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終の閨秀-幼女と女傑の異世界平定物語-  作者: 高麗俊
第二章 冒険者組合
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078.優しい嘘

 山に降りる数秒前、前代未聞の急ブレーキをかけ、慣性の法則と持ち前の圧縮熱と、後ろからやってくるショックウェーブに見舞われた茜――が操作するアーシェ――人形は、満身創痍で衝突する一歩手前で踏み止まった。これが万が一減速せずに山に突っ込んだのなら、確実に洞窟は崩落を起こし、被害者共々生き埋めになっていたことだろう。


 ――でもこれは意外と魔法攻撃としてアリ?

 ――どうでも良いからさっさと助けなさい!


 現在この身体を扱っているのは茜である。

 しかし飛行魔法は、人形に内蔵された魔力の節約が理由で、城にいるアーシェ本体の魔力により制御しているので、飛んでいる間はずっと他人に身体を操作されていた気分だった。もちろん加速減速の判断は茜がしているのだが、アーシェに伝えて実行するまでに若干の時差が存在する。


 ルーラシオの上空を通ったときもそうだ。貿易都市を出た茜は最初音速の二倍を超える速さで動いていたのだが、前方十キロメートルあたりから減速していなければ、彼女たちが衝撃波に飲み込まれていた可能性だってある。

 一歩間違えれば同族殺しだ。


 加えて最後の加速は、尼御前が小鬼の脅威に曝されていると知ったアーシェが独断で加速したもの。いくら茜の身体が魔力で出来た人形だとしても、いくら強烈な痛みは自動的に和らげられるとしても、いくら茜が生前乗り物酔いに強い身体だったとしても、マッハ単位の加減速を何度も繰り返されたら気分が悪くなる。


 加えて二音速の世界からは、いくら人形とは言え変な姿勢で飛んでいれば、物理的に首や四肢が飛ぶ。水平方向に直立不動な状態でさえ、頭を強力な力で押さえつけられ、姿勢を正すので精一杯なのに、少しでも動いたら本当に首が危ないのだ。

 それで死ぬことはないのだが、尼さんも、助けられた相手の首があらぬ角度に曲がっていたら、恐らくもう人を信じられなくなるだろう。


 ――最奥の……これか。


 大部屋を覗くと、突然降って湧いた魔力の塊に小鬼たちが群がり、どうにか岩を動かせないか試行錯誤しているところだった。

 一応危険信号もかねて、頭上を通り過ぎる際、一瞬だけ魔力を解放したのだが、どうやらこの山には届いていなかったようで安心した。


 巨大な岩が少しずつ、少しずつ削られてゆき、隙間から覗く醜い顔に、ついに耐えきれなくなった修女が悲鳴を上げる。その悲鳴を楽しむかのように、ゆっくり時間をかけて防壁を壊す小鬼は紛れもない鬼だった。

 この場において幸いと言えることは、予想以上に岩が硬く、目の前にいる小鬼は十匹強で、他の小鬼は平民たちを貪っていることだろうか。


 ――平民たちは?

 ――通路には血痕と肉骨(ししぼね)しかなかったでしょ。小鬼に食べられたんだよ。


 嘘は言っていないが、真実を全て言っているわけでもない。恐らく慰み者たちは、賊に犯されるか、小鬼に犯されるかしか状況は変わっていないだろう。しかしそんなことを一々アーシェに伝える必要は無い。

 今はただ魔力を持つ者に救いの手を差し伸べることだけを考えて、余計な雑事は切り捨てる。


 ――ここから先は私に任せて、あーちゃんは引き続き小母様と暗部さんたちとの取り次ぎをお願い。領地、いや国にとって重大な任務だけれど一人で出来る?

 ――馬鹿にしないで頂戴。


 こう言えば、アーシェはそちらの方に注意が向く。それはこの二ヶ月アーシェと常に行動を共にした茜が気付いた、彼女の攻略法であった。


 同居人の気配が完全に消えたら茜は計画を実行する。

 三大国にとって、セルヴ家にとって最も利益となる行動。それは小鬼たちを一匹たりとも殺すことなく、修女二人を救出することである。


 小鬼は放っておけば食糧が尽きぬ限りいくらでも増殖する。それは次第に洞穴一つではどうにもならないほどの規模となり、離反者や群れから追い出された小鬼が必ず現れるはずだ。そして冒険者に見つかり退治され、小鬼の巣があることを彼等は発見する。

 そうなれば小鬼も命を賭して戦いを挑むしかなくなる。そうして最も被害を受ける場所が、貿易都市カスタレアだ。


 今の茜では彼等を殲滅、もしくは追い払うことなど造作も無い。今の規模であれば、命を軽視できる人形であるならば、と言う論理積的条件付きではあるが、十中八九可能である。しかしそれでは小鬼が移動し、別の場所へ行き、更に弱った状態で刈り取られてしまう。


 それは茜の望むところではない。茜は組合職員たちに恨みはないが、組合という組織を危険視している。このまま放っておけばいつかどこかで封建社会を脅かす存在となるだろう。手を加えるにしても、排除するにしても、今のうちに弱らせておくべきである。


 ――癒神よ。


 癒神の名の下に発動するは睡眠魔法。以前アーシェが熱を出し、辛そうにしていたときにセリアがかけた優しい魔法。少しでも魔力抵抗があるものであれば、自ら受け入れない限り意味を成さないとても弱い魔法。

 しかしその魔法は圧倒的な魔力の差がある者にかけた場合、有無を言わさず昏倒させる強力な魔法だった。


 とは言えアーシェがセリアに本気でかけたところで、簡単に抵抗されてしまうだろう。恐らく女王陛下が貴族たちにかけても、子どもなら何とかなるかなと言ったほどに弱い魔法である。ただし平民や、魔力の枯れ果てた地に住む弱い魔物には俄然有効であった。


 茜の側からバタバタと倒れ落ちる小鬼の姿を見て、やはり条件が揃えば随分有効な魔法であると確信する。尤も睡眠魔法で眠らせることが出来るほど実力に開きがあるのなら、普通に戦った方が断然早いので、平民を一切傷つけずに鎮圧したいなど、本当に特定の条件下に限られるのだが。


 全員が眠ったことを確認すると、茜は魔法で岩を持ち上げて、隠し部屋へと入っていった。


 今まで小鬼に嘲笑われていた故に、二人の顔は恐怖に引きつる。口から血を流しているところを見ても、自殺を試みたが痛みに耐えきれず、途中で断念したというところだろう。


「わたくしは正七位下アーシェリット・ウラリディ・エルミニク・セルヴ。パール王国序列二位、セルヴ公爵家長女にして第一公位継承権を有する者。緊急事態故にご挨拶は控えさせて頂きます。お体に力は入りますか?」

「え、あ、あの……は、はい」


 何が起こったのか分からず、アーシェの姿を見ても未だ怯えた顔のままなのは、これが本当に現実かどうか判断出来ていないからだろう。本当は小鬼から辱めを受けている現実を受け入れられずに、本能が創り出した幻かも知れない。

 その手を取った瞬間に、目の前の景色が一変し、少女の姿が小鬼に変わるかも知れない。一度そう思い込むと、この幻想を壊したくないと言う心の叫びが、理性を止めて身体を硬直させる。


 しかし茜からしてみれば、彼女らの事情に感けている暇など無い。平民たちを囮に使い、小鬼たちの気を引いてはいるものの、何時こちらの異常を感付かれるか分かったものではないからだ。

 これ以上の礼儀は不要と判断した彼女は、ゆっくり一切の音を立てないように――ではなく、轟音と共に乱雑に音を立て、敢えて別の部屋にいた小鬼に気付かせるように巨岩で出入り口を塞いだ。


 ――通気口は……うん。十分な大きさだ。


「小鬼に悟られる故、魔力はそのまま抑え付けないで下さいませ。天上の穴から抜け出します。外に敵が居ないか警邏して参りますので、今しばらくお待ちくださいませ。あと少しの辛抱でございます」

「か、畏まりました……」


 嘘は言っていない。魔力を出し続けなければ、小鬼たちに気付いて貰えないのだ。


 茜はそのまま空中へ向かい、暗がりの中、手の感触を頼りに天上の穴まで到達する。

 有事の際の緊急脱出口でもあったのだろう。大男一人は軽く通れるその穴は、囚われの尼君二人であれば同時に抜けられるほどの広さを有していた。


 脱出した先は山の中腹あたりだろうか。外からではこの穴が下の洞窟に繋がっているとは考えられず、少しでも目を離せば出てきた自分ですら場所を見失いそうだった。辺りには、小鬼の姿も人間の姿も見当たらない。これなら問題ないと、再び穴に潜って彼女たちを引っ張り出す。


「上昇します。お口を開けて、お口とお鼻、交互に息をしてください。万が一頭痛や吐き気、寒気など、苦しくなったら無理をせず仰ってくださいませ」


 先ほどまで快晴だったとは言え、晩秋の夜空はよく冷える。普段は絶対に着ないような大人向けの外套を羽織り、その中に尼君二人を詰め、茜自身が風よけになることで彼女たちの寒さを凌いだ。


 ある程度のところまで行くとアーシェ本人と連絡を取り、ルーラシオと合流を果たす。彼女たちは透過の魔法を解除していても、夜空に黒装束と完全に闇に溶け込んでいたため、あちらから声をかけて貰わねば、茜では探し当てることが出来なかっただろう。


 ここまで来たら彼女たちにも自身の魔力を抑えて貰い、街に入る準備をして貰う。ルーラシオの計らいにより、彼女たち神殿関係者は、しばらくの間は貿易都市内に存在するパール王国の大使館で保護されることになった。

 その後各国外務省へ連絡し、あちらで手続きが済んだら出身国に分かれて保護される手筈となっている。


 本当は、アーシェの屋敷の転移魔法陣を用いて、直接セルヴ領で保護したいのだが、彼女たちは祈ることしか出来ない祈祷師たちだ。故に魔法陣で別の場所へ飛ぶことさえ適わず、今だって自力で飛行できているわけでは無く、茜の魔法に頼りきりである。


 毛布を出して外套では無くこちらに入られよと茜は言ったが、彼女たちは頑なにそれを拒んだ。確かに自分の熱のみで暖める毛布よりも、三人が一つの熱源となる外套の方が効率が良いのは認めるが、これ以上はアーシェにも周りの護衛たちにも怒られかねない。

 しかし二人は一向にアーシェから離れようとしないので、この身体が紛い物であることを知っている黒装束たちを何とか宥めて大使館まではこのままでいた。


 大使館上空へ着いたらさすがの茜も無理矢理引き剥がし、毛布に包んで大使館へと降り立った。


「姫。お待ちしておりました」

「ウリセス様。よくぞご無事でいらっしゃいました」


 現在カスタレアの神殿に居た全ての祈祷師を大使館に収容している。もちろんその中には他二国出身者も多いため、後日三国会談で話がまとまり次第、護衛を付けて輸送するつもりである。

 パール王国の姿勢としては、神殿本部の意向によっては、関係者を全て本国へ送り届ける用意まであり、ちょうど御前会議が開かれていたこともあって、既に一個大隊に近い規模で人選案が出ているらしい。


 神祇奉典殿の本部は十年毎に場所が変わり、三十年で三大国を一周する配置となっている。現在はアクアマリン王国の王都にあり、五年後にはパール王国に移動する予定である。

 カスタレアには全ての国が間者を忍ばせていることは、アーシェの部下たちの調べにより分かっているので、パール王国から各国へ伝えずとも、数日もすれば報告が行くだろうと踏んでいた。


 今回の事件で最も重要なことは、カスタレアが襲われたことでも無く、小鬼が出現したことでも無く、神殿関係者が襲われたことである。

 大国貴族の評判は必ずしも好印象とは言えないが、無償で小さな傷を癒やしたり、神典を説くことにより民の心の拠り所となったりしている神殿は、平民たちからも敬われ、そこらの木端貴族よりも人望が厚い。


 それは小国貴族からも同じで、政治に口を出さず、自ら政教分離をしてくれる聖職者は願ったり叶ったりな存在であった。

 味方にはならないが、敵にもならない。子どもの頃、やんちゃな遊びを覚えて怪我をし、神殿にお世話になった貴族は数知れないだろう。

 彼等は魔力を持たぬが故に、信仰心もあまり強くは持たないが、それでも神殿が言うのならと、癒神に祈りを捧げる平民貴族も決して少なくない。


 そんな神殿はある種の中立地帯となっており、賊だろうと貴族だろうと、神殿に駆け込まれた相手を深追いすることは今までなかった。


 祈祷師では病気は治せない。大きな怪我でも、止血や傷を塞ぐことが限界で、神に祈るだけでは肉体の蘇生や即効性のある健康回復には至らない。しかし彼等がいなくなっては該当領地は大打撃を受ける。


 特に神殿の支部があることを良いことに、関銭を限界まで上げていた領地などは、周囲の領地から報復を受けることになるだろう。

 もちろん神殿と結託しているわけでは無い以上、自業自得ではあるのだが、それらの私怨は神殿を襲った賊では無く、まるで領地から祈祷師を奪ったかのような大国へ向けられる。


 何せ小国貴族からしてみれば、賊は既に鎮圧されているのだ。事情を知らぬ者たちは既に脅威は去ったと思い、逆恨みをしてくる可能性は十分にあり得た。


「わたくしが保護したのは二名です。他に被害者は?」

「先ほどまで連絡が付かなかった祈祷師は六人でした。内二人は姫の尽力があり、こうして無事帰還しましたが、後の四人は……」


 アーシェが彼女たちを追えたのは、偶然彼等とすれ違い、偶然十分な戦力を持ち合わせ、偶然本国に連絡を入れる手段を持ち合わせていたからだ。彼女たちを救うことが出来たのは、まさに幾重にも偶然が重なり合ったからに他ならない。


 黒装束たちは元々、襲われたアーシェを守り抜き、敵を捕縛し尋問するために編制された部隊である。

 仮にあの時アーシェらが南門に居なかった場合、気絶した尼君の魔力を探すことは困難であり、魔力持ちへの襲撃が確定するまでは動かなかっただろうし、その時には恐らく彼女らは小鬼の餌食になっていた。


 今回二人が助かったのは紛れもない奇跡であり、巡り合わせの神が微笑んだ故に救出できたことだ。強いて他の四人が助かる手段を挙げるのであれば、それはどこかの領地の間者が追跡していることだが、望みは薄いだろう。


 この大使館であれば、たとえ襲撃を受けても相応の戦力を持って迎撃できる。大使館敷地内は大国領地も同然であり、貴族に仇なす輩は殺されても文句は言えない。


 アーシェらは二人の祈祷師が保護され、皆とは違う場所へ送られるのを確認したら、要請に協力してくれた大使に礼を言い、その場を飛び去った。



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