079.直接言うのが一番
人形を消し、アーシェは目の前の景色に集中する。
現在アーシェが居るのは枢密院会議室。
枢密院会議室は、アーシェですら正確な位置を知らされていない。王城の中のどこかというのは分かっているのだが、王城にてアーシェのためだけに用意された個室に入り、その部屋にある魔法陣から転移すると、会議室へ繋がるフラスコのような形をした部屋に出る。
魔法陣の性質上、一対で動作するため、フラスコの丸い部分にはそれぞれの役名――アーシェの場合は『クレイク』――が書かれた札が置いており、その魔法陣に入ることで個室へ帰還できるのだ。
実はこの札、アーシェが着任と同時に認めた、直筆サインである。
彼女が女王陛下に与えられた最初の勅命。それはこの看板を書くことだった。それはある種の儀式のような物で、枢密顧問官全員の前で札に役名を綴り、その札を魔法陣にかけることで顧問官の仲間入りとなる。
この一連の作業に意味は無い。札や墨もまったく高価な物では無く、学院でノート代わりに売られている木簡セットと同質の物だ。大国の最高意志決定機関には不釣り合いの粗末な物である。
しかし太古の昔、とある君主は考えた。この粗末な物にこそ、我々上流社会の人間は支えられているのだ。国家は城。天守閣だけでは成り立たず、土台の下に土台があり、幾つもの層になって頂点を閊えている。ならばその粗末な物を守ることもまた、頂に立つ者の務めであろうと。
それ以来、枢密院会議室には必要最低限の物しか置かなくなったのだとか。机、椅子、資料が見える程度の照明、飲み物は各自持ち込み。たったこれだけだ。
「会議を始める前に一つ宜しいでしょうか」
クレイク候こと加藤茜が、ミリアシルの開会宣言を待たずして発言する。
枢密院会議とは言え、始まる前はプライベートだ。余程のことがない限り咎められる心配は無く、ある程度の礼儀を保っていれば邪険に扱われることもない。
ただ、今の茜の行動は推奨されることであるとは言い難い。いくら規則上はそうであるからと言っても、常識的には会議の前のおしゃべりは褒められたものではないのだ。
しかし茜は会議が始まる前にどうしても言わねばならないことがあった。正確には、女王陛下がどこからともなく現れ、席に着いた時からミリアシルが開会の宣言をするまでの間に、だ。
「加藤茜か。発言なら議題を通して――」
「今でなくてはならないのです」
「……聞こう」
珍しく言葉を遮ってまで自分を主張する茜に、強い意志を感じ取ったミリアシルは、陛下にこれ以上押し問答を見せるわけにも行かないので、潔く身を引いた。
もしもこれが下らない内容ならばどうしてくれようかと、少しばかりの頭痛を抱えて。
「実は私、加藤茜は前回の枢密院にて陛下より密命を賜りました」
一体何を言い出すのかと茜を見る目が半分、それは真かと陛下を伺う目が半分。どちらも瞳には驚愕の念が込められており、茜は今この場にいる全員が、彼女の一言一句に注目するような雰囲気を意図的に創り出した。
これならば、次にどんな言葉が来たとしても、彼等に程度の差はあれど動揺を与えることが出来る。その空気を利用し、茜は最も話しかけやすい相手に問いかけた。
「ご尊父様。此処、本院は我等が陛下への諫言、諮問への応答、緊急を要する勅令の発令、そして輔弼を目的とし、組閣された機関であると認識しております」
「然り」
戦前の日本において枢密院は、制度上は施政権を持たない諮問委員会とされていた。
しかしこの国の枢密院は、日本のものとは少し違うらしい。まず限定的ではあるが、本院にも施政権は存在する。
例えば王室直轄領。実際に管理しているのは内務卿であるミリアシルだが、内務卿が議長である限り、この場で直轄領の議題が上がれば、その裁決が今後を大きく左右することは間違いない。
例えば条約の締結。御前会議にも報告はするが、事後承諾であることが殆どで、事前に打ち合わせをして条約を結びに行くことはまずあり得ない。
例えば国軍の扱い。領主は各領地に必ず私兵を持っている。しかしそれはあくまで領を守り、領内の治安を維持するためのものであり、常日頃から国土を守っているわけではない。
もちろん法律により、領主は君主の要請に応じて出兵しなければならい義務を有しているのだが、外敵から国土を守るのは、やはり国家の仕事である。
「であるならば、陛下の最も信頼の置ける貴方方が、陛下の憂いを晴らす者らが、何故遠慮をなさるのか」
そうして茜は全てを話す。
陛下が何を思って茜に密命を与えたのか。自らの行いが、態度がどのように陛下に伝わり、陛下の憂いを増やしていたのか。意識して歯に衣着せぬよう放った言葉は、生まれたときから上位の存在である彼等の印象に強く残った。
そして何より陛下がそこまで強く憂えていたとは思いも寄らず、二つの真実に皆が驚愕する。ついでにアーシェも、そして陛下本人も自分の思いが自分の前で暴露されるとは思っておらず、扇で巧妙に隠して入るものの、口端がつり上がっていた。
「然りとも、斯様な物言いとはあらぬ事よ」
気恥ずかしさに扇子を口元に当て、それでも茜の思い切りの良さを賞賛した。
その時茜は確信する。たいそうな言葉遣いをしていても、陛下の心は人のままである。それも見た目や思考回路は大人のそれなのだが、ひとたび皮が剥がれると、その中身は乙女そのもの。それこそアーシェよりも融通が利く精神をしている。
もしかしたら生前――と言うと語弊があるので、まだ寿命という概念があった時代の彼女は、随分と洒落のきく人格だったのかも知れない。
――……何かとても失礼で不敬なことを考えていない?
――気のせいだよ。
噛みつくアーシェを適当にあしらって、茜は進行を遮ったことに謝罪をし、ミリアシルに開会の宣言を薦める。
今回の議題はアーシェの齎した情報についてである。
結論から言うと、この場にいる誰もが西の大国、アクアマリンのことを疑っていなかった。そもそも、仮に彼の国が他国を貶めるために石を投じたのであれば、彼等は一切の証拠を残さずパールとカーネリアンを対立させ、自身は中立の立場になって両国を諫めるふりをし、漁夫の利を狙うことも出来るはずだ。
であれば足並みを乱すように三大国を煽るのは、少なくとも敵側が特定の国に固執しているわけではないように伺えた。
「しかし分からないこともあります。……仮に私が三国を貶めるのであれば、アクアマリンを語りカーネリアン貴族を集中的に狙います。その後パールの手の者と匂わせる証拠を幾つか残し、両国がパールを疑いの目で見始めたところで鳴りをひそめ、今度はパールも襲って犠牲を出したところで、犠牲報告は自作自演だと証明できる書類を捏造し、両国に流すでしょう」
「……」
あまりの鬼畜さに皆が絶句する。
茜の考えた最も有効な打撃は、年単位の計画となるが、確かにやられたら足並みは乱れるだろう。さすがに三国が対立することはないだろうが、それでも捜査は致命的なまでに難航していたかも知れない。
しかし、先方は茜の予想とは違うやり方をしている。これだけの事を為出かしている犯罪組織だ。人員が足りないと言うことはないだろう。人を動かす予算が足りないか、はたまた三国全てに間者を忍び込ませている訳ではないのかも知れない。
最も警戒すべきは、先方の方が一枚上手だという事だろう。『茜』はあくまで机上論を突き詰める理学者である。アーシェに肖り為政者の真似事は出来るが、所詮は付け焼き刃で思い上がれば必ずどこかでボロが出る。
茜の発想は常に相手が考えていると見て、あらゆる事態に備えなければならない。
「ただ、敵がアクアマリンを語っていた事について、某国の使者にはなんと伝えるべきでしょうか」
「三国を対立させる事が目的なのであれば、慎重な報告が必要だろうな」
「今すぐにでも伝えるべきでしょう。ただし、問題なのはその伝え方だ」
国家の信用が絡む情報に関しては、不利益を被る事がないのであれば、可能な限り誠意を持って接するべきである。加えてその役割は最も手慣れている外交官、その長たる外務郷が請け負うのが適任だろう。
詳細を詰めるのは現時点では大人の仕事だ。茜とアーシェはただ助言と提案をするのみで、それ以降のことは貴族のやり方を熟知している彼等に任せるべきである。
大人たちが情報規制の思索をしている中、二人の頭は既に次の議案へと移行していた。




