表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
82/197

082.陰謀?

 部下たちへの通達を終えたアーシェは、獣車を走らせ屋敷を出る。向かうはもちろん冒険者組合だ。

 今この場には側近三人衆はいない。いくらアーシェが大切だからとは言え、彼女たちも制限の対象である。加えて今カスタレアにいるアーシェは人形であり、本体は自室で絵画の勉強をしているので、彼女たちはそちらの方が優先なのである。


 今彼女の側にいる護衛はあくまで体制を整えるためのものであり、最低限の仕事が出来る三官と、彼女の護衛として十分な力を持っている武官で事足りるのだ。


 組合会館に着き、中へ入ると、いつもと違う風景が飛び込んできた。

 普段この時間であれば組合館は人の出入りが少ないはずだった。出入りが少ないと言っても閑散としている訳ではない。開いている窓口はそれほど多くはなく、しかし受付嬢と長話をしていても、特に苦情は来ない程度の混み具合だ。

 茜調べによると、混雑ピーク時はやはり夜明けの依頼更新時。そこから一時間ほど混雑状態が続き、次に多いのが夕暮れ時である。


 それが今は二人並んで歩けないほどの人集り。アーシェたちは人の壁を掻い潜って、比較的空いている場所付近の窓口へたどり着いた。


「ご機嫌麗しゅう存じます。少しお時間を宜しいでしょうか」

「あっ、はい。ダリラさんですね。少々お待ちください」


 ここでもやはり顔パスならぬ仮面パスだ。

 もはやダリラ嬢がアーシェ専属の担当者であるかの如き対応は、好感度が上がり、ある種の信頼を得ているのか、それとも厄介な客として上司に丸投げされているのか、判断に困るところである。

 まあ高確率で後者なのだろうが。


 アーシェは受付嬢たちの顔を覚えていない。と言うよりも判別できない。

 アーシェたち貴族は、生物から放たれる音や光を観測するとき、同時に魔力の波長も受信しているらしく、物理的な五感は補助機構であり、魔法的手法によって個を認識しているらしい。


 それ故に、彼等は魔物であろうと、何なら魔力が高ければ植物だって個体を判別できる。

 しかし、平民が無意識に放つ魔力では、アーシェが極限にまで抑えた無意識結界を突破することすら適わず、今まで魔力に頼っていたアーシェでは、茜や部下の力を借りなければ個人の識別が非常に困難なのである。

 セリアたちは領主の娘の側近になると決まった日から、そういう訓練を受けているので問題はないらしい。


 程なくしてダリラがやってくる。少しばかり表情に陰りが見えるのは疲労のせいか、目の下には僅かながら隈が現れていた。


「もうそんな時間でしたか。おはようございます。お嬢様」

「ご機嫌麗しゅう存じます」


 どうやら彼女は昨晩の襲撃以来対応にかり出され、一睡もしていなかったらしい。


 冒険者組合職員の出勤時間は平均十二時間勤務。

 平均というのは、基本的に日の出から日没までの早番と、日没から明日の日の出までの遅番で決められているからだ。早番の職員は夏が最も辛く、遅番は冬が最も辛い。出勤時間的にも、気温的にも。


 受付嬢ダリラは早番組である。

 そして昨夜は御天道様に陰りが見え、もうすぐ仕事が終わると思った矢先に襲撃事件だ。

 もちろん緊急事態につき帰れるはずもなく、上長責任として冒険者から上がってくる要領を得ない報告を基に、状況把握や消化指示、原因追及、犯人特定などなど、事態の収拾を図っていた。


 ベテランの受付嬢は、いわばベテランの翻訳家だ。

 語彙力と整理能力がなく、状況を言葉で正確に説明できない冒険者たちの言葉を聞き、上に報告できる程度に脳内整理を施して確認を行う。


 例えばどこで火災が起きているのですかと問えば、あっちだと指を指される。

 その時点で脳内地図を展開し、冒険者組合館からその方角へと範囲を絞り、外壁との中間あたりの冒険者が利用しそうな施設を順に絞ってゆき、それより近い、それより遠いで応答する。


 けが人はいましたかと問えば、そこそこと答えられる。

 時には数が数えられない者もいるので、今この場にいる人数より多いか少ないか、半分ならどうだと情報を集めていく。

 そしてそれらの情報を頭の中で整理し、上司に伝えたり、時には書類にまとめたりするのだ。


「わざわざこの日に事件を起こされたのは幸か不幸か……」

「本日は何かあるのでしょうか?」

「え? あぁ……」


 お嬢様はご存知なくても仕方がないですねと余計な一言が告げられ、今日は何の日か答えられた。


 今日は大量の冒険者が一斉にローズクォーツに旅立つ日だったのだ。正確には、正式にローズクォーツへ出陣宣言を下す日であり、冒険者組合本部長と組合連合本部長が直々に演説をする日だった。


 組合連合は連合加盟国が担当の場合に限り、ローズクォーツへの大規模遠征を実施する。

 その際は例年冒険者組合本部長が指揮を執り、大量の冒険者を率いてローズクォーツまで南下するのだが、途中にある各支部からも派遣を集め、最終的には戊級以上の冒険者が二千に届く勢いで集結するらしい。


 二千人もの大群を統率できるのかと疑問を抱いていると、どうやら細かく指揮を執ることはないらしく、基本的にあちらで依頼を出して、各々の班が各自討伐を行うものだそうだ。


「では、あと一日襲撃が遅ければ対応が遅れていたのね。不幸中の幸いと言えるのではないでしょうか」

「それはそうなのですが、出発が一日延期になったことにより、その処理手続きやらが面倒で」


 特に今日出発しようとして、意気込んでいた冒険者や商人たちを宥めるのが大変らしい。

 派閥の長や最上位の冒険者たちに協力を仰ぎ、何とか不満を抑えて貰っているが、やはり一日の遅れは様々な場所で混乱を引き起こすらしい。

 特に同時に遠征依頼を受けていたりすると、依頼者と冒険者の間で調整が必要だし、今日を見越して宿を既に引き払っている冒険者もいたと言う。


 昨夜の襲撃者たちがどこの手のものかは未だ掴めていないが、組合は彼等が襲撃した目的の一つとして、ローズクォーツ遠征を遅らせ、混乱を招く目的も合ったのではないかと踏んでいる。


 それ故に、遠征遅延は一日に留め、冒険者組合と連合本部の連携を確固たるものとした後に、出陣する。遠征から帰ってきたら、本部が大惨事になっていたなどとなれば目も当てられない。


 今この場にいる上位冒険者たちは、一日延期することを知ってはいるが、他に何もやることがないので、取り敢えず組合館に来たという者たちらしい。


 普段はつるまないような冒険者たちも、どうせ暇なのだからと会館内でたむろし、意気投合した者たちから居酒屋へ移動する。

 朝っぱらから飲酒とは如何なものかとは思うが、そうでもしなければ冒険者なんてやっていられないのかと思うと、少しばかりの同情の余地はあった。


「実行犯は捕らえたのですか?」

「……えぇ、一応」


 若干の謎の間があったが、犯人が捕らえられたのは重畳だ。


「それは何よりです。実は大使館関係者から聞いたのですが、先日は神殿にも被害がありまして、もし可能でしたら大使館からも一人尋問官を付けたいと仰っていましたので、今頃は連合本部に掛け合っている頃かと」

「あー、それはちょっと無理だと思います」


 ダリラから衝撃の事実が告げられる。

 どうやら捕らえた実行犯は全員が悉く命を落としており、生存者は一人もいないのだとか。彼等は昨夜、その場に居合わせた一部の冒険者と戦闘になり、時に切り捨てられ、時に取り押さえられ、比較的短時間で暴動の鎮圧が完了された。


 切り捨てられた者はその場で命を落とすことになったが、実力差の開きが顕著な冒険者に組み伏せられた実行犯は、その後、物の見事に昏倒させられ、牢屋に入れられた。


 すぐにでも尋問を始めても良かったのだが、事態の収拾と冒険者の派遣を優先すべきという上層部の判断によって、本格的な尋問は明日改めてということになった。

 上層部の判断は普段であれば間違いではない。大防壁より外側に生息している魔物の間引きは、他の何よりも大切なことであり、あの場が突破されたら街一つの暴動では済まなくなる。


 しかし通常であれば妥当だと判断されるその決断も、今回に限っては完全に裏目に出てしまったと言うことだ。


「……然様でございますか」

「ところで、お嬢様は何かご用があったのではないですか?」

「えぇ。その、昨晩のこともあり、護衛が随分警戒してしまいまして、しばらくの間依頼が受けられないかも知れないのです」


 今までは、壁外の依頼は危険だと言われ避けてきたが、ついには屋敷の外すら危険と言われるようになった。

 それを聞いたダリラは一瞬何を言われているのか分からず、硬直する。


 長く受付嬢をしているが、これほどまでに過保護に守られた冒険者は見たことがなかった。

 貴族の御曹司を見たことは何度だってある。しかし彼等は皆自信家で、自己愛が強く、そして自己顕示欲も高い者たちばかりだった。


 数日前のルーディはまさにその代表例と言え、普段は爵位なんて関係ないときれい事を言っているが、いざ危なくなれば自らの地位を振りかざし、他者を黙らせる典型的な外面貴族だ。


 その点アーシェは自身が持つ価値観の芯を曲げず、常に絶対的な基準を以て物事を判断するため、外面だけが良い貴族のボンボンよりも好感が持てる。

 あくまで貴族と平民。その立場さえ守っていれば無理難題を強いることもなく、時には自らの非を認めて潔く謝罪もする。


 今までダリラは、貴族が頭を下げるのは同じ身分か、それ以上の者に対してのみかと思っていた。しかしそれは小国貴族の価値観であり、大国貴族ではどうやら違うようだ。


「お嬢様の場合、三週間依頼を受けていないと冒険者の身分は一時凍結されますが、宜しいですか?」

「お金を払えば活動を再開できるのですよね」

「はい。同じ場所からやり直せますので、活動再開時にはまたよろしくお願いします」


 特に何事もなく、トントン拍子で話が進む。

 この一ヶ月毎日のように会っているとは言え、アーシェとダリラの関係は所詮数いる冒険者と数いる受付嬢の関係だ。


 双方共に名残惜しさは感じない。ただ、新人バイトが一ヶ月で休業すれば、印象は随分悪いものとなるだろう。

 茜にとってその事だけが心残りと言えば心残りなのだが、こればかりは仕方がないと割り切るしかない。


 アーシェは言伝を済ますとまっすぐ出口に向かい、冒険者組合を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ