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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第三章 二つの防衛戦
85/197

085.永久の契

ご無沙汰しております。第三章スタートです。


以下話数分割作業における設定変更点。

・陪臣貴族(公族以外の領内貴族)の階級は浄明正直なのですが、明階貴族だけすっぽり抜けていたので修正。

・セルヴィスの面積の変更。

・分割において一部時系列の変更。

・漢数字の表記の統一化。

「参加者は十人」→「参加者は一〇人」

「三六十日」→「三六〇日」

「三百名」→「三〇〇名」

 ただし三〇〇〇のように最後が〇三つ以上で終わる場合は千、万を使用します。

・その他誤字脱字、表現方法の変更。

これらはすべて大筋とはあまり関係ありません。


 清々しい朝。

 初冬初日の城は、公族も城の従者も忙しさのあまり声にならない悲鳴を上げていた。


「各貴族収容。現在集計中ですが、残り三〇〇名弱です」

「欠席報告者七七九名。うち七四八名は期日前奉納済みです」

「体調不良者一三名出ております。現在自己申告した方々は医務棟へ誘導。未成年には保護者一名が付き添うよう指示を出していますが、未だ余裕はあります」

「続報入りました。未処を理含め、全貴族の登城を確認。現在集計漏れがないか確認中です」


 四半期に一回ある奉納式。

 その奉納式の後半戦である奉還の儀は城内を開放し、セルヴ領に住まう全ての貴族が一堂に会し、己が力を神へと還す儀式を行う。


 対象は学院に入学した以上の貴族全員。

 冬の奉納式は毎年学院卒業前の子どもも参加義務があり、その他三期の儀式よりも三千人ばかり多くなっている。さらにそのうちの三〇〇人以上が初参加であり、やはりどうしても人気にあてられたりして体調不良を来す者が出て来てしまう。


 生まれてくる貴族は基本的に病弱だったり、先天性色素欠乏症だったりする者が多い。


 それは貴族の婚姻に深く関係している。

 この国、いや、この世界では()()()()()()が結婚するというのはあまり珍しいことではない。例を挙げるならアーシェの両親、ミリアシルとエルミニクはまさにその関係であり、アーシェの曾祖父母の一組は、同じ人物であるのだ。


 王定法により、血縁者は四親等からの婚姻を認めている。

 それは魔力を持つ者の宿命故に、子を成せる相手が非常に限られることが原因である。


 言ってしまえば、父母子女兄弟姉妹で波長が合わないことは滅多になく、それに近しければ近しいほど子を産める可能性が高くなるのだ。

 加えて高貴なる血を保持するのにも、近親婚は都合が良い。貴族には家ごとに異なるしきたりがある場合もあり、勝手知ったる一族内で婚姻を結べるのならばそれに越したことはないと考える者は多い。


 この国では茜の世界ほど医学が発展してはいないものの、近親婚をした場合、遺伝子疾患を持った子どもが生まれやすくなる事例を経験則として、あるいは統計学的に認知していた。

 しかし魔法で補えるような少しばかりの健康を犠牲にして、才能と純血、そして何より上質な魔力を後世に残せるのであれば彼等は迷うことなくそちらを選ぶ。


 そうして生まれるのがアーシェやマルティナのような才能の代償に何かしらの病を患った子どもだ。


 ――水子病の蔓延も碌な免疫を獲得していなかったからなのでは?

 ――もしもそうならば、今後は領地間の婚姻も推奨しなければならないわね。


「御御扇麗しゅう存じます」

「ご機嫌麗しゅう存じます」


 各家々の当主たちと挨拶をする。

 ただ、公爵領に籍を置く貴族の家は四六四家。内訳、浄階二三、明階六八、正階一一八、直階三一〇家だ。

 家長一人一人と挨拶していたら、一人一分だとしても八時間以上かかってしまうため、三〇人ほどでまとまって挨拶をする。


 多くの当主らはその派閥内で纏まることが多く、真っ先に挨拶してきたのはやはりアーシェの派閥の者たちだ。


 セルヴ公爵領には二つの派閥が存在する。いや、正確にはあるときまでは二つの派閥が存在していた。

 アーシェリット派閥とジルヴェスター派閥だ。しかし、アーシェが一族四半期会議に参加し、枢密院に呼ばれ、女王陛下に認められた時点で彼の派閥は半壊状態だった。


 前者ならばまだ良いが、後者、それも絶対者である女王陛下に名と顔を覚えられ、正式に枢密院会議に参加したのであれば、もはや領内派閥がどれだけ騒ごうともジルへの世襲は絶望的だった。

 そこでジル派閥の者らはアーシェを領主に据えてジルをセルヴ商会統括へ押し上げ、その後派閥に与する家々が抱えている商会との取り引きを贔屓にして貰おうという思惑があった。


 しかし、商会統括の候補はジルだけではない。

 圧倒的な才能を誇るアーシェが商会を継ぐのであればその才能に勝てる者はいないとされ、ジルが領主となりアーシェが商会を率いる事が決定する。

 しかしアーシェが領主となる場合、未だ常識的な範囲内でしか才能を発揮していないジルよりもエリザベートの子の方が年齢的な都合上候補としては有力であった。


 それ故に、ジルが領主になれないと分かった時点で一部の家が派閥を抜け、エリザベートの子息を次期商会統括へ据える行動を見せたのだ。

 加えてその派閥を後押ししているのはアーシェ派閥の中でもジルをアーシェと対比してしか見ることができない過激派。


 二人は何かと比較されることが多く、有能すぎる姉に対してただの秀才であるジルは近くにいるが故に見劣りすると見なされ、アーシェ派閥からはあまり良い印象を受けていなかった。


「姫殿下。継承権第一位の御座、大変おめでたく存じ上げます」

「ありがとう存じます。閣下は既に祈祷に入られていますので、お急ぎくださいませ」


 誰も彼もが同じ台詞でアーシェにおべっかを使い、家名を強調してはどうぞご贔屓にと胡麻を擂る。


 この場には、学院入学前の貴族はいない。

 公都セルヴィス以外に本家を構えている貴族は、今回の奉納式から全ての未成年貴族の住居を公都内に移すようお達しが出ていたが、未だに神典のなんたるかも学んでいない入学前の貴族は魔力もまだまだ未熟なため、大人たちに付いて来られず自宅で待機している。


 貴族は領主に申請を出し、様々な審査を通れば地方区の自治権が与えられるのだ。

 貴族の中でも特に力を持った家のみの特権であるが、その家の傘下たる貴族たちも含めれば少なくない数の貴族がセルヴィスの外に家を構えている。


 ただ平時であれば五歳までは学院前の子どもも本家の方で過ごす風潮があるのだが、本日からは全ての子どもが公都で過ごすことになった。

 そのため一家が総出で公都に移住するところも多く出ており、地方自治が滞る可能性のある地域は要請があった場合、城から三官を遣わすとミリアシルは言っていた。


 因みに学院前の子どもで奉還の儀に参加しているのは現時点ではアーシェのみである。

 それは公族の義務であり、アーシェと茜にとっては魔力を思う存分放出できる権利でもあった。


 最後の貴族の挨拶を終えるとアーシェは公族専用の休憩室に退散した。

 貴族をあしらうのには慣れたものだが、それでも数百の大人たちの話を聞くことはアーシェの体力的には厳しいところがある。

 来る奉還の儀に支障を来すと判断したセリアが椅子を用意してアーシェを座らせ、途中からはいつもの目線よりも高い位置で対応した。


「二回目とは言え、やはり疲れますね」

「前回は人気に酔って途中退室してしまいましたから、それに比べればめざましい進歩です」


 前回の奉納式の時には茜はまだこの世界に生まれ落ちていなかった。

 この三ヶ月で随分変わったものだ。茜が来てからと言うもの、アーシェの世界は彩りに溢れ、広く、美しくなっていく。

 もちろんその彩りの中には、顔をしかめるような光景も幾つもあった。しかしそれを含めても、今までの五年間と、この三ヶ月は比較にならないほどの目まぐるしい変化を続けている。


「……メリッサ。レオノーラ」

「御前に」

「側近三人以外は退出して下さいませ」

「御心のままに」


 今までとは少し声色が違うアーシェに何かを察し、二人は佇まいを正して次の言葉を待った。

 消音魔法や施錠の決壊を幾重にも張り、完全な密室を作り出したアーシェはセリアと、何処からともなく現れたルーラシオを侍らせて、二人へと対峙する。


「今から話すことは筆頭、そしてそれに準じる資格を有している者のみにしかお話しできません。……二人は、今後わたくしの側近を続けてゆく覚悟はありまして?」


 筆頭の資格とは、主人か自身の命が尽きるまで永久に仕えることを誓った従者のことである。主人に誓い、神に誓い、魔法と忠誠心によって縛られた従者は主君から絶大の信頼を寄せられる。


 現在アーシェの筆頭従者はセリアのみである。

 筆頭を据えることができるのは三官ごとに一人まで。つまり今の二人はその枠を最大限に活用してまで迎え入れようとアーシェに判断させるほど信頼を勝ち取っていた。


 神に誓い合った筆頭従者と主人は領主の権限を持ってしても簡単に引き剥がすことができない。

 唯一の例外は領地と国に多大な不利益を与える可能性があると領主と君主が判断した場合のみであり、前例は非常に少ないものとなっていた。


「わたくしは、既に姫様の御心に適うよう、覚悟は出来ております」

「同じく、初めて謁見したその日から、わたくしの心は姫様と共にあります」

「そう。後戻りは出来ないけど、本当に良いのね」


 静かに頷いた二人は、瞳を閉じて合掌をする。


「天高く浩々たる三輪国に御座し給うは契神」

「畏み畏み申し賜く」

「かけまくも畏き風神の配神よ」

「身共の祈ぎ事を聞こえ返し給へ」

「吾人は属する者。吾人は忠を尽くす者」

「敬愛なる主人に更なる忠誠を誓い」

「敬愛なる主君に身も心を捧げる振る舞いの冥加を与え給へ」


 二人から可視化されるほどの魔力が溢れ出し、天へと穿つ魔力の柱からは細い糸が幾重にも連なりアーシェの周りを取り囲んだ。


 二人の魔力が互いに足りない部分を補い合い、純白に光る繭を形成する。

 アーシェはその内で繭に触れ、純然たる魔力を操作して一つの祈りを唱えた。


「《奉上の誓い/御霊を結べ》」


 繭が胸元へと収束し、一点に収まった魔力は二人の側近に糸を伸ばして心臓のすぐ横の、幻臓同士に絡みつく。

 すると二人が急に苦い表情を曝し、脂汗が額に浮かぶが、二人は苦痛に耐えて姿勢を崩さない。


 その痛みは一瞬だった。

 激痛に耐えた二人を待っていたのはアーシェとの確かなる繋がり。今までは職務上の繋がりだけだったのもが、今では心が同化したかのような理解を感じられる。

 快楽にも優る心地よさを理性で制し、顔を上げた二人は驚愕する。


 側近の職務上今までアーシェの素顔を毎日見てきたが、今の彼女はいつもとは比較にならないほど魅力的に見える。

 深層心理から渇望し、全身の細胞が彼女を欲する感情は二人の心を大いに乱した。


「……大丈夫?」

「え、えぇ。もちろん大丈夫でございます」


 二人が急にもだえ始めたところで声をかけるが、アーシェには何故彼女らが苦しんでいるのかが分からない。

 取り敢えず二人が大丈夫と言っているのなら大丈夫なのだろうが、奉上の誓いをした者は皆が皆、顔が紅潮するほどの熱を出すのだろうか。


 セリアがアーシェの筆頭扈従になったときにはアーシェはまだ生まれたばかりで、ミリアシルを仲介して魔法を発動させたのだが、セリアもそのとき熱を出したのだろうか。

 そんな事を考えながら、アーシェは話を先に進めた。


「この度二人に契約を結んで貰ったのは他でもありません。紹介したい人物がいるからです」


 普段、周囲に他人がいないときにはアーシェは側近たちに対して丁寧語は使わない。

 そんなアーシェが態度を改め紹介する相手は一体どんな人物なのだろうかと、側近たちは部屋の扉に注意を払った。


「紹介したい人物はわたくし……いえ、私です。見せた方が早いでしょう」


 そうしてアーシェは魔法の呪文を唱え、漆黒の髪と瞳を持った人形が姿を現した。



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