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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
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080.何も見ていなかった

 今回の議題はもう一つある。

 それはアーシェのもう一つの報告、小鬼についてだ。


 小鬼の件に関して、陛下たちはアーシェの功績に対して今まで以上の反応を見せた。ミリアシル曰く、小鬼の子は母体となる生き物の魔力によって強さが変わるらしい。平民程度の魔力で子が生まれるのなら大した力は発揮しないが、もしもアーシェが助けずにそのまま祈祷師たちが苗床になっていたら、相当強力な小鬼が生まれていただろう。

 その母体がいる限り、強力な魔法を扱う小鬼が生まれ続けるのだ。その脅威を事前に取り払い、さらには無傷で救出してくれたアーシェの功績は褒美に値する。


 ただ、アーシェの報告により一つの残酷な予測が見えてしまった。それは敵が意図的に小鬼を増殖させている可能性だ。


「確かにそれならば、平民の軍よりも脅威ではあるが……」


 アーシェの報告が正しければ小鬼が発生した場所は内部も内部、それも魔物の討伐を生業とした冒険者の本部がある貿易都市の真南である。発見され次第報告、討伐が徹底されるのであれば、戦力を整えてもすぐに殲滅されるだろう。

 それに過去一度たりとも、小鬼を飼育できたという報告なんて聞いたことがない。いくら学のない平民だからと言っても、自らを窮地に立たせるようなことをするだろうか。むしろ組合連合が打撃を受けて得をするのは組合連合の恩恵を受けていない大国だ。

 小国は大国傘下の国でない限り、あらゆる国が冒険者の恩恵を受けている。あれだけの規模の小鬼では、たとえ殲滅に成功したとしても、相応の犠牲を払うことになるだろう。それは小国にとって大きな痛手になるのではないだろうか。


「……もしくは実験でしょうか」

「実験?」

「はい」


 茜は前々から引っかかっていた。我等貴族は神殿関係者が魔石に魔法を込められない事を知っており、それを前提に敵の動向を探ろうとしていたが、茜は祈祷師が祈り以外の魔法を扱えないと言う事実を聞かされるまで、当然そんなことは知らなかった。

 では現在世界中を暗躍している敵は、はたしてこの事実を知っていたのだろうか。


 平民は魔法を使えない。故に魔法には原理が異なるものが存在することを、体感することができない。加えて魔法を扱えない平民にその事実を教え込もうとするのなら、懇切丁寧に教える必要があり、そんな機会を彼等が持ち得られたとは考え難い。

 魔法を使えないと言っても、いつも怪我を治してくれるではないかといわれるのではないか。


 大国貴族にとっては常識的なことなのだろう。それも領主となれば、アーシェのように幼いときから肉体機能の一部のように魔法を扱えてもおかしくはない。

 それに対して茜は魔法という物の存在を知ってから二ヶ月しか経っていない。ようやく馴染めてきたとは言え、まだまだ未知なる現象であり、生活に根付いている彼等より、『何故』をもって観測することができる。


 ――それで結局のところ、誰が敵と思っているのよ。

 ――そんなの分からないよ。


 リスクを考慮しないのであれば、全ての国が大国相手に喧嘩を売る動機はある。大国からしてみれば、人間の領域の外から溢れ出る魔物の脅威から、内部の人間を守っているのだが、小国からしてみれば魔力が豊富な土地を独占しているように見られているようだった。

 茜が人形を使って組合の職員から意識調査を取ったところ、何故大国の貴族たちは、頑なに冒険者組合を受け入れないのかと嘆いていた。害する気は無く、ただ人類のために手を取り合って魔物を倒そうと思っているだけなのだと。


 まずその時点で魔物に対しての見解に相違があるのだが、そもそも大国貴族たちが戦っている外界の魔物は、内界の魔物とは比べものにならない強さを持っている。アーシェは直接彼等の戦闘を見たわけでは無いのだが、レオノーラ曰く、飛行手段のない兵士はどうやって魔法障壁を展開した空飛ぶ魔物を打ち落とす気なのだろうか、と。


 組合連合は大国の戦力が落ちれば、冒険者組合が本国までは行かずとも、属国辺りになら手を伸ばせるかも知れない。

 本国の戦力が落ちれば、もしくは本国に危機が迫っているのなら、比較的危険度が低い属国から武官たちが召還され、属国らは自らの兵力を以て魔物の警戒にあたる事になる。属国は大国の意向により兵力を治安維持のためにのみ使用しており、突然国土全てを自衛せよと言われて出来るものではない。

 戦力が足りず、宗主国からの増援も見込めないのであれば、苦肉の策として組合連合を誘致する可能性も十分にあり得る。


 ただでさえパールの属国の一つ、ヒスイ王国の中には組合連合を誘致すると狂言を吐く人物もいるというのに、もしもこのまま一般貴族だけで無く、最小限の官吏を残して一斉帰国しようものなら、間違いなく戦力不足を理由に組合を聘徴(へいちょう)する動きが始まるだろう。


 以上の二つに対して、比較的理由が少ないのはやはり大国同士の抗争だ。

 一応大陸の覇権を争うなどのことを思索してはみたのだが、宗教の思想上あまり考えられない。強いて挙げるのなら全魔力を己が国に取り込んで、全部神に奉納すれば限りなく神に近い存在になれるかも知れないと言う説だが、あまりにも馬鹿らしくて考えるのをやめた。


 領主にしてもそうだ。男爵領の更に下位ともなれば落ち目も落ち目、もはやアーシェも何をやっているのかよく知らない領地もあるが、少なくとも自分の首を絞めるような愚か者はいない。

 そもそも本当に愚か者であれば王権により領主の世襲を防ぐ事もでき、最悪他の公族を据える事もできる。過去に何度か公族の入れ替わりは起きており、セルヴ家の分家が輩出した事もあるため、今後そのような事態も起こる可能性は否定できないだろう。


「クレイク候……いや、アーシェ」

「……お父様?」


 今は会議中だというのにミリアシルから愛称で呼ばれたアーシェは、何か不穏な空気を感じ取り、改めて姿勢を整える。


「小鬼の早期発見は賞賛に値する。しかし、その情報を彼の地にて部外者に伝える事を禁ずる」

「……理由をお伺いしても?」


 アーシェはあの場にはいなかった。彼女は襲撃に気付いた時点でまっすぐ屋敷に帰り、そのまま屋敷に籠もって防衛戦に備えていた。それなのに夜の南森の情報を掴んでいる事は不自然であり、自ら暗部の存在を示唆しているようなものだ。人形の魔法も敵かも知れない相手に話すわけにはいかない。

 助けた二人を他の祈祷師から隔離したのもそのためだ。神殿関係者の中で小鬼が発生した事実を知るのは二人のみ。今なら彼女らに箝口令を敷いて口封じする事で、アーシェの秘密は守られる。


「……では万が一市内に小鬼が潜り込んでも、祈祷師を見捨てろと?」

「まさか。其方に付けた護衛から女官を帰国させ、しばらくの間は男を派遣し防衛を図るつもりだ。無論其方本人の渡りも禁ずる」


 ――つまりは人形なら行って良いってことだね。

 ――……揚げ足取りね。

 ――父君の思惑の範疇だよ。


 しかしどうしたものか。アーシェの姿ならば動きやすいが、護衛を連れて出歩かなくてはならない分、側近三人衆を連れない状態での団体行動が要求される。しかし適当に作った身体で出歩けば、アーシェとして培われた信用は使えない。

 一応茜が独自で培った信用もあるにはあるのだが、アレは少し毛色が違うので、あまり無茶なことはしたくない。


「では神祇大副にもそのように?」

「あぁ。ただしカスタレア駐在の大使には伝えて構わん」

「こちらからも指示を出すが、一週間ほどはかかるだろう」


 大使に関しては外務省の管轄である。そのため大使に連絡を入れる場合は外務省所属の使者を使うか、軍務省に依頼して通信兵を借りるかなどするのだが、いずれも陸地で移動しなければならず、どうしても時間がかかる。


 内務卿の指示と、自身が顧問官であるという点から外務郷に見逃されてはいるが、本来アーシェがしていることは出入国管理的に完全に違法行為であり、彼女は一応、書類上は一ヶ月前からカスタレアに居続けていることになっている。そのため彼女が帰国しようと思うのであれば、一ヶ月かけて来た道を戻らねばならない。

 尤も、アーシェが所持している外交旅券は所持しているだけで検査が免除されるので、それを用いれば然したる問題は起こらないのだが、そのような特権は時と場所を選ばねば諸刃の剣となり得るのだ。


 小鬼の件がある以上、アーシェ本体はもうあの場へ行くことが出来なくなった。

 引き続き情報収集を兼ねて人形で活動を行うか、諦めて祈祷師たちの召還と併せて帰還するか選ぶにしても、早い内に判断しなければ後手に回ってしまうことになるだろう。


 己の無力さを胸に秘め、アーシェは残る議題に取りかかった。



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