子もない出来事は大抵アーシェが原因である。


 実は茜、先月の祈祷師救出策戦もそれとなくアーシェを諌める形で反対していた。

 それは万が一にも純粋なアーシェにあのような残虐な場面を見せたくなかったからであり、情操教育的に良くないと思ったからだ。


 茜的には親切心が半分と、もしもアーシェが非行少女に落ちてしまったら直接的な損害を被るのは茜であるため、その保険としての考えが半分だった。

 幸いにも異種間強姦は――アーシェの認識上では――未遂で終わり、茜にもアーシェにも視覚的拷問が成されることはなかったが、後数分遅ければひどい目に遭っていた彼女らを目撃する羽目になっていたかもしれない。


「賢者様と言えどもあまり発言力はないのですか?」

「茜が臆病だから忖度しているだけよ」


 茜の枢密顧問官としての権限や賢者としての地位を用いて強行をすれば、ミリアシルの決定を取りやめることはできずとも再考の機会を与える事くらいはできるだろう。

 しかし茜は知識や発想を与えるだけで常に決定権は他人に委ねていた。それは偏に彼女が賢く、小賢しいからだ。


 人は大きな社会の中で何かを決定したのなら必ず責任を問われることになる。

 しかし彼女はその責任を嫌い、発言するに留めていた。

 本当に危ない橋を渡るときには、発言すらせず、それとなく言外に伝えることで相手に気付かせるという手法を取るほどに小賢しい真似をする。


 凡人が集う会議ならば大抵の場合場を乱すだけの発言で終わるのだが、茜の周りには古今往来化け者たちが集まっていた。

 ミリアシルや他の顧問官たちもそうだ。揃いも揃って切れ者揃い。故に茜は怠けて逃げて、陰に隠れる。


 遠い昔、占い好きの研究員に人相で性格診断なるものを勧められて暇だったのでやってみたところ、診断結果は「自分と同等以上の能力を持った人間が側にいる場合、その人数に応じて発揮する能力が割られていく性格」と言われた。


 それが合っているのか間違っているのかは定かではないが、確かに全てにおいて自分より優秀な人間が側にいるのであれば、自分は半分未満の成績で良いのではないかと思わないでもない。

 もちろん物事はそう単純ではないし、仮に茜が上司であれば二倍以上の業績にしろというかも知れないので、そんな理由で怠けたりはしないだろう。


「権力を持ったからこそ自制する心を培わなければ、癇癪を起こす子どもより質が悪いと思わない?」

「騙されないわよ。貴女はもう自制心を育む必要はないじゃない」

「あの、姫様。賢者様にそのような口をきかれては……」


 ――あら?


 ミリアシルもアーシェも茜の存在を知っても一切態度を変えなかったので特に気には留めていなかったのだが、これこそが賢者に対する接し方なのだろうか。

 夫人二人は最初こそ茜を上位の存在と見ていたが、二回目に話した時には既に物怖じすることなく接していたはずだ。


「公室の方々と比べられても困ります!」


 領主も、奥方も、大姉院も、三人とは経験の質も量を比較にならないほど積んでおり、賢者に意見をするという大胆不敵な行動を確固たる意志を以て行える。

 時に自らの命を賭して発言する行動力はまだまだ新米の二人には決してできない行いだった。


「閣下は姫様と同じく五歳の頃から先代の仕事を見ていたと聞きますし、公妃様方も幼い頃からの経験の積み重ねがそうさせているのです」

「わたくしたちが賢者様に意見できるはずがありません」

「ふむ」


 その回答こそ意見なのだが、きっと意識的にすることは出来ないのだろう。

 ただでさえアーシェと言う権力の権化と対峙しているのに、これ以上アーシェ――正確にはアーシェの中にいる茜――に不要な権力が増えてしまえば古参従者と言えども諫めることが難しくなるのだろう。


 いくら持ち主が聖人君子であろうとも権力とは必ずしも自身と身の回りに良い影響ばかりを与えるとは限らない。

 力とは時に壁となり、溝となり、保有者を周囲の世界から隔絶する。


 その点彼女らは領主の娘であり、次期当主筆頭候補であるアーシェとの距離感を良い具合に掴めている。


 恐らくこの事態を見越してずいぶん前に三人で話し合い、こうなった時のために予想と対策を立てていたのだろう。

 それは主人を一人にしないため、主人を孤独に追いやらないための彼女らなりの思いやりなのかも知れない。


「ところで私が姫のことを名前で呼ぶと、貴女方は怒りますか?」

「いえ……思うところはありますが、賢者様ほどの地位であれば、公姫をお名前でお呼びすることは間違っていません。むしろ公の場では推奨されるでしょう」


 ――賢者ってどのくらい偉いの?

 ――詳しくは知らないけれど平民よりは偉いはずよ。


 メリッサ曰く、枢密顧問官は常設大臣相当の官位を所持しているので、今までの功績を一切考慮しなければミリアシルにも匹敵するのだとか。


 故に敬称は閣下なのだが、はて、そんなこと誰にも呼ばれたことがない。


 ミリアシルからは呼び捨てであるし、夫人たちやエリザベートからは様で呼ばれている。

 この世界の「様」は多少の開きはあるものの、前世で言うところの「さん」と大して変わらない。貴族は階級に関わらず相手を様付けで呼び、公族など隔絶された地位に立つ者については名前を呼ばない文化がある。

 であれば茜も賢者様や、閣下と言われるのだろうか。


「……そう言えば昔まだ文化をまったく知らなかった頃、名前で呼んでくださいみたいなこと言った気がする」

「自業自得じゃない」


 賢者とか言う大それた称号で呼ばれることに羞恥心を覚えた当時の茜は、確かに彼女らに名前で呼ぶようお願いした。


 何も言い返せなくなった茜と呆れ返るアーシェ。そんな二人を遠目に見ながら、いつもとは違う主人の姿に驚愕していた。


 二人は心を通わせ合っている。

 互いに互いを信頼し合い、それこそ軽口がたたけるほどに親密な距離感で言葉を紡ぎ、楽しげな雰囲気を醸し出している。


 彼女たちは公爵家の姫であるアーシェと対等な立場になれる者なんて、もうこの世のどこにもいないと思っていた。

 しかし、言葉通り天からの授かり物を受け取ったアーシェには加藤茜という賢者は唯一無二の存在となるだろう。


 地位にも、名誉にも、富にも興味がない茜はアーシェによく似ており、マルティナとは違った形での親友となり得るだろう。

 マルティナはウリナトル侯爵家というセルヴ派閥の家柄上、どうしてもアーシェと明確な上下関係が生まれてしまう。


 それは今はまだ自覚がなくとも、きっと数年後には周囲の人間に諫められ、否応なくアーシェとの差を体感してしまうだろう。

 しかし、茜は違う。現時点で枢密顧問官としてミリアシルの横に立ち、アーシェに降臨した賢者として側に寄り添い、一生を共に過ごせる人間なんてこの機を逃せば二度と手に入らないだろう。


 アーシェより地位の高い人物はそう多くない。

 加えて、生涯アーシェ以上の地位に居座り続けられる人間は更に限られてくる。

 その事も相まって、この二人の関係はまさに奇跡と呼んで差し支えがない。それ故に、アーシェの忠臣三人は打ち合わせをするでもなく、この二人の仲を留めておくにはどうするべきか、共通の最適解を導き出した。


 それは無論、アーシェを公爵に押し上げることだった。

 対等の存在。それは彼女にとって何よりも尊きものであり、掛け替えのないものだ。


 茜の言葉に恥じらいながらも嬉しく笑う主人を目にし、何としてでも成し遂げようと画策する三人の瞳には熱い決意と野望が揺らめいていた。



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